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第二十二話 千年の祈りの先に(前)


 外界からの光を遮る分厚いカーテンが空調で揺れる。その隙間から時々垣間見える空は相変わらずビビッドな赤に彩られている。


 地球全土の空を一様に覆う<竜法術式>の紋様は相変わらず不気味に輝き脈動している。

 

 各地に甚大な被害をもたらした<光の矢>は一旦終息しているように思われ、ここ数時間ほどはどこからも被害報告は上がっていない。


 日本の政府機能が集中するこの建物の中は、蜂の巣をつついたような騒ぎになっている。


 つい数分前には安全保障に携わる高官たちが連れ立って別室に寄り集まり今後の対応を論じ始めている。


 このフロアには国内外のニュースをリアルタイムで映し出すモニタがずらりと並べられている。各方面から集められた様々な専門家がそれを横目に見ながら、ああでもないこうでもないと果てしない議論にも似たタライの回し合いを繰り広げている。


 鷹城はそれを見ながら、おそらく結論は出ないだろうと考えた。自分たちが直面している物が『魔法』による脅威であるとの報告は一応上げてある。それを彼らがどこまで真に受けてくれるかは大いに疑問だった。


 下手に恐慌して血迷った行動に出ないだけマシなのかもしれないと皮肉まじりの感想を持つ。


 肩をすくめた鷹城は、隅の方でノート型端末を睨んでいる佐々森忠成の前に紙コップのコーヒーを置いた。


「どうだ?」


 徹夜明けの早朝、三十分ほど前にタマメから鷹城に送られてきたレポートは、極めて理路整然にまとめられた内容だった。だが同時に極端に『魔法』へと偏った専門的な物でもあり、その解釈が出来る者の心当たりは鷹城には多くなかった。


 佐々森がプリントアウトされたタマメのレポートをぽんと叩く。


「概要は把握しました。簡単に言うと、『術式』自体が増幅機能のある魔力加速器みたいなもんですね」


「……『もっと』簡単に頼む」


「ええと……地球を囲むように展開されている魔法術式をイメージしてください。そこに長年蓄積されてきた『魔力』が、術式のキャパシティを間もなく超えるんです。莫大な魔力が一気に地上に降り注ぐんです」


 相手の向かいに座り込んだ鷹城が、額に指を当てて冷静さを保とうとする。


「まったく、はた迷惑な話だな……その魔力が<光の矢>なのか?」


「いえ、あれは単なる前兆現象ですね。タマメちゃんの予想した魔力量から換算した数字がこれです」


 ノート型端末をくるりと回転させ、画面を鷹城に向ける。


「術式が崩壊した瞬間、直径八百キロメートル程度の天体衝突に匹敵するエネルギーが、地球を包むことになります」


 数字にピンとこない様子の鷹城に、佐々森が付け加える。


「ちなみに恐竜絶滅の原因と有力視されている隕石は、直径十五キロメートルほどだと言われていますね」


 鷹城の無意識に握られた拳に力が入る。実に気が進まなかったがその先を確認するのが自分の仕事だと考えた。


「……つまり?」


「運が『良ければ』人類滅亡で済むかもしれません。ひょっとすると地球その物が……」


 小さく首を振りながら、ぱっと指を開いてみせる。鷹城は辺りを見回して、この会話を他人に聞かれていないか確かめながら声を低める。


「回避手段は無いのか?」


 プリントアウトをめくりながら佐々森が首をひねる。


「プランがいくつか書いてあるんですが、具体的な手法が伏せられているんですよね。何故でしょう……?」


「術式とやらを破壊することは出来ないのか?」


「どうもこの術式は、物理的な『実体』を持たない物のようです。魔法というよりは『法則』と呼ぶべきかも知れませんね」


 容易には理解し難い概念に鷹城はしばし考えこむ。そして彼は最後に、もっとも気になっている質問をした。


「術式の崩壊まで、残された時間はどれくらいだ?」


「おそらく『十二時間』を越えることは無いでしょう。私もタマメちゃんのレポートをもう少し調べてみます。何か見えてくるかもしれません」


「頼む」


 鷹城はこの分野で自分にできることは無いと判断し立ち上がる。各所で動きまわっている部下と連絡を取ろうと、別室に向かおうとした。その時彼はふと足を止め、佐々森に向き直る。先ほどからまるでうろたえる様子のない佐々森に、彼は率直な疑問を投げた。


