婚約破棄したくてもできない!~婚約者が駆け落ちしてしまった場合~
王子目線でお送りいたします。
今夜は王家主催の舞踏会だ。
伯爵以上の貴族が全て出席すると言っても過言ではない。
領地で突発的な用件がある者、病の床に伏せる者、それ以外は出席を前提にスケジュールを遣り繰りして都合をつけて出席するのも当たり前の、王家主催の舞踏会
あの女も必ず出席する。
なんせ王子の婚約者なのだから。
婚約破棄を告げたい王子は好都合とばかりに婚約者プリン・ア・ラ・モードの姿を探すがあの女の姿はない。
あの女の取り巻き令嬢を見つけて「プリン・ア・ラ・モードはどこにいる?」と、尋ねれば、
「恐れながら(殿下のエスコートで)ご一緒にいらっしゃるとばかり・・・」と返ってくる。
何故、あの女をエスコートしなければいけない!
と、腹立ちまぎれに思いながらも、
ああ、まだ婚約破棄していなかったな
と、苦々しい思いがよぎる。
おかげでマロンをモンブラン男爵邸まで迎えに行けず、他の奴(マロンに選ばれず、俺と彼女を祝福する係のくせに未だにマロンに色目を使うわデレデレしてくる負け犬だ)にエスコートを任せる羽目になった。
マロンが未練たらしい負け犬と共に姿を現したので、王子はそちらに近寄る。
俺とマロン(ついでに哀れな負け犬ども)が会話を楽しんでいると、マロンの父親モンブラン男爵がこちらに慌てふためいてやってくる。
子爵以下であるモンブラン男爵は招待されてはいても出席の義務はない。
何故なら、この城で働いている子爵や男爵が多いからだ。彼らがいなくてはこの舞踏会は進行しないと言っても良い。
飲み物を配っている者の中には若き男爵や子爵、もしくは男爵や子爵の青年期の子息の姿が見受けられる上、警備を担当する騎士もそうだ。食べ物や飲み物、室内管弦楽団や催し物の進行をチェックし、王妃に支持を仰いだり、差配しているのも。
「殿下、ご歓談中に申し訳ございません。マロン。こんなところで寛いでいる場合ではない。すぐに家に戻れ」
モンブラン男爵は一声かけたものの、俺への挨拶すら忘れて自分の娘の腕を掴む。
「お父様?」
「モンブラン男爵。何をそんなに慌てている? まだ舞踏会は始まっていないんだぞ?」
「そうよ、お父様。どうなさったの?」
「殿下、始まっていないからでございます。ほら、マロン。帰るぞ」
「申し訳ございません、フランボワーズ様」
本当に申し訳無さそうなマロンの表情に、彼女が今夜の舞踏会をどれだけ楽しみにしていたのか知っている俺は胸が締め付けられるようだった。
「モンブラン男爵。私の頼みだ、マロン嬢をこの場に残して欲しい」
それに婚約破棄をして、マロンとの仲を発表するためにはこの場にいてもらわなければいけない。
「だが・・・。マロン。お前はそれで良いのか?」
「ええ。お父様」
笑顔で答えるマロンを見て、引き止めたことに間違いはなかったと俺は自分を褒める。
「殿下のご意向のままに。――悪く思うなよ、マロン。お前が選んだことなのだから」
モンブラン男爵は意味のわからないことを呟くともう用はないとばかりに素早く退出していった。
その後ろ姿を見送りながら、俺とマロンは顔を見合わせた。
「お父様ったら、一体どうしてしまったのかしら?」
「そうだな」
折角、娘が王子の婚約者になるという晴れ姿を見逃すとは哀れな男だ。
ま、結婚式もあるのだから、今回は見逃しても構わないがな。
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伯爵以上の貴族たちの国王夫妻への挨拶が一通り終わり(ちなみに王子である俺もその場にいなければいけなかった)、父が舞踏会の開会を宣言し、俺がマロンを呼び寄せてあの女との婚約破棄を宣言している時にそれは起こった。
「私はプリン・ア・ラ・モードを愛していない。愛の無い彼女とは結婚できないので婚約を破棄します!」
あの女の父親であるア・ラ・モード公爵は顔から血の気を失い、卒倒しそうな様子になった。
「フランボワーズ! これはどういうことだ?! こんなところで言うことか?! それにその娘は何だ?! 婚約者が病気で臥せっているというのに、他の娘を纏わりつかせているとは!」
激高する父にア・ラ・モード公爵は近付いて小さな声で告げた。
「へ、陛下・・・。実は我が娘プリンのことですが、本日の欠席は病気ではなく、駆け落ちをしでかしまして・・・大変申し訳ございません!」
その声は父の傍にいる俺にもハッキリと聞こえた。
「!!」
これであの女との婚約は正当な理由をもって破棄できる!
