エルフの少女Ⅱ
病院の廊下、置かれている長椅子に座り、リンネがしばらく本を読んでいると。
「リンネ、今戻ったわ。ここにいるってことは今着替え中なのかしら?」
袋を下げたリーゼロッテがリンネを見つけ、空いた手を振りながら合流した。
「お帰りなさいリゼさん、先刻目を覚ましました、今先生に診察してもらってます。
服の方はどうでしたか?」
「服の方はこの通りよ。閉店してる時間だったけど、洋服店の店長は知りあいなの、無理言って開けてもらったわ。で、『エルフの女の子に似合う服を』って言ったら、これを売ってくれたの」
そう言って下げた袋をリンネに渡そうと差し出す。
リンネは異層空間に本を片付けると、それを受け取った。
丁度その時だ、病室の扉が開き、女医が姿を現したのは。
「もう大丈夫よ、異常ないわ。あとは食べて寝て、少しづつ体力の回復を待つだけよ」
「ありがとうございました先生」
「いいのよ、じゃあ私は仕事に戻るわね」
そう言って女医はリンネ達の元を後にした。
リンネは立ち上がり、病室の扉をノックしてルティアの「どうぞ」の声を待って入室する。
個室ではあったが消灯時間のため、魔光灯は灯さずにいたが。
それでも月明かりで部屋の様子ははっきりと分かった。
「あらためて自己紹介でもしようか。初めまして、僕はリンネ・エーデルシュタインよろしく」
「私はさっき診察をする前に自己紹介してますので省略です」
「リーゼロッテよ、気分はどう?」
ベッドの上に座るエルフの少女は三人の紹介にぺこりと頭だけ下げる。
「わた、わたしはエリスと言います、その。ありがとうございました、助けていただいて」
長い前髪で目元は全く見えないが、声色からも回復していることがわかる。
もともとそういう性格なのか、声は小さかったが牢獄にいた時のような悲壮感はなくなっていた。
「これ、リゼさんが買ってきてくれたんだ。明日の着替えにどうぞ」
「いえ、そんな、悪いです。初対面の人に、それも貴族の人が私みたいな村娘に」
「貴族って言っても僕は養子だし、そもそも随分昔に没落してるしねえ。
それにこういうのはこっちがやりたくてやってるだけだから、遠慮しないで受け取ってよ」
「あ、ありがとう、ございます」
おずおずといった感じで服の入った袋をエリスと名乗ったエルフの少女は受け取るとそれを胸元に抱きかかえる。
その様子をリンネはニコニコ微笑んで見ていた。
と、そんなリンネだったが「さて」と一呼吸置くと、ローブを掛けていた椅子をルティアの座っている椅子の横へと移動させると、そこに座りルティアの方を向いて、まるで犬にお手でもさせるかのように手を出す。
「どうかしましたかマスター?」
「ここは病院だからねえ怪我した子は治療しないと、右手、捻ってるでしょ」
「ゔ」
「え、あなた怪我してるの?」
リンネの言葉にリーゼロッテが、ルティアに聞く。
先ほどまで診察の手伝いをしていたルティアの様子を見ていたエリスも目を丸くしていた。
「いつからお気づきに」
「ごめんね、砦で合流した時から気づいてたのに」
「いえ、そもそも私は使い魔です。マスターに治療してもらうなんてもったいない事。ひねった程度、しばらくすれば自然に治りますし」
「でも、それまでは痛いよね、ほら手を出して」
これは敵わない、と右手を出すルティア。
その手をリンネは自分の手に乗せ、空いている手はルティアの手の上に乗せる。
「エリスさんの症状もこうやって治してあげたかったんだけど、僕まだ治癒は内傷、外傷の治療位しか出来なくてね、衰弱は治せないんだ」
リンネの手元が淡く光り、リンネとルティアの顔を照らす。
エリスにやさしく申し訳なさそうに微笑むリンネと、恥ずかしそうに顔を赤らめるルティア。
恥ずかしそうではあるが、それを見ていたリーゼロッテにルティアはドヤ顔を向けた。
「なによ」
「いえいえ、特になにも」
リンネの後ろで苦虫を嚙んだような顔をするリーゼロッテ、それを見ていたエリスの口元には笑みが浮かんだ。
「仲良し、なんですね」
「うん、仲いいよ僕たち」
微笑むリンネの顔に戦っていた時の面影は一切ない。
だが、そのリンネの顔に少し影が差す。
このベッドの上で微笑む少女に、聞かなければならないのだ、これからの事を。
住んでいた村はもう無くなって、家族はいなくなってしまったけどこれからどうするのか、と。