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6話 イエムの修行

「それで連れて帰ってきたと」


「はい。姿を消すこともできるようですから、村で騒ぎになるようなことは無いと思います」


「そうは言ってもなぁ……」


 デリーは頭を抱えてしまいました。

 それもそうでしょう。何せ目の前に居るのはあのアマーシアです。


「え、姐さんてアアーシア様なの?」


 気付いていなかったのか、イエムは驚いていますが、デリーにはすぐに分かったようですね。


「大丈夫。この村のものにはアーシェから説明するわ。今まであった加護は変わらず与えるし、無理な要求もするつもりなんてない」


「彼女は私と一緒にいたいだけなのです」


「いや、アマーシア様の御意志に逆らうつもりはありませんや、しかし、ゴトーさんの祠に一緒に居ついてもらうという訳にもいきませんのでね……」


 なるほど、デリーが渋い顔をした理由が分かりました。

 

 いかに豊かな村と言えど、家一軒すぐさま用意できるかと言われれば、難しいと言わざる得ないでしょう。かといって、デリーの家に居候するとなれば、村人が殺到してくるのは目に見えています。


「安心して、こう見えても木魔法が得意分野でね」


 いえ、どこからどう見てもそうとしか思えませんが……


 アーシェは耕作地の無い平地を示すと小さく呟きました。


-< ムートゥヨングファン >― マイスイートホーム


 すると地中からいくつもの木の根が張り出し、格子状に組まれていきます。

 10秒後には二階建ての所謂『ログハウス』が出来上がっていました。


 大木の上に。


「さぁどうかしら、アーシェとゴトーの愛の巣よ!」


 満面の笑みでドヤ顔するアーシェですが、デリーとイエムは組みあがった家を眺めながら、放心していました。


「あの、アーシェ。ひとつ質問があるのですが」


「何かしらゴトー」


「これはどうやって出入りするのですか?」


「あ」


 結局、村の衆に手伝ってもらい、幹に階段を付けてもらうことで解決しましたが、この存在自体が欠陥な住宅には不安を隠しきれません。



  ◇◇◇◇◇



「姉さん。僕に魔法を教えてください」


 アーシェとの暮らしが始まってから、二日後でした。

 イエムの顔には二日前の迷いは無いようです。

 デリーによれば、外の世界は危険が多く、魔物や野盗を退けるほどの強さが必要になる場面も多いとのこと、この二日間、デリーはいい機会だからと教えを受けることをしつこく勧めていました。


「そ、それでいいのよ。アーシェの教えを受ければいいわ」


 私は知っています。イエムが来なくてそわそわしていた彼女を。


「よろしくお願いします!」


「任せなさい。どこに出ても恥ずかしくない魔術師にしてあげる」 

 

 かくしてイエムの修行が始まりました。

 

「まずは基礎から。ステータスプレートは持ってるかしら?」


「はい」


「ああ、あと、堅苦しいのは嫌いだから、いつもの調子でいいわよ」


「ああ、うん。分かった」


 差し出した銅板を受け取ったアーシェは短く何事か詠唱しました。

 目の前に光が収束し、文字列を形成します。


------------------------------------

 種族:鬼人     名称:イエム


 称号:-       位:鬼の子



 筋力  D-E


 防御力 D-E


 俊敏度 B-C


 知識  E-F


 努力値 F


 運 151


 スキル一覧


 農耕Lv1 調教Lv3 狩猟Lv1

 火魔法Lv2 氷魔法Lv3 水魔法Lv2

 鬼人化 Lv1 身体強化Lv2

 魔鬼Lv1

-----------------------------------


 ふむ、以前見たイエムのステータスのようですね。


「いいかしら、まず、ステータスについて説明するわね。元々このステータスプレートというものは、ある一人の大魔導師がシステムを作り上げ、魔道具にインプットして配布して回ったことが始まりなの」


