4話 ゴトーさんとダメ親父
村に実りの季節がやってきました。
トウモロコシは家畜の飼料であり、基本的には小麦を生産しているようです。
村の主な生産品は小麦、ガウ(牛のような生物)で、税も穀物で納めるらしく、間もなく役人のやってくる時期とのこと。
「今年は準備万端ですからな、着服などさせませんよ」
村の倉庫には、きっちり耕作地分の税が納品されています。
私の授業を半年受けたからには、その程度できて当然です。
一応、役人が村を見て回るそうですが、どうやら形だけのもののようです。
「おーい、いらっしゃたぞー」
私は祠の中でじっとしていることにいたしました。
面倒がおきては村に申し訳が立ちません。
「これはこれは、アドゥケス様」
広場の向こうから騎乗した男がやってきました。
御付は3人。計4人。ヤクー(馬のような生物)に乗っているのはアドゥケスと呼ばれた男だけです。
年の頃は40代半ば。申し訳程度に鎧を身に纏っています。
「ふむ、久しいな村長」
「はい、今年も宴をご用意してございますので、ごゆるりとなさって下さい」
「うむ、毎年のことだが、おぬしは目先が利くな」
「とんでもございません」
「デリーも相変わらず元気そうだ」
「それだけが取り柄なもんで」
村長の後ろには親父殿が立っていました。
どうやら、この国において魔族というのは共存する対象のようです。
ただ軽度の差別がされてはいるようですが……
「少し村を見て回ってきたが、今年は豊作のようだな」
「おかげさまでございます。つきましてはこちらを……」
そういって巾着袋を差し出す村長。
これも私の指示です。
通年ならば、余分に穀物を献上していたそうですが、換金の手間などあり、非常に不便だということで、ならば、こちらで換金し、懐に入れやすくしてしまおうということで、予め用意させておきました。
「知恵を付けおって……まぁありがたく頂戴する」
うむ、問題無いようですね。
昨年とはかなり量が違うでしょうが、これで見逃してもらえるでしょう。
何せ作付面積を帳簿に記載してありますから、不正はできません。
それを考慮した上での袖の下です。
「ほう……どうやら商人でも雇ったか?」
税を調べていたアドゥケスは気付いたようですね。
「いえ里帰りした者に、商人に奉公していたものがおりまして」
「ふむ、まぁ規定量は用意してあるようだな……」
問題無しとなったそうで、宴が始まりました。
目論見通りですね。
昨年度比で3分の2程度の税で済んだはずです。
今年余った分を備蓄に回せば、いざという時役立つこともあるでしょう。
備えよ常に、ですね。
◇◇◇◇◇
宴には、どこにこれだけの村人がいたのかと思えるほど、人が集まりました。
娘たちは着飾り、舞を踊り。子供たちははしゃぎまわっています。
どうやら収穫祭としての祭りも兼ねているようで、伝統の歌劇なども披露されています。
「おう、ゴトーさん。楽しんでるか」
「ええ、楽しいお祭りですね」
私のことをゴトーさんと呼んで下さるのは親父殿だけなので、誰が来たのかはすぐわかりました。
「年に一回だけだからな」
そう言って、親父殿は酒をあおります。
見た目通り、アルコールには強いようですね。
「そういえば、デリー殿」
「デリーでいいよ。お前さんには息子が世話になってるしな」
「では、デリー。聞いてはいけないのかと遠慮していたのですが……」
「……どうして俺がこの村に来たのか、だな?」
どうやら、御見通しだったようですね。
「そうです。後学の為にお聞きしたいと思いまして」
「……まぁ、隠すことでもあるまい、少し長くなるぞ」
デリーはそう言うと、正面に座り込みます。
巨体の彼が座ると中々威圧感がありますね。
「昔の話だ。北に魔族の国がある。名をガルムト。俺の生まれ故郷だ」
ガルムト、ですか。初耳ですね。
「俺は兵士だった。家は無名だったが、腕一つで手柄を立て、それなりの地位にいた。全てが順調に見えた矢先、あの戦争が起きた。第二次スルムフィア戦役だ」
デリーは落ち着いた様子で語っていました。その目は、歴戦の兵士にはとても見えません。
「敵は新興国ガイア。現在では世界最強と言われる国だった」
「ガイアですか……」
「奴らは、強かった。俺も派兵されたが、はっきり言えば手も足も出なかった。スルムフィアは2日で落とされ、俺は捕虜となった」
「2日ですか、要所をたったそれだけで落とすとは、脅威ですね」
「奴らは、あの木人たちは、異様な強さを誇っていた」
「木人?」
「ああ、トレントさ、ガイアはトレントの国だ」