俺はあの女に感謝したいくらいだった。
「――して、相手の男の名は? 我が息子フランボワーズを袖にしたのだから、さぞかし立派な男なのだろうな」
「相手の名前はスイート・P・モンブラン。モンブラン男爵の嫡男にございます」
「!!」
「お兄様が?!」
マロンが思わず驚きの声を上げた。
驚いている姿も可愛い。
「その娘はモンブラン男爵令嬢なのか、フランボワーズ」
「はい。モンブラン男爵令嬢のマロン嬢です、父上」
この時の俺は今からして思うと、あの女が駆け落ちしたことで胸を張ってマロンを父に紹介できると気分が昂揚していたのだろう。
「成程。フランボワーズよりも立派な男のようだな。しかし、兄妹して婚約者持ちを略奪するとはとんでもない家だな、モンブラン男爵家は」
「お言葉ですが、父上! マロン嬢はそのようなことはしておりません!」
「恐れながら、陛下。フランボワーズ様の仰るとおりにございます」
負け犬たちも口々にマロンを擁護する。
ま、当たり前だな。
「陛下、実はスイート・P・モンブランは妹のモンブラン男爵令嬢が殿下を惑わしていることを謝罪しに何度も我が家に訪れるうちにプリンと親しくなったらしく・・・。娘も殿下に素気無くされ、モンブラン男爵令嬢との仲を見せつけられて絆されてしまったようです」
「成程。確かに立派な男だ」
チラリと父が俺に目を遣る。
俺は悪くない。
あの女とは政略結婚の相手だったというだけの関係だ。
それなのに何故、父は冷たい目で俺を見るのかわからない。
「少なくとも兄のほうは行方をくらましてしまったので分からんが、何がしか怪しげな術でも用いたとしか思えんな、モンブラン男爵令嬢。その取り巻きの顔ぶれを見ていると、そうとしか思えん」
「父上・・・?!」
「モンブラン男爵令嬢を引っ捕らえよ! モンブラン男爵夫妻も拘束するのだ! 怪しげな術者を野放しにではできん!」
警護にあたっていた騎士たちがすぐさまマロンを拘束する。
「父上!! マロンはそんなことをしていない! するはずがない!! 何かの間違いだ!」
マロンを解放させようと必死な俺は父に対して被っている仮面を忘れてしまっていた。
「怪しげな術を使用していないとしても、兄に王子の婚約者を誘惑させて駆け落ちさせた女とは婚約を許せる筈もなかろう」
「それはマロンの兄が勝手にやったことだ!! マロンには関係ない!!」
「モンブラン男爵令嬢が指示した、指示しないにかかわらず、婚約者の駆け落ち相手の姉妹との婚姻などありえんのだ、フランボワーズ」
あの女との婚約破棄とマロンとの婚約発表は、こうして幕を閉じた。
嫡男が王子の婚約者と駆け落ちしたパンプキン・モンブラン男爵は、王家と公爵家を敵に回したと察し、妻子を連れて見事に国外逃亡を成功させました。
「駆け落ちを聞いていたら残らなかったのに!」
マロンは自分の意志で舞踏会に残り、捕縛されました。
王子の手前で彼の婚約者との駆け落ち話をできず、王子と懇意だからなんとかなるだろうと父モンブラン男爵に切り捨てられた結果です。
時には親の言うことも聞くものです。
そして、フランボワーズ王子は愛のない結婚をすることになりました。
マロンのその後?
続きは皆さんの心の中で・・・