「ほう、それは初耳ですね」


「もはや大昔のことで言い伝えでしか残ってないからね。この魔道具には、探査、不壊、永続、移動不可の魔法がかかっていて、製作者のみが仕様の変更ができるようになっているの」


 この説明はどちらかというと私に対してのもののようで、イエムは話半分に聞いているようです。


「何やら、それだけ聞くと神が作ったと言っても驚かないような性能ですね」

「ええ、あながち間違いではないわね。動かせないという制約のせいで、その魔道具を中心に街ができることもあるそうよ」


「まさにアーティファクトですね」


「そうね。今だに彼はその魔道具を作って世界を回っているらしいわ」


「もしかして、それは本人から聞いたのですか?」


「それは内緒」


 ほう、アーシェも大人になったのですね。この私に隠し事をするなんて。


「正確に言うと、この魔道具に入っているのは対象者の霊素から能力値を測定する魔法なんだけど、簡易化して、広く理解してもらえるような形になっているわ」


「普及の為ですか?」


「それもあるみたい。権力者の占有を禁止しているからね。悪用を防ぐ為でもあるみたいだけど」


「成程。個人情報の保護ということですね」


「それでこれが本来の項目」


------------------------------------

 種族:鬼人     名称:イエム


 称号:-       位:鬼の子



 筋力  D-E

(物理攻撃力[素手]・物理攻撃力[武器]・遠距離攻撃力[物理])の上限と下限

 防御力 D-E

(物理防御力・魔法防御力[対属性平均値])の上限と下限

 俊敏度 B-C

(回避力・俊敏性・魔法察知能力)の上限と下限

 知識  C-F

(知識量・魔法攻撃力[属性平均値]・魔力量・瞬発使用魔力量)の上限と下限

 努力値 F

(魂の許容する値を占める割合)

 運 151

(先天的要素)

 スキル一覧


 農耕Lv1 調教Lv3 狩猟Lv1     (職業や生活に関する一般スキル)

 火魔法Lv2 氷魔法Lv3 水魔法Lv2 (魔法技能)

 鬼人化 Lv1 身体強化Lv2     (『気』を持って発するスキル)

 魔鬼Lv1             (個人の所有するレアスキル)

-----------------------------------


「あれ? これって、村長の言ってたことと違うね」


 イエムのもっともな疑問にアーシェが頷きました。


「そうね。あの内容は機密保持の為のブラフのようなもので、本来は各項目に分類された能力値の中で、最高のものと最低のものの値を示しているわ」


「ミスリードさせているわけですね」


「そういうこと。これは他の人に言っちゃダメよ。アーシェがお仕置されるんだから」


 どうやら、彼女は今自分が製作者本人と知り合いであると宣言したことに気付いていないようです。


「さて、本題ね。まずイエム。あなたには近接戦闘の才能が無いわ」


 面と向かって才能が無いと言われたことがショックだったのか、イエムが項垂れます。


「分かってはいたけど……」


「正確には、力と耐久に伸びしろが無いようね。敏捷性はむしろ子供とは思えない値だわ」


「ずっと村中走り回ってたから……」


 少しでも褒められたこと嬉しいのか、赤くなるイエム。


「そして、これが肝心。あなたには魔法の才能がある」


 続けてアーシェの放った言葉にイエムは目を輝かせます。

 うーむ。少し素直過ぎますね。これで戦闘の駆け引きなどができるようになるのでしょうか。心配です。


「なので、あなたには魔法を勉強してもらいます」


 これには私も興味が有ります。本来の物理法則を如何にして超越しているのか。


「も、もちろんゴトーも勉強したいって言うなら、やぶさかではないわ」


 何やら、ちらちらとこちらを伺ってくるアーシェ。


「ええ、是非お願いします」


 アーシェの顔がパアァと明るくなり、一段とせわしない口調で話を再開しました。


「僕も知りたい、です」


 イエムも早く先を聞きたくてしょうがないようだ。


「わ、分かったわ。えっと、まず魔法とは、えーとなんだったからしら」


 そう言って、イエムに目線を移すアーシェ。


「霊素による改変、かな?」


「そうそう。で、その改変を行うにあたって霊素に命令を出す方法がいくつか存在するの」


「うん」

 

