リーゼロッテの日記 「彼と出会った日」
彼に心を惹かれたのはいつだっただろうか。
―――初めて彼に会ったのはある日の事。
「剣の稽古に私をですか?」
「この里で一番腕がたつのはリーゼロッテといったかな? 君なんだろう?
頼まれてくれるかい?」
森に住む魔法使いこと、ラウラ氏が私を訪ねてきたのは、どうやら最近迎えたお弟子さんの相手をしきれなくなったので手伝ってほしいからだという。
自慢ではないが、私は確かに里で一番の剣士だろう。
幼少の頃から兄達と共に、その昔傭兵だったという父から剣を学び、1日足りとも研鑽を怠らなかった。
その結果、今や剣の腕は父や兄に負けなくなった。
時折出稼ぎのために家族でモンスターを狩ったり、狼の毛皮を狙う密猟者集団を蹴散らしたこともある。
稽古の申し出を受けたのは、単純に魔法使いの弟子に剣の稽古とはどういうことなのか、それが気になったからだ。
そして彼に会った。
いつも魔法の修練をしているという広場で初めて出会った彼の印象は、一言で言うと不思議な子供。
聞けばまだ14才という話だったが、まさに相応といった感じだった。
流れる銀髪は日の光を受けて輝き、血のように紅い瞳もきらきらと輝いていた。
しかし、彼を取り巻く雰囲気はどこか神秘的というか、この森の自然に溶け込んでいるような、そんな風にも見えたのを覚えている。
「こんにちは」と声を掛けてきたのは彼の方。
私もきちんと挨拶は返した。
そしてここに来た目的も。
「と言うわけで今日はこのお嬢ちゃんに剣の稽古に付き合ってもらう」
私と同じくしてこの場所へと到着していたラウラ氏はそう言いながら木剣を、彼と私に渡した。
14才の少年と打ち合うのか、気が引けるな。
少なからず実戦を経験している私は、最初、そんなことを思っていた。
油断、と言えば間違いなく油断だ。
自分よりも4つも下の、それも剣士でもない彼と剣を交えたところで結果は――――
「油断しちゃいかんぞお嬢ちゃん」
今思えば見抜かれていたのだろう。
ラウラ氏は私にそう言ったが、それでもこの時の私は目の前に立つ人畜無害を形にしたような優しげな少年に本気になることが出来なかった。
「初対面の女性と剣を向け会うのって嫌な感じですね」
苦笑いしながら、彼は剣を両手で持ち、刃先を地面に向けた。
私も剣を構えはしたが、村の子供達に教えるくらいの気構えだった。
「文句言わない。
よーし、では、初めようか」
とラウラ氏が手を叩いたのが私達が剣を構えあった直後。
その瞬間、私は断じて瞬きをしていなかった。
初太刀に対応して、適度な速度で反撃し、防御の練習もさせるつもりでいた。
しかし、私は彼の初速に対応しきれなかった。
気付けばいつの間にか彼は私の懐に潜り込み、剣を突く予備動作に入っていた。
迎撃が間に合わないと判断した私は突きを横に跳んで回避しようと、足に力を込めたのを覚えている。
だが、彼は突きを放つ事はなかった。
彼は体を回転させながら沈み込ませると、剣を持ったまま両の手を地につけ、私の足を、そのおおよそ逞しいとは言えない足で払ったのだ。
完全に体は崩れ、私の体は一瞬、地から離脱し完全な無防備となってしまっていた。
手をついて体勢を立て直して反撃を――――
そう考え、行動に移そうと手を伸ばしたが、その時すでに私の眼前、いや、喉元に木剣の切っ先が迫っていた。
手で守ろうとしたのは愚策だった。
この段階で私は既に負けていたのだ。
このまま倒れて頭を打つ。
そう思っていたが、予想していた衝撃はやってこなかった。
「すみません、大丈夫ですか?」
衝撃に備えて目を閉じていた私は、声に釣られるようにして目を開けた。
、迫る彼の顔、喉元にはいまだに木剣の切っ先が突き付けられていたが、私は彼に頭を空いた片手で抱き抱えられていた。
負けるのが初めてと言うわけではない。
しかし、ここまでの圧倒的な敗北は幼少