トレントとはどのような種族なのでしょうか、木人と言うくらいですから、植物ベースなのでしょう。
「俺たちは捕虜となったが、奴らの言う捕虜というのは栄養源だった」
なにやら不吉な予感がしますね。
「捕えた兵士の霊素を喰らい。木人は強くなる。奴らは俺たちを餌としか見てなかった」
霊素とは、この世界の万物に宿るもので、魔法の源と言われています。
「このままでは命尽きるまで搾り取られるだけだ。俺たちは脱出を決意した。その時出会ったのがクラリス。イエムの母親だ」
デリーはその時のことを思い出しているのでしょう。
彼の強面からは想像できないような柔らかい顔になりました。
「クラリスは俺たちと同じように捕虜だった。そのころ魔族と人族は、今ほど険悪な関係ではなく、協力して脱出を図る術を探すことにした。その中でも彼女は皆の心の支えとなっていた」
「強い女性だったのですね」
「そう見せていたのだと思う。彼女は格式高い魔術師の家系出身で自身も並の術師ではなかった」
「自ら責を負っていたのですか」
「ああ、だが所詮二十歳を過ぎたばかりの娘子だ。その小さな背中は誰かが支えてやらねばポキリと折れてしまっただろう」
「それがあなただったのですね」
「……ふふ、だったら良かったんだかな」
「おや?」
「彼女とは別に、皆の代表として木人と交渉を行った男がいた。あいつは……恋愛とか人の些事には興味の無い男だった。だが、その卓越した魔術の才は大陸でも右に出る者のいない。所謂傑物だった。そして俺たちが脱出できたのも奴のおかげだ」
「なかなか強敵ですね」
「まったくだ。俺はどう足掻いても奴の足元にも及ばないよ」
苦笑するデリーは、その男の名を告げました。
『ネロ=パスカトル』
「クラリスは……好いていたのだろうな。だが、ネロにとっては魔法こそが全てだった」
「不思議ですね。そこまで実力のある人がどうして捕虜となったのでしょうか」
「研究さ、ネロは木人の魔法を研究していた。捕虜となったのも、間近で彼らの魔法を見たかっただけだ」
「マッドですね」
嫌いではありませんが……
「そうだな、だが、奴はある魔法を見つけるに至った」
「ほう」
「集団転移魔法だ」
「転移、ですか」
「相談を持ちかけられた時、既に俺の心は決まっていた。日に日に弱っていく仲間たちを黙って見ていられなかった。だが、集団転移には大きな問題点があることに奴は気付いた」
そう言うと、デリーは二本指を立てました。
「まず、行先を指定できないこと、そして、同時に跳んでも同じ場所には跳べないこと」
「完全にランダムですか……」
「おそらく木人はその術を知っていたのだろう、ネロが研究すれば日を待たず明らかになっていた可能性もあったが、もう時間が無かった。俺は決断した」
「それでこの村へ……」
「正確にはアマーシア様の麓だ。俺とクラリスだけがここへ来た」
ふと、デリーが顔を上げます。村の宴は夜通し続くとあって、まだまだ喧噪が続いています。
「弱っていた俺たちを村の皆は親切に快方してくれた。よそ者の俺たちにどうしてそこまでしてくれるのか当時は分からなかったが、この村の風土というか、アマーシア様の強い意志を今では感じる」
「運がよかったのでしょうね」
「だろうな、他の者たちがどうなったのか今でも分からない。無責任なと思うかもしれないが、心と体の弱った俺には助かったことへの安堵が大きかったんだ。そして半年、回復に努めていた俺の元にその噂は届いた」
その時、デリーが今までにないほど拳を強く握り込んでることに気付きました。
「ガルムトが滅亡した」
「占領では無く、滅亡ですか?」
「ああ、首都ごと消滅したのさ。俺は返る場所を失った」
「……」
「ああ、すまねぇな、しみったれた話しちまって。こっからは明るい話だ」
デリーはガハハと笑うと私の体を叩きました。
「その半年の間に俺とクラリスは同じ境遇の者といったこともあって結ばれた」
「何やら展開が早いですね」
「まぁ何をとは言わないが、俺の口説き文句の威力よ」
「想像もつきませんが……」
「うるせぇな黙って聞け」
どうでもよいですが、私の体をバシバシ叩くのはやめていただきたいものです。
「そうですね、結局クラリスさんがどうなったのかも聞いていません」
「ああ、それな……別れた」
「は?」
「イエムが生まれた後、ここの生活が合わなかったのか、まだネロに想いが残っていたのか、書置きだけ置いて出ていっちまった」
「はあ? 逃げられたんですか?」
「バ、バカヤロウ! あいつが望んだことだ、俺は黙って許してやったんだよ!」
「どうでもいいですが、あまりにイエムが不憫ではないですか?」