 アーシェは指を3本上げます。


「まず、詠唱。これは一般的ね。節分に分けて効力を限定しようとすると、詠唱が長くなるのがネック」


 私が今まで見た魔法は全てこれですね。


「そして魔法陣。これに関しては一度書かれた魔法陣は一回しか効力を発揮しないという制約のせいで、大型のもの以外はあまり使用されないわね」


 おそらく戦略兵器などに使用されるのではないでしょうか。


「最後に思念。魔物や一定以上の実力を持つ魔術師などが使用するわね。言葉にせずに頭の中に魔法陣もしくは詠唱文を生成することによって魔法を行使する」


 無意識下の反復練習などでできるようになるとのことです。


「思念魔法は強固なイメージを持って発動しない限り、効力は低いのが常ね。アーシェレベルになるとあまり関係無いけど」


「つまり最終的には思念魔法を目指すといったことが目的になるわけですか」


「うーん。それについては難しいところなのよ。これは詠唱魔法の発動キーに関する問題なんだけど、そもそも詠唱魔法は基礎魔法と発展型に分かれていて、区別されているわ。イエム火の魔法を使ってみて」


「火だね。分かった」


-<シウオ>―


 すると、指先に小さく火が灯ります。

 何度見ても、不思議な現象ですね。


「これが基礎魔法ね。詠唱文は広く一般に広められ、いくつかの属性に分かれているわ。スキル欄で記載されている能力としてはLv10までがこのラインね。特徴は、才能さえあれば誰でも発動するという点」


「発展型は違うのですか?」


「ええ、全くの別物」


 アーシェは窓際に立つと手を外へと向けました。


-<シュエフェンゴキーアン>― 小世界の暴風


 それは暴風でした。荒れ地に立った竜巻が土を巻き上げ遥か上空へと一切を消し飛ばしていきます。

 荒れ狂う様とは打って変わって家の周辺には被害が出ないという確かなコントロールがされていました。後に残ったのは抉られた大地のみ。


「これが発展型、今のは被害が最小限で済むように節分を増やしているけど、本気で放てばこの家なんて吹き飛んでいまうほどの威力があるわね」


 イエムはその威力に驚いているようでまだ窓の外を眺めています。


「この発展型の詠唱は人によって違うの。どの文でどの効力を発するかは本人が唱えてみて初めて判明する。ある程度のセオリーはあるけど、同じ文を違う人が唱えても全く違った効果が出るわ。それに個人によって得意な魔法の発現方法が違うから尚更大変」


