エルフの村で
酷い有り様とはまさにこう言うことか。
依頼主に会うために訪れたのは、街を出て街道を進み、森へと道を逸れた奥の奥。
壊滅したエルフの村がリンネ達の目の前に広がっていた。
家屋は焼かれ、家畜は死に絶え、エルフ達のものだろう、おびただしい血痕があちら此方に黒々と残っている。
遺体がないのは、依頼主が片付けたからか。
それとも野犬や屍人の類いに持ち去られたか。
鼻のきくリーゼロッテとルティアは鼻と口を腕で覆い、リンネは屈んでエルフの血で黒く濁った地面を指先で撫でる。
「……無念、でしたよね」
誰に言うでもなく呟くと、立ち上がり、リンネは辺りを見渡した。
依頼主は村で待っていると依頼書に書かれていたのだが、こんな場所で本当に待っているのだろうか。
村の奥へと歩を進める3人。
やはり人の気配はない。
と、リンネの目についたのは焼け残っていた家屋。
ボロボロだが、他のものと違って屋根がまだ残っていてギリギリ人が住めそうな家。
リンネはその家に向かい、ノックをして扉を開けた。
扉を開けて真正面に石造りの暖炉。
右を見れば机と椅子とカビの生えたスープだったであろうもの。
左を見れば寝室だろうか、扉が1つ。
リンネはその寝室へ向かうと、再びノックをして扉を開けた。
「眠っている、訳ではありませんね」
リンネの予想通り扉の先は寝室でベッドが1つ。
その上に一人のエルフが横たわっていた。
布団もかけずに横たわっているエルフの男性に近づき、リーゼロッテが首筋に指をあて、脈を確かめたが、既に男性は息絶えていた。
「間に合わなかった、というわけですか」
ルティアがそう言った根拠はベッドの対面に置かれていた小さな机の上の手紙。
書かれていたのはここに訪れるかもしれない、依頼を受けてくれたのであろう冒険者への手紙。
内容は要するに『依頼を出しておいて、君達が来る前に死んでしまって申し訳ない。
報酬はカーペットの下の隠し扉の中。どうか娘を助けて欲しい』
弱々しい字だった。
「どうしましょうマスター。
情報源である依頼主さんがお亡くなりではどうしようも」
「話なら聞けるよ、こんなことされて、さっぱり成仏できる人なんて絶対にいないんだから」
そう言ったリンネは杖を掲げ、略式で呪文を唱えると床に杖の先を叩き付けた。
「姿をお見せ下さい、体を失った魂よ」
杖の先から展開された、家一件を丸々覆う魔方陣が青白い光を放つ。
それと同時に、ベッドに横たわっていたエルフの男性の傍らに半透明な人の形をした青白い光りが現れた。
「依頼を受けました、リンネと言います。
依頼主のロブさんですね」
「その若さでネクロマンサーか、少年よ」
リーゼロッテとルティアが目を丸くして驚いているのもお構い無く、リンネはその青白い光りと会話を始めた。
「魔法使いです、情報がほしくてお呼びしました勝手をして申し訳ないです」
「いや、助かるよあの手紙だけでは足りないと思っていた。
この村を襲ったのは最近この近くに住み着いた盗賊団の連中だ。
あいつらは焼いて奪って殺して、この村で一番若かった私の娘だけを連れ去った。
負傷した体に無理をさせ、やつらのアジトは突き止めたが、私は限界だった。
この村から北東に進んだ山の麓に昔放棄された砦がある、そこにあいつらがいる、どうか娘を、娘を!」
「その依頼、僕達が受けますどうかお待ちください」
「年端もいかぬ少年にこんな依頼を任せてしまう自分を許して欲しい」
それだけ聞いて、リンネは魔法を解除すると胸の前で両手を合わせて握り、祈りを捧げると男性の遺体を屋外へと運び始めた。
意図を理解してか、ルティアが扉を開け、リーゼロッテが肩を貸し、リンネと男性の遺体を担ぐ。
家の玄関の横、ささやかな墓を建て、リンネは再び祈りを捧げる。
「日があるうちに動こう」
「規模とかは盗賊団の規模等は聞かなくてもよかったんですか?
大人数なら策を練ったほうが」
「いいよ、策はいらない、正面から乗り込んで叩き潰すから」
それまで静かで優しげだったリンネの瞳が再び怒りに染まる。
北東を睨み付ける目は細く鋭い。
そこにいつものあどけない少年の姿はなかった。
「普段怒らない人を怒らせると怖いって言うのは本当ですねえ」
ルティアがそう言ったのをリーゼロッテは聞き流しはしなかったが、応えることが出来なかった。
歩き始めた少年の背にどこか危うさを視たからだった。