エルフの少女
彼女が目を覚ましたのは、救出したその日の夜。
すっかり夜も更け、夜空に浮かぶ双子月が天高く上った頃。
転移で街に戻ったリンネはリーゼロッテに病院の場所を聞き、二人と別れ、急いで彼女を運んだ。
事情を聞き、エルフの少女の容体が急を要すると診て、医者も飛び込みの患者である彼女に部屋を割り当ててくれた。
処置が済み、栄養剤の注射も打ってもらい、医者曰くあとは目を覚ましてからという事だった。
「……ここは」
「やあ、おはよう、体調はどう?」
「……あなたは、私を助けてくれた」
「リンネだよ、よろしく」
少女が目を覚ました時のため、リンネはベッド横の窓際に椅子を置き、そこに腰かけ本を読んでいた。
今日は月明かりが明るく、ランプ型の容器の中の魔鉱石が魔力に反応して光る魔光灯の光も、その日の明るさなら必要ないほどだった。
夜は更けていたが、彼女が目を覚ました際は遅番の医師でもいいので呼ぶよう言われていたので、リンネは椅子の上に読みかけの本を置くと部屋を後にしようと歩き出した。
「あの」
と、歩き始めたリンネに対して声をかける少女。
リンネはそんな少女に対し微笑んで返すと。
「大丈夫、すぐに戻ってくるよ。先生を呼んでくるだけだから」
と、微笑んで返して見せ、病室を後にした。
一人残された少女は寝たまま天井を仰ぎ、徐々に実感していく。
まだ生きていること、あの牢獄から逃れることができたこと、生まれ育った村が焼かれた事、帰る場所がない事。
実感はある、しかし、涙が流れない。
悲しいという感情と、助かった安堵感で少し混乱していた。
突然の事だった、いつまでも続くと思っていた牢獄での生活が、ふと現れた一人の少年によって助け出され終わったのだ。
顔を横に向けると彼の座っていた椅子が目に入った。
椅子の背もたれには彼の纏っていたローブがたたんだ状態で掛けられている。
そのローブの襟元には貴族を示す記章が月明かりを反射して光っていた。
「……貴族の人が、なんで私みたいな村娘を助ける為にあんな場所に」
「マスターは貴族といっても、元は平民ですから。あなたを助けたのは理不尽な力で両親を奪われたご自分とあなたを重ねて見たのではないかと思うのですよねえ」
ひとり言のつもりで言った言葉に答えが返ってきたので驚いて体を起こそうとするエルフの少女。
それを胸に手を置き制したのは自分より小さな背丈の猫耳を生やしたメイド服の少女だった。
「まだ安静になさっててください、もうすぐマスターがお医者様を連れて戻ってまいりますので。
ああそうそう、お初にお目にかかります、マスターの使い魔のルティアと申します、よろしく」
「……よ、よろしく」
ルティアは市場が閉まっていたので、夜も食材が売っている場所、酒場で買い物を済ませて戻ってきたところだった。
子供用の椅子に座り、買ってきた果物の中からリンゴを取り出し、それを袖から出したナイフで切り分けていく。
その手慣れた手さばきを呆然と眺めていると、足音が二人分近づいてくるのが少女の耳に聞こえてきた。
「やあルティアお帰り、よく部屋がわかったね」
「もちろんです、マスターの使い魔ですから」
「そっか。ああそうだちょうどよかった、今から診察するそうだから先生の手伝いを頼むよ、僕じゃ着替えの手伝いは出来ないからね」
そう言って椅子の所まで来ると、リンネはローブと本を手に取り再び病室を後にするのだった。
「じゃあ先生、お願いします」
「わかりました、終わりましたら声を掛けますので、しばらくお待ちくださいね」