「それは厄介ですね。思うがままに魔法を操るのには膨大な時間が必要になりそうです」


 言うなれば、全く知識の無い言語を虫食いの辞書で解読するようなものです。


「そうね。だから長命の種が魔法に長ける傾向にあるわ。人の生では大成をするには難しいと言わざるを得ない」


「僕は一人前の魔術師にはなれないの?」


 イエムは心配そうな表情でアーシェに尋ねました。彼が危惧するのも頷けます。


「勘違いしないで、そうであったら人の魔術師なんて存在しないわよ」


「それはそうですね」


「大成が難しいというのは一人であったらの話。人族には過去の先人たちが残した数多くの遺産があるわ。研究手段然り、詠唱文の目録然り、そして何よりも、誘導の魔法ね」


「誘導ですか?」


「誘導とは人族が発見した基礎魔法。出力した魔法に誘導の詠唱文を付けたすことで威力は落ちるけれど、任意の効果へと誘導することができる」


「非常に便利ですね」


 システムを誘導するOSと言ったところでしょうか。


「僕にもその誘導を教えてくれるの!?」


 イエムが期待を込めた眼差しで見つめます。


「教えません」


「え?」


「何よりアーシェはその魔法知らないしね」


「え、じゃあどうやって……」


「こんな魔法に頼っていたらへなちゃこになっちゃうわ。だから人にはできない教え方をしましょう」


「アーシェ、私は非常に不安なのですが」


「大丈夫大丈夫。任せてよゴトー」


 これは、加減を知らない者の目ですね。

 イエム、心を強く持つのですよ。



  ◇◇◇◇◇



 ふむ。緑の大地がとても美しい。

 森から聞こえてくる鳥のさえずりが私の空っぽの心に沁み渡ります。

 雲一つ無い青空を眺めながら、優雅なヒトトキ。


「ほらぁ、下がってきた! 上げる上げる!」


 はい、現実逃避していました。

 叫んでいるのはアーシェ。その横には宙に浮かんだイエム。

 間違いではありません。イエムが宙に浮かんでいます。

 これは常に風魔法を全力で下に展開し、風力で体を浮かす訓練です。

 アーシェ曰く、魔力量と魔法レベルを上げるにはただただ魔法を使うべし、と言うことでこの訓練が始まりました。

 本来であれば、一度使い切った魔力が回復するには半日程度の時間が必要だそうですが、アーシェの秘技(これは自分で言っていました)を使い魔力をイエムに譲渡し続けているらしいです。

 母樹であるアーシェの魔力は無限に近いものがあり、尽きることの無い魔力タンクを使用し、ひたすら風魔法を使い続けるイエム。


「さて、私たちもやるべきことをしましょうか」


 そう言って、隣に座るタチロウに声をかけます。


「ワウッ」


 立ち上がったタチロウは嬉しそうに尻尾を振っていました。 

 

 この半年でタチロウは巨大化しました。

 はい、巨大化です。 

 テイムされた当初は1m程度の中型犬といったサイズでしたが、現在は2mほどの巨体になっています。

 灰色狼はこのサイズになることは滅多に無いそうですが、テイムされた影響なのか日に日に大きくなり、このサイズになりました。村では完全に番犬扱いでよく餌を貰っているところを見かけます。

 

 私はタチロウが疾走する横で同じように駆けていました。

 目的地はシロの村から見て北に位置する森。

 村人からの依頼で、冬眠明けの熊が最近村の畑を荒らすらしく、森の奥へ追い返してほしいそうです。

 

 今回の依頼。この手足の慣らしも兼ねているわけですが、これが中々のじゃじゃ馬で苦労しております。

 というのも、タチロウの疾走についていけるほどの脚力からも分かる通り、出力はピカイチで、申し分ないのですが、精霊というだけあって、時たまやりすぎてしまったり、出力の調整が効かないことがあり、辟易している最近の現状があります。

 アーシェが言うには、様々なギミックが施されており是非試してくれとのことでしたが、これがまた曲者で心労が絶えない今日この頃です。


「タチロウ、どうですか?」


「クゥーン」


「どうやらこちらではないようですね」


 タチロウはこちらの言葉を理解しているようで、とても賢い狼です。意志疎通の取れる魔物というのは少なく、これもまたテイムの能力の一環だそうです。


「東の方へ行ってみましょう」


「バウ!」


 おかしいですね。爪痕などの痕跡が周囲一帯にはありますが、肝心の熊が見つかりません。

 

 これは余談ですが、魔物と動物の境目というのは存在しないそうで、魔法が使える使えないというのは関係ないそうです。灰色狼はどちらかと言えば、既存の狼に近いのでしょうが、本来狼には存在しないはずの鬣を背中に持っています。そして驚いたことに、個体によっては風の魔法が使えるそうで、タチロウもいずれそういった能力を発揮するのだと思うと、彼の成長が楽しみになります。

 さて今回の熊ですが、これは純粋な動物のようで、所謂グリズリーのようです。魔法があろうと村人には非常に脅威になる存在で、定期的にハンターを雇って狩りだしをしているようですが、今回は季節がずれてしまったようで、私にお鉢が回ってきました。