「ところで、ずいぶんと落ち着いているな。怖くないのか?」


 佐々森は肩をすくめて微笑んだ。


「<教団>の教義にあるんです。恐れてはならない、死は存在せず、ただ魂の休息があるのみ。ってね」


 その言葉の意味を考えながら、鷹城はその場から離れた。






 朝の通勤時間帯、いつも通りに道路は混みあい、電車には人が詰め込まれている。世界の行く末が重大な関心事として話題にされていても、世間の日常は奇妙に継続されていた。


 篠崎厳真は<GKIインフォメーション>の社屋前に立ち、建物をちらりと見上げる。その背景の空を塗りつぶす赤い光学模様を見て口を引き結ぶ。

 

 息子は昨日からここに泊まりこんでいると連絡があり、彼は史跡調査を行っていた県外から車を夜通し飛ばしてここに駆けつけていた。


 二階事務所の扉を開けた厳真の目に篠崎八潮の姿が映り、彼は内心安堵する。


 窓際に立って、ブラインドの隙間から空を見る天童静と野呂栄作にうなずいてみせる。厳真はこの場に流れる妙な空気に怪訝な表情をしながら八潮の方へと歩み寄った。


 ソファに座りこんでうつむいていた八潮が、父親の顔をちらりと見上げ力ない声を出す。


「父さん」


 息子の表情を見て、厳真がただならぬ何かを感じ取る。


「……何があった?」


 何を話せばいいのか、それすら分からない八潮が恥じ入るように視線を伏せる。


 厳真が事務所の中を見回して、重ねて問いかける。


「タマメはどこだ?」


 八潮は指を上に向けた。


「今、上で寝てる。姫子が様子見に行ってるとこ」


 少年が答えた途端、外から騒がしい足音が近づきドアが乱暴に開け放たれる。

 

 蒼白な表情の護皇院姫子が、手に携帯電話を握りしめていた。ピンク色のプラスチック製の筐体に付箋が貼ってある。そこには可愛らしい字で『八潮へ』とだけ書き込んであった。


 感情が状況を把握しきれていない姫子の一本調子な声が事務所の中に流れる。

 

「タマちゃん、いなくなっちゃった」






 タマメは木々の緑深く小高い山のふもと、あまり手入れの行き届いていない石段の入り口に立っていた。


 石段の両脇には人の背丈ほどの石柱が立っている。


 この地域は車で二時間ほどかけた山間の村だった。


 少女の背後からタクシーが走り去る。運転手から自分の足取りを突き止められる可能性は十分あったが、一刻を争うこの状況では仕方がなかった。


 何はともあれ、思ったより上手く皆の目から抜け出せたことに息をつく。<教団>とのごたごたが一段落して公安の護衛兼監視も緩んでいたのだろうか。運試しとしては幸先がいいかもしれない、と思った。


 世界の空を覆う紋様からタマメが逆算した術式の『中枢』がここだった。

 

 術式の概要をまとめた物は鷹城に送ってあるが、この場所を特定する情報は伏せてある。少々申し訳なくも思うが、この場で彼らに出来ることは存在しない。

 

 石段を上りながら、木々の隙間から眼下の風景を見る。


 この場所に人気ひとけは全く無く、少女を見咎める者はいなかった。遥か遠くの田や畑では何やら作業をしていたり、軽トラックで機材を動かしている姿が見える。


 世界が終末を迎えようかという時でさえ、日々の生業なりわいを粛々とこなす者が多いことに若干の愉快さを覚える。


 タマメは、人間のこういうところが好きだった。


 やがて石段を上りきった先には、奥に高い斜面がそびえ、三方を雑多な広葉樹に囲まれた『広場』があった。足首あたりまで伸びる草花や、あちこちに転がる朽木。それはここに踏み入る者があまりいないことを示している。