「そうだな。悪いと思ってるよ。あいつには母親は死んじまったとだけ言ってある」
私は溜息を吐く機能がここまで欲しいと思ったことはありません。
これはどう彼を慰めるかが問題ですね……
「だ、そうですよ。イエム君」
「何!?」
祠の後ろ、茂みの中からイエムが出てきました。暗がりで見えませんがあまりいい表情はしていないでしょう。何せ、母親は父親と自分を捨てて出て行ってしまったのですから。
「おめぇ図ったな!」
イエムがどうしても自分の出生を知りたいというので、一計を案じた訳ですが、
こんなことならば、思いとどまっておくべきでした。
「親父!」
「イ、イエム。これは、その、だな」
さて、どうしたものか、甲斐性の無いデリーは放っておくとして、イエムは……
「御袋は、母さんは生きてるんだね?」
「あ? ああ、どこにいるかは分からんが、死んじゃいないだろうよ」
「そっか……」
おや? イエムの顔は予想していたものとは少し違うようですね。
そう、この顔は……
「僕決めたよ」
「なんだ、急に」
「母さんを探しに行く」
そうきましたか。
「何を言ってやがる。おめぇはただの耕作人の息子だ。旅なんざ到底耐えられやしねぇ」
「でも、どうしても会いたいんだ! 僕を生んだ母さんに一目でいいから!」
それは慟哭にも似た叫びでした。母親の愛情を知らない子供の叫び。
「俺だけじゃ、ダメなのか。イエム」
「親父は大好きだよ。でも、それでも、行きたいんだ」
「ぐぬぬ……」
デリーは思わずでしょう、拳を振り上げ、
「バカヤロウ!」
振り下ろさずに去っていってしまいました。
「親父……」
ああ、私は何と言う事をしてしまったのでしょう。
後悔後に立たずとはこのことです。
◇◇◇◇◇
事態が動いたのはそれから三日ほどたった日のことです。
一人私の側にデリーがやってきました。
「ゴトーさんよ。お願いがあるんだ」
「内容によりますね」
「そうツンケンするなよ」
「はぁ、分かりましたよ。で、なんですか?」
「あー、なんだ昨日アドゥケスの野郎に聞いた話なんだが」
「聞かれたら、面倒ですよ」
「大丈夫だ、昨日しこたま飲ませたから、まだ起きてこねぇさ」
「さようですか」
「それでよ、王都には学園があるらしいんだわ」
「学園ですか」
「ああ、魔術学園よ」
デリーの話では、由緒正しき学園のようで、貴賤を問わず優秀な生徒を募集しているとのこと。
「そこなら、あいつの才能を伸ばしてやれると思うんだわ」
「おや? 彼にはここに残ってほしかったのでは?」
「まぁ親としちゃそうだがな。あいつにはよ、才能が無いのさ」
「矛盾してますね」
「早とちりすんな。イエムにはよ、戦士の才能が無いんだよ」
「ほう」
「このまま俺の戦いを教えていたって、たかが知れてる、鬼のくせに力だって人並みだ、型と足捌きぐらいだな、見れるとしちゃ」
「成程」
「母親の血だろうな、あいつにゃ魔法のが向いてる」
「確かに彼の魔法の才能は豊かなようですね」
「そうだろう? イエムがどうしてもクラリスに会いたいってんなら、俺は止められない。その権利が無いと言った方がいいな。だが、俺もこの村を出ていく気はない。ここには返しきれないくらいの恩がある」
「それで魔術学園ですか。ですが、ただで入学できるわけでも無さそうですが」
「こいつを売る」
そう言って、デリーが取り出したのは刀でした。
彼の体よりも少し長いくらいの大刀です。
「俺が昔使っていた相棒だ。逃げる際にこれだけは奪い返した」
「そんな値の張るものなんですか?」
「入学金ぐらいにゃなるだろう。なんといっても魔王様直々に下賜いただいた刀だ」
何やら不穏なワードが出てきましたが、私の素晴らしいスルー力でやりすごします。
「十分に分かりました。あなたが過保護なこともついでに。で、何故のその話を私に?」
「ああ、なんだ、その、あいつにこの刀渡して説明してもらえると助かる」
「お断りします」
「まぁ、そうなるよな……」
「当たり前です。親子の問題は親子で解決しなさい」
「……あいつになんて言って切り出せばいいか」
「そんなもの自分で考えなさい。素直な言葉で伝えればいいんですよ」
「そうだな、分かった。考えてみるよ」
ふむ、どうやらデリーも迷いを捨てたようですね。その顔は晴れ晴れとしています。
「ありがとな、ゴトーさん」
そう言って、立ち去っていきました。
さて、イエムが旅立つのはもう少し先の話になりますが、私としても目下の課題をどうにかせねばならない時期になったようです。
その課題とは、この体。
どうにかなりませんかね?
※次話 アーシェ登場です。