「それにしても、暴れ回ったような跡がありますね。まるで何かに苦しめられているような……」


「ワウ!」


 タチロウが鋭く叫ぶと、何やら地面の臭いを嗅いでいるようです。


「どうしましたか?」


 しばらくすると、村の方角を向いて一声吠えました。


「まさか、村へ?」


「バウ」


「まずいですね、タチロウ急ぎましょう」


「バウバウ」


 村に向かって走っていると前方に巨大な影が見えました。

 全長2mほどでしょうか、それは熊というにはあまりに歪でした。

 尻尾がまるで蠍のように尖り、背中からいくつもの突起が生えています。

 頭部は触手に覆われ、目玉がひとつギョロギョロと忙しなく動いています。


「なんでしょうか、こういった生物とは聞いていませんが」


――ググギィオオオオオ


 それ(・・)は歪な雄たけびを上げて前進しています。


「タチロウ、牽制してみてください」


「バウ!」


 タチロウが目的の生物の前に躍り出ました。

 素早い動きで何とかそれの注意を引こうとしますが、一向に見向きもしません。

 間も無く村境です。

 この生物が何を目的としているかわかりませんが、友好的でないことは分かります。


「仕方ありません。多少手荒いですが」


 私は追いつくと一気に手足を収納し、転がりました。

 慣性そのままに、熊モドキの横っ腹へ突っ込みました。


――グギョオオオオ


 流石にバランスを崩し、勢いそのままに横転します。

 私は再び手足を出すと、素早く起き上がりました。

 ふむ、二足歩行もできるようですね。熊モドキはふらふらと立ち上がりながら、こちらをその一つ目で睨んできました。


――グウウウオオオ


 一瞬、怯んだのかと思いましたが、雄たけびを上げてノーモーションで襲いかかってきました。どうやら、説得は無理ですね。私は非常手段に出ることにしました。

 この体はまだ慣れていないからなのか、フットワークがあまり軽くありません。そもそも、そういった戦闘用のプログラムは搭載していないのです。そこで私は必勝の戦法を編みだしたのです。すなわち……


「クゥーン」


「安心しなさい。誰も私を傷つけられやしませんよ」


 すなわち、引きこもり戦法です。手足を仕舞い込み、胴体だけとなった私には一切の攻撃が通じません。リームメタルはまさに魔法の金属ですね。

 熊モドキは猛烈なラッシュで爪を立ててきますが、傷一つつきません。

 しかし、この戦法には大きな欠陥があります。

 そうです。反撃が不可能という大きな落とし穴が。

 そこで、一計を案じました。アーシェの言うギミックの応用です。

 足をそのまま根に変えて地中に埋設。

 地中の霊素を吸い上げます。

 吸い取った霊素は体の外殻を伝って手に集中。

 一定量が溜まったところで、手を展開。砲塔型に変形させます。

 零距離に迫った敵に一撃。


 木生砲(リーンライフル)


 眩い閃光が走り、熊モドキの頭部に着弾。

 弾け飛んだように頭部が円形に抉れます。


「相変わらず、驚異的な威力ですね」


 熊モドキは動かなくなりましたが、念の為、後でアーシェに確認してもらいましょう。

 それにしてもこういった暴力的な行為はあまり得意にはなれませんね。

 できれば静かに世界を旅したいものです。



  ◇◇◇◇◇



「これは寄生型の魔物ね」


「寄生ですか」


 アーシェの見解では、冬眠中に寄生され、自我を失い暴れまわっていたのではないかということでした。

 こういった生物は時たま確認されるらしく、人にも寄生することがあるそうです。


「珍しいことだけど、アーシェの加護は悪しき者を払う加護だから、こういった生きることを目的に他者を利用する生物は対象外ね」


「これもまた自然の摂理ということですか」


「アーシェだって、大げさに言えば、大地に寄生する生物でしょう?」


 成程。そう言われれば、生物皆、大地に寄生して生きていることになるでしょう。

 私たちが話し込んでいると、


「お、おーい」


 そう声を上げたのはイエムでした。今日の彼は水魔法の特訓です。丁度、灌漑用水が不足しているとのことだったので、用水路にひたすら水を流し続けるという苦行をしている最中でした。