 

 草の奥に、小さな人工物が見て取れた。

 

 広場の奥にひっそりと佇む小さなやしろの方へ歩み寄る。巨岩が埋まる斜面を背にしたそれは、やはり訪れる者もいない、忘れ去られた史跡のように思える。

 

 ふと懐かしい『声』が聞こえたような気がした。

 

 その感覚に引き寄せられるようにタマメはやしろの裏にまわり、斜面を覆う岩を眺める。

 

 周辺の地形をしばらく観察してからタマメは足元の小石を拾い、地面に魔法陣を刻み始めた。やがて描き上がった魔法陣からすこし距離を取ったタマメが、それに向かって手をかざし、ある規則に基づいた単語の連なりを発声する。

 

 少女が描いた魔法陣と、唱えた言葉。それは光学的な虚像を投影する魔法を継続的に『相殺』する術式と呪文だった。

 

 魔法陣が白く光ったかと見えた次の瞬間、乾いた破裂音と共に斜面を覆っている岩の一部が『消滅』した。

 

 岩のあった場所から、斜面の奥に向かって穴がぽっかりと開いている。地下へ向かいゆるやかに下っているそれは明らかに人の手によって加工された『通路』だった。

 

 この通路は魔法的手段によって意図的に隠されていた。仰木邦光、あるいは<統法機関>の人間による隠蔽工作なのだろうと見当をつけた。


 そしてタマメは自分が、つまり『竜』が『魔法』を行使できるという事実によって、目的地が『ここ』であるという確信を持つ。

 

 タマメはゆっくりと通路の奥へと足を踏み入れた。

 

 三百年前の竜族の『罪』を償うために。


 そして自分がかけがえなく思う『世界』のために。






 <GKIインフォメーション>二階事務所は沈黙が垂れ込めている。


 姫子から手渡された、タマメの携帯電話を八潮が見つめていた。小さな筐体に、やけにずっしりとした重さを感じる。少年はふうと小さく息を吐き出して、観念したような視線を自分の手の中に向けた。


 自分宛に残された携帯電話の画面を開く。ディスプレイの表面には『再生しろ』とだけ記された付箋が貼られていた。

 

 陰鬱とした視線を画面に固定したまま、八潮は指を動かした。

 

 ライブラリの先頭にある動画ファイルの再生ボタンを押す。


 撮影されたのは静の部屋と思われ、妙に可愛らしい内装が目立っている。


 映像の中のタマメはTシャツ姿でベッドに腰掛け、ノート型端末に向かって何かをタイプしている。ベッド脇の小机に置かれているらしい携帯電話のカメラに視線をちらりと向けた。


 音声は大きくはなかったが、静かな事務所の中にそれはよく響き、八潮以外の人間もタマメの語りかけをはっきりと耳にすることが出来た。


『こんな形ですまない。今、空を覆っている物の詳細について、儂なりにまとめた物をタカシロに送ったところだ。ササモリあたりなら理解できるように、噛み砕いて説明したつもりだ』


 タマメがノート型端末の蓋を閉じてベッドの上に放り出す。Tシャツの上から制服のブラウスを羽織り、ボタンをとめていく。少女の視線はカメラから外れ、どこか遠くの景色を睨みつけるような色が浮かんでいた。


