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鈴の下駄  作者: 水瀬透
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エピローグ

エピローグ


 


 とある町には、大きな松の樹のある小さな御宮さんがあります。

 八幡宮、とお社にしめ縄と一緒に額が飾られて、狛犬も、祠もありますが、神主さんや巫女さんも、お守りも売っていない、小さな神社です。


 けれど、毎朝、散歩のおじいさんやおばあさんがお賽銭を入れてお参りをして、犬の散歩をするおじさんもおじぎをして行きます。

 昼には小さな子供が、お母さんやらと小さなボールで遊んだり、大きくなれば、三輪車や自転車の練習もします。砂地で、周りを囲うように木が植えてあるので、開けた真ん中は小さな公園くらいの広さがあるので、子供の遊び場にはもってこいなのです。

 学校が終われば、キャッチボールや縮小版の野球やサッカーをする小学生が自転車でやってきますし、夕焼けの頃には、部活帰りの中学生が、石段に腰掛けておしゃべりしていきますし、仲の良さそうな高校生のカップルが境内に並んで、空に夜がにじむまで、はにかみながら足をぶらつかせていたりします。

 そんな、土地に深く根付いた八幡宮を、地域の人々は、親しみを込めて「御宮さん」と呼びます。


 さて、大きな松の樹のあるこの御宮さんには、時々、変わった子供が現れます。

 カランコロンとよく鳴る下駄に、鼻緒と同じ、朱色の羽織り。ぴょこぴょこ跳ねた飴色の髪に、おんなじ色したどんぐり眼。

 

「ばかだなあ。きみが空だって飛べること、きみが生まれる前から、ぼくは知ってるんだよ」


 ありがとうの大切さを、ごめんなさいの魔法を、誰かを好きになる尊さを、二度と会えないさようならを。

 出会っては傷ついて、繰り返して。痛みとかさぶたを抱えて生きる人々のそばに、飴色の子供は居てくれます。



 大きな松の樹のある御宮さんには、人好きだけれど、怒らせると怖い神様が住んでいると云われています。

 人が大好きだから、ときどき人の姿を真似て、御宮さんに現れる、とも。



 あなたがもし、大きな松の樹のある小さな神社で、カランコロンと下駄を鳴らす音が聞こえたら。

 もしかすると、朱色の羽織を着た、飴色の髪の子供に会えるかもしれません。


 まあるい飴色のどんぐり眼を細めて、不思議によく鳴る下駄を、鼻歌交じりにカラン、コロン。

 ふんわり巻かれたマフラーの端っこを、ひょこんひょこんと揺らして。

 どうしていつも嬉しそうに、楽しそうにわらっているのでしょうね。



「ばかだなあ。きみに会えて、嬉しいからさ。」






 水瀬です。

 物語を書き始めた頃の、きっと本当に最初の方の物語です。

 拙いところが目立つとは思いますが、芯の部分、根っこはいま書いているものと変わらないように思いました。

 読んで下さってありがとうございました。

 何か届いたのなら、そんな幸いはありません。

 ありがとうございました!


 水瀬透


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