砦の中へ
「凄まじい、と言うのはああいうのを指すのかしらね」
リンネの戦いを見ていたリーゼロッテが、砦へ向かう城壁の上、独り言のようにつぶやいた。
踵を返し、歩き始めると、剣に滴る血を剣を振ることによって払い、鞘に納める。
全身血まみれではあったが、怪我をしたわけではない。
その全てが、切り伏せた盗賊たちの返り血だ。
「息切れせずこちらを制圧したリゼさんも大概では?」
そう言ったのは、リーゼロッテに合流したルティアだ。
「それはお互い様でしょ」
肩をすくめ、苦笑するリーゼロッテ。
返り血で自慢の銀髪まで一部赤黒く染まってしまったリーゼロッテと違い、徒手のみで盗賊達の頭蓋を砕き、内臓を破裂させ、体を穿ってみせたルティアは、手だけにベットリと付着した血をハンカチで拭いながら、リーゼロッテの言葉に対してドヤ顔で返して見せた。
「しかし、怒らせると容赦ないのね、リンネは」
「まあ、それもお互い様では?」
「……そうね」
もと来た道を肩越しに振り返り、リーゼロッテの見た光景の中に、生きている者はいない。
血の海に沈む盗賊たちの姿、しかしその光景に、込み上げてくるような罪悪感や、高揚感、そんなものは一切ない。
親兄弟達と幾たびもこなした任務、依頼。
その中にももちろん”こういう物”があった。
リーゼロッテにしてみれば、久方ぶりの殺しの仕事が終わったというだけのことだ。
ただ、リンネにあてられたか、仕事中は割と冷静な方ではあるが、今回はリーゼロッテも激情にかられ剣を振るった。
その事にだけ関して言えば。
「私もまだまだね」
との事だ。
リーゼロッテが向き直ると、横にいたルティアがタオルを差し出してくる。
それでとりあえずは頭髪に付着した血を拭うが、完全には拭いきれない。
「はあ、早く湯浴みでもしたいなあ、臭いもキツイわ」
血のりで傷んだ髪を引っ張りながらそういうと「じゃあ早くマスターと合流しましょう」とルティアはニコッと笑うのだった。