『今、世界は滅びの瀬戸際にある。そして、それは儂の一族の不始末だ。だから、儂が止める』


 携帯電話を支えている八潮の指がぴくりと震えた。少し考えこんでから、タマメがカメラを見る。


『完全に無力化するのは難しいと思うが、最悪の事態だけは阻止できると思う。だから、あまり心配するな。皆にもそう伝えてくれ』


 そこでタマメは録画を止めようとしたのか、画面の方に手を伸ばす。しかし、彼女は少しだけ躊躇してからベッドに座り直した。少女の左の瞳が柔らかい光を帯びる。


『ヤシオ。初めて会った時の事を覚えているか? あの時、儂の目の前にいたのがお前で本当に良かったと思う。だから……』


 小さく肩をすくめて、きまり悪そうに頬を赤らめて微笑む。

 

『ありがとう』


 そして画面の中の少女はカメラに手を伸ばし、映像はそこで終了した。


 呆然としていた八潮が、携帯電話をソファの上にぽろりと落とす。


 隣に座る姫子が顔をこわばらせて八潮を見る。このメッセージに込められた想いが何を意味するのか、姫子にはおぼろげながら理解できた。タマメが決して取り返しのつかない場所へ向かおうとしていることを。大事な友達が手の届かない所へ行こうとしていることを。


 姫子が声を震わせる。


「八潮……」


 顔を伏せていた八潮の唇から息が漏れる。


「ふっ」


 少年はテーブルの端に両手をかける。


「ふざけるなぁあっ!!」


 八潮が渾身の力でひっくり返したテーブルから紙コップや置き時計が散乱する。


 空気が固まった。

 

 普段の少年の比較的穏やかな立ち居振る舞いからは一線を画す激情が、皆の顔をぽかんとさせている。

 

 仁王立ちした八潮が息を荒らげながら、食い入るような視線を足元に叩きつけている。


 ずっと一緒にいると約束した。一緒に生きると約束した。


 それなのに。自分勝手に目の前からいなくなって。そんな勝手なことは絶対に認めない。首に縄をつけてでも連れ戻す。少年はそう断固とした決意をする。


 壁に背をもたれかけて立っていた静が、しばらく呆気にとられた後に、思い出したようにぷっと吹き出す。


「そうこなくっちゃな」


 彼らのやるべき事は、考えるまでもなく決まっていた。






 鷹城は携帯電話越しに厳真からの連絡を受けている。

 

 状況は予想以上の速度で自分たちの制御を離れつつあることを認識した。


「分かりました。ありがとうございます、厳真さん」


 通話を切り、向かいに座る人物を見る。佐々森はしばらく前からタマメのレポートを見ながら、ノート型端末で凄まじい速度のタイピングを続けている。


 口元に指を当てた鷹城は、別の携帯端末から入る部下たちの報告に目を通しながら、今の電話の内容を思い返すように呟いた。


「タマメくんは、やはり一人で術式を止めに行ったようだ。公安の監視まで振り切るとは流石だな」


 作業の手を休めることなく、佐々森が半ば呆れた声を出す。


「感心してる場合じゃ……彼女、勝算あるんでしょうか?」


「『一人』で行ったという点から考えると、我々が役に立つ種類の仕事では無いんだろう」


「だとしても、誰も連れずに行くってのは……その、何というか、まるで」


 そう、全てを自分で背負い込んで身を捧げる行為に思えた。タマメが篠崎八潮に絶対的な献身を誓った、<血の盟約>という言葉が鷹城の脳裏をよぎる。八潮とタマメが並んで仲睦まじく食事をする光景が蘇る。


 あんな小さな少女が一体世界の何を背負おうというつもりなのか。


「ああ。あまり良い傾向じゃない。手の空いている人間に探させてはいるんだが、どうにもかんばしくないな」


 一時手を止めた佐々森が、鷹城の横の席に移動する。


「場所は、ある程度特定できると思います」


 机の上でノート型端末を二人の前に動かす。画面には立体的に描画された地球のモデルが表示されていた。佐々森がキーをいくつか叩くと、地球の表面に次々と白い輝点が描き込まれていく。


