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俺の妹は忍者なんだが13歳  作者: 兵藤晴佳
     3場 ライバル・忍者中二病
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シーン3 美少女忍者の隠密行動・放課後編

 兄の安全確保のためというわけではないが、その放課後のことである。

 瑞希は中等部の体操着とジャージをなるべく「大人っぽく見えるように」着崩し、高等部の区画に忍び込んだ。

 校舎内を行き来する生徒に紛れて、稽古場となっている教室が開くのを待つ。

 やがて鍵当番と思しき生徒がやってきて教室に入ると、一人、また一人とラフな稽古着姿の部員たちがやってくる。

 もちろん、その中には冬彦も含まれていた。

 そこは「飛燕九天直覇流奇門遁甲殺到法」を伝承する忍者集団「吉祥蓮」の一員である。

 兄の恋路を妹が出歯亀しに来たと気づかれる瑞希ではない。

 廊下を行き来する人の波に紛れながら、様子を伺うことぐらいはできた。

 教室の前を何往復した頃であろうか、周りの空気が明らかに変わった。

 瑞希の目は、ばらばらに彷徨っていた生徒たちの視線が、ある一点に集中するのを追う。

「何、この気配?」

 鳥肌の立った二の腕を押さえたその時、その影は教室の前に立った。

 タンクトップの上に羽織った淡いオレンジのパーカーに流れる長い黒髪。

 すらりと伸びた、淡いピンクのジャージの脚。

「葛城、亜矢?」

 遠目にも、今朝見たのがその人だと確かに分かる。

「きれい……」

 切れ長の目に、引き締まった薄い唇の口元。

 周囲を行き来する生徒の間からも、異性同性を問わず、微かなため息が聞こえる。

 瑞希は、生徒たちの間をすり抜けて、教室に入る葛城亜季に接近した。

 開かれたままの扉の前に立つと、パーカーの背中が見えた。

 今回の上演作品の題名がプリントしてある。

 それに目を遣ったとき、教室の中で足を伸ばしてストレッチをしていた部員の一人がふらふらと立ち上がった。

 色の白い、黒縁メガネのノッポ……冬彦である。

 もちろん、その視線は葛城亜矢に向けられていたが、瑞希は咄嗟に顔を隠して背を向けた。

 上演作品のロゴを見る余裕などあるはずがない。

 だが、そのいじましい努力は、空気を読めない甚だ有難くない知り合いによって踏みにじられた。

「こんなところで何してんだ、菅藤瑞希……」

 こうしたことがしばしば起こるのもまた人生であるが、13歳の少女にそれを受け止めるだけの度量を求めるのは酷というものである。

 突然人を名指しにしたその声の主と共に、瑞希の姿はその場から消えた。

 

 数分経って、ここは倫堂学園高等部特別活動棟屋上。

 高いフェンスに囲まれた、床がコンクリート剥き出しのままになっている、ベンチ一つない殺風景な空間である。

 一応、生徒に開放された場所ではあるが、余程のヒマ人でない限り、わざわざやって来ることはなかった。

 その人気もヒトケもない所に、突如として現れた二つの人影は、いきなり口論を始めた。

「玉三郎! またあんたなの!」

「玉三郎って言うな!」

「玉三郎を玉三郎って言って何が悪いのよ玉三郎!」

「3回言ったな3回も!」

「仕方ないでしょ、あんたの名前なんだから!」

「俺のことは獣志郎と呼べと言ったはずだ……」

 どこかで聞いたようなセリフを繰り返している、着崩れたジャージ姿の女子中学生と夏服を整然と着こなした男子中学生は、無論、菅藤瑞希と白堂玉三郎である。 

 無言で睨み合う二人。

 そして、これは二つの忍者団の戦いでもあった。

 片や、吉祥蓮。泰平をもたらすちょっと頼りない男たち傍にいて自ら、あるいは誰かとの縁を結ぶ女たち。

 片や、鳩摩羅衆。歴史の陰に潜み、争乱の種を蒔いては、自らその仲裁をして荒稼ぎをしてきたセコい男たち……。

 やがて、玉三郎が不満気に口を開いた。

「獣志郎って呼べよ」

 瑞希は言い切った。

「絶対に呼んでやんない」

 口をヘの字にひん曲げてふくれっ面をする玉三郎。

 構わず瑞希は一音一音粒だてるように突き放した。

「あんたたちの出る幕じゃないの、放っといて!」

 口先でぼそぼそと、玉三郎はぼやいた。

「あ、そういう言いかたないんじゃない、困ったときはお互い様ってのが俺らの業界だろ」

「いつから業界になった、いつから!」

「ん~、日本が出来た時から?」

「いつだか分かんないでしょ! じゃあ年号言ってみてよ年号!」

 まるで小学生の喧嘩である。

 玉三郎は、にかっと笑って答えた。

「泣くよ(794)坊さん平安京?」

「もっと昔からあったでしょ、日本! ……8世紀末から破壊工作してたわけ?」

「らしいよ。奈良の坊さんそそのかして暴利をむさぼらせて桓武天皇に遷都させて、京都で材木売って大儲けしたりとか」

「やることがでかいんだかセコいんだかわかんない……」

「まあ、女には分からん男のロマンだな」

「そんなロマン分かりたくない」

「だから男ばっかの集団なのさ」

「本当?」

「ウソ」

 瑞希の手のひらから細い鎖が一閃する。

 布きれ一枚でもまとっていれば隠せるほどの細い鎖である。

 玉三郎は首を軽くかしげてよけた。

 瑞希の手首の返し一つで、先端の分銅が鎖に引かれて戻ってくる。

「危ないな」

「次は本気でやるからね」

「その時はお手柔らかに」

 右手が一閃すると、いつの間にか留められていた瑞希のジャージの前がはらりと開く。

「え?」

 ジャージを縫い付けていた鍼を手に、玉三郎は、そっぽを向いて答えた。

「ちゃんと着ないで戦うと、見えるぜ」

 瑞希がちらりと胸元を見ると、下に来ているTシャツと肌の間に、大きな隙間が空いている。 

 冬彦と同じくらい長身の玉三郎からは、確かに「見える」。

「バカ!」

 目を固く閉じ、赤面した瑞希が再び鎖を振るったところには、もう玉三郎の姿はなかった。

 ただ、その声だけが微かに響き渡っている。

 ……気を付けろ、あいつ、ただの女じゃないぞ……。

「葛城、亜矢?」

 鎖を掌に収めてジャージの前を掻き合わせ、瑞希は呆然と佇んだ。 

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