旅立ったその日に
――旅に出た日のその夜。
3人の中で誰が予想しただろうか。
「その記章、どっかの貴族のガキか。
メイドと護衛に姉ちゃん一人とは、不用心なんじゃねえかなあ」
旅に出た初日に野盗に絡まれる、と。
「うーん、やっぱり野宿って危ないのかなあ」
街道から少し外れて野宿の場所を探していると、やれよやれよとやって来た野盗達十数人に囲まれてしまったリンネ達。
そんな状況にあって、リンネは特に臆する様子もなくいつもの調子だ。
野盗達は武器を片手にリンネ達を囲んでいる状況。
そこで前に出ようと、リーゼロッテが腰の剣の柄に手を掛ける。
「下がれ下衆共。
貴様らにくれてやるものなんぞ1つとしてない」
「まあまあ、リゼさん。
この程度ならルティアに任せてれば大丈夫ですから」
リーゼロッテが手を掛けた剣の柄の先に手を乗せ、剣を抜かせまいとするリンネ。
ルティアはリンネの言葉の意をくみ、シルクの手袋を着用して一歩前に出る。
「確かに、マスターやリーゼロッテ様のお手を煩わせる案件ではありませんね。
私めにお任せを。
直ぐに済ませます」
「なんだよ!? メイドのお嬢ちゃんがやろうってのかい? がははは!! お掃除でもすんのかい!?」
1人笑い始めるとそれが波紋のように広がって、騒音に変わる。
「そうですね、掃除してあげますよ」
そう言って、ルティアが拳を握った。
瞬間、ルティアの姿がその場から消え、気付けば一番最初に笑った野盗の懐に飛び込んでいた。
「な、なんだこいつ!?」
「申し遅れました――」
拳を野盗の腹に深々とめり込ませ、振り抜く。
吹き飛ぶ野盗。
小さなメイドに吹き飛ばされた体躯の良い、鍛えられたとは言いがたいが、筋肉質の仲間の姿を見て、今まで笑っていた他の野盗達の表情が一転した。
「私はリンネ様の使い魔であり、エーデルシュタイン家のメイド長、ルティアと申します。
覚えて頂かなくても結構です、どうせそんな頭は持ち合わせていないでしょうし」
「え、メイド長なの?」というリンネの疑問は猛る野盗達の雄叫びにかき消された。
「このクソガキ! 亜人が調子に乗るなよ!?」
仲間を打ち倒され、煽られ、怒り心頭の野盗達は武器を構えてルティア目掛けて駆け出す。
それぞれの得物を振り上げ、躊躇いなく武器を振り下ろした辺り、今まで少なからず人を殺してきたことが伺えた。
「戦略もなにもなく向かってくる愚か者――」
言いながら、ルティアは野盗ではなく、地面に向かって拳を振り下ろした。
ぐらつき、ひび割れ、捲れ上がる地面。
突然のことに対応することもできず、野盗達は翻弄され、足を止め、そして1人、今度はルティアの拳を頭に振り下ろされ、割れた地面に突き刺さる結果となった。
日が落ち、包み込む暗闇に、ルティアの金色の猫目が光る。
十数人、その中にルティアの姿を暗闇の中で確認できた者がいただろうか、いつしか辺りからは野盗達の悲鳴しか聞こえなくなっていた。