 怪訝な顔をする鷹城にボールペンで画面を指し示しながら説明する。


「<光の矢>が落ちた場所を時系列でプロットした物です」


 画面隅のウィンドウには時間と座標を示す数字の組み合わせが、輝点の描画に合わせてスクロールしていく。


「それぞれの矢が落ちた時間は少しずつずれています。この時間のズレは、魔力の発現経路と術式中枢からの相対的な『距離』から生じる物です」


 輝点同士が赤いラインで繋がれていく。しかしそれは何の規則性も無い、幼児のジグザグな落書きのようにしか見えなかった。率直な感想が鷹城の口をついて出る。


「よく分からんな」


「タマメちゃんのレポートによると、術式の『本体』はこの宇宙とは別の次元に存在しています」


 紙束をばさりと広げて該当するページを抜き出す。佐々森は手際よくキーを叩きながら、数式を含んだコマンド列をグラフ編集ソフトに投入していった。


「彼女はその別次元と、我々の宇宙との間の『座標変換規則』も予想しています。それを適用すれば……」


 キーを弾くように最後のコマンドを入れる。


 三次元的に表示された座標軸がぐにゃりと湾曲し、各々の交差角もくるりと動く。それに追随して、ジグザグだった輝点の連なりが徐々に一つの形状へと収斂していった。


 やがて座標変換を完了した画面。その中で輝点の軌跡は歪みのない綺麗な一本の『リング』となって地球を一周している。画像を拡大していくと、そのリングは丁度日本列島の上を通過していた。


「このリングの下のどこかが目的地のはずです」






 鷹城がネット経由で送付してきた地図のプリントアウトが、<GKIインフォメーション>事務所のテーブルの上に広げられている。

 

 紙面には南関東から北陸方面までが収められており、その中心に一本の赤い太線が引かれている。


 姫子が眉を寄せて地図を覗きこむ。


「この線の下にタマちゃんがいるってこと?」


 腕組みをした栄作が戸惑うような声になった。


「本州のど真ん中通ってるね。ちょっと絞り切れないんじゃ」


 厳真の視線が地図の上を丹念にたどっていく。


「だが、それほど遠くではないはずだ。公安でも人手を割いて探してくれている」


 ぼんやりと視線を巡らせながら、静が事務机に頬杖をついて上手い手がないか思案するが、どうにも打開する道が見えてこない。


「チビ助は目立つ外見だからな。時間さえありゃ目撃したやつから芋づるで辿れるんだろうけど」


 佐々森がタマメのレポートから読み取った十二時間というタイムリミットが、彼らの行動の足かせとなっている。しらみつぶしに探しまわるという手段は、あまり賢明ではないように思われた。


 その時、何かが八潮の心の奥に引っかかった。


 何だった。思いだせ。大事な言葉を聞いたはずだ。


 必死に記憶をたぐり寄せた時、天啓のようにその言葉が八潮の心に蘇る。


――『竜』の気配だ――


 空にあの紋様が出現する寸前、少女は確かにそう言った。


 八潮が地図を引ったくって事務所から飛び出した。階段を駆け上がった彼が屋上に続くドアを勢い良く開ける。

 

 柵に駆け寄り、住宅街の向こうの地平線に目を凝らす。

 

 確かここに立って、あの方向を。

 

 皆が八潮の突然の行動に、事務所の中で呆気に取られていた。その中ただ一人いち早く追いついた厳真が、怪訝そうな顔で少年の背中を見やる。


「どうした? 何か分かったのか?」


 八潮が振り返る手間も惜しみながら、景色の彼方を指差す。


「タマメさんは『竜』の気配がする、って言ったんだ」


 自分に言い聞かせるように繰り返した。


「あの方角を見てた」


 無我夢中でボールペンを取り出し地図と自分が指差した方向を見比べながら、一本の線を紙の上に慎重に引く。

 

 地図の上、線と線が交わる場所。

 

 ここだ。ここにいる。必ず連れ戻してみせる。

 

 少年は立ち上がり、地平線の彼方をまっすぐに見つめた。




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