「姐さん、これ飽きる」


「黙ってやりなさい。基本の属性は全てLv10まで上げるんだから」


「うへえ」


 イエムは弱音こそ吐くものの、逃げずに修行しているようです。


「まぁ今日のこれが終わったら、特別に良い事教えてあげるわよ」


「え、いいこと?」


「そう、あなたの得意属性」


「え、氷だよ?」


「ふふん、ところがどっこい。まぁ楽しみにしてなさい」


 イエムは納得いかないようで、首を傾げていました。

 私もてっきり氷の系統魔法を集中的に習得させるものだと思っていましたが、どうやらアーシェには考えがあるようですね。


 その日の夜。

 私の家に集まった三人と一匹はイエムの今後について話していました。


「さて、まどろっこしいのは嫌いなので素直に言うけど、イエム。あなたの得意な属性は火よ」


「火属性?」


「そう、これはあまり知られていないけれど、魔力の瞬発使用量は人によって決まっているわ、例えばアーシェとあなたでは瞬間的に変換できる魔力の絶対値は差があるの」


「それはつまり、上級魔法を使うには魔力が多く必要だけど、それを使える人間は限られているってこと?」


「ふふん。中々賢くなってきたわね。そういうことだけど、これは訓練によって増えていくものでもあるわ。アーシェぐらいになるともう増えることは無いけどね」


「ちなみにアーシェはどれくらいあるんですか?」


 私の言葉にアーシェは少し落ち込んだように俯きました。


「実はアーシェの弱点はそこなのよ。瞬発使用量が少なくて、魔力がどれだけあっても使える魔法は限られてるわ。まぁ抜け道もあるけどね」


「なるほど、それでその話がどう今回の件に関わってくるのですか?」


「そうね、重要なのはここから。人によって得意属性を持っているわけなんだけど、これは魔力の変換効率にかなり大きい差を与えるの、イエムで言えば、火の属性魔法に関して、風魔法の2分の1の魔力しか使っていないわ。つまり風魔法は初級まで使えずとも、火に関して言えば中級まで使えることになるわね」


「それは大きな差ですね」


「どうして、そんなことが分かるの?」


 イエムの質問はもっともです。何せ自分の未来に関わることですからね。


「あなたに魔力を供給していたのはアーシェなわけだけど、火の属性魔法を練習していた時が一番効率が良かったのよ」


「ああ、供給量が一番低いのが火ということですか」


「そういうこと。だからあなたの得意属性は火属性。全てを焼き払い、天までも燃やし尽くす魔法」


 それを聞いたイエムは、納得したようで一つ頷きました。

「分かったよ。姐さんを信じる」


「ええ、イエムを一人前の炎術師に必ずしてみせるわ」


「ああ、それとイエム。今はまだいいですが、勉強も再開しますからね。それとデリーとの素振りも欠かさずやりなさい」


 驚いたようにイエムが振り向きます。


「え、僕は魔術師になるんだよ?」


「それでもです。学はいつか必ずあなたを助けます。そして動けない魔術師ほど滑稽なものもないでしょう。どうせやるならば、全部やるんです。いいですか、怠けようものなら、容赦はしません」


「せ、先生なんかこわいよ」


「君ならできます。無責任な言葉ですが、努力の先に栄光は待っています」


「うん。わかった。全力だね」


「ええ、全力です」


「なんだ、夕飯に呼びにきたら、熱い展開になってるんだが」

 扉を開けて入ってきたデリーがタチロウに目で問いかけますが、タチロウは同じように首を傾げて興味ないといったように短く啼吠えました。

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