恋する林檎
青年は古墳のてっぺんにある一本の木にたどり着くまでに、数人の人物とすれ違った。誰もが、枯れ葉や石をめくってはその下を見ている。まるで何か大切なものを無くして探し回っているように。足取りも、どっしりと踏みしめながら上を目指す彼とは違い、どこか浮ついてふらふらと心許ない。
少し不思議に感じながらも、丘陵の頂にたどり着いた。噂通り、血の色をした赤い実がなっている。
「これは恋の果実。食べてはだめ」
木の幹に座る少女が、彼に忠告した。
「ああ。それでも食べに来た」
青年は抑揚の乏しい口調でこたえた。
「あなたも恋に恋したい人なの? いま丘を下りて行った人たちのように」
恋の果実を食べた者は対象も何か分からない、決して満たされることの無い恋心に焦がれる。目の前に無いものを慕い、恋の対象を見つけてもまた新たな恋を望む。切なさのあまり歌う者もいれば踊る者もいる。そして恋のままに殉ずる。恋に生き、恋に一生を閉じるのだ。
「私は恋に恋するという気持ちを理解できないが、恋するという感情を手に入れたいという意思がある」
変わらず抑揚の少ない声で言った。
ははん、と少女。
「あなた、ロボットね」
「正確にはアンドロイドです」
もう少女は止めようと声を掛けることはしなかった。青年は枝に結んだ赤い実に手を伸ばす。
「高度成長した文明のアンドロイドが恋なんて感情を手に入れたら人間になったも同然。でも、人間になって何かいいことあるの?」
「人間は素晴らしい。特に感情は機械では決して表現しきれない。ただし、これはあくまで観察結果によるもの。感情を持ってみなければ、感情の素晴らしさは分からない。だからぜひ試してみたい。そして人を恋して自身を分析したい」
青年はそういって、かじった。しゃくりと弾ける豊かな果肉と果汁。歯茎から出た血が白い歯に赤い。
すると、「なんだろう、胸が詰まる」と感情豊かな口調で胸元をかきむしり始めた。白い上着に赤い血がにじむ。体まで人間に変化したのだ。やがて、ふらふらと浮ついた歩調で丘を下って行く。
少女はその姿を見送る。
そして呟いた。
「これでまた、人間が一人」
彼女の脳裏には、禁断の果実を見張るロボット相手に「それでも不老不死は素晴らしい」と口論したはるか昔の記憶が蘇っていた。
「本当の人間なんか、私以外とうに滅んで土に還っているのに」
新たに丘を這い上ってくる妖怪や獣、機械には目もくれず、愛しそうに赤い実を見上げた。
おしまい
ふらっと、瀬川です。
他サイトの競作企画に出展した旧作品です。
また似たパターンの話を書いてるなぁとか思いつつも、この時は確か果物がテーマだったはずでんじゃあ禁断の果実を書こうかなぁとか。禁断の果実がどういったものかを描きたかった、という感じですね。ここにそう書くということは当時そう読んでもらえなかった(これは自分が悪い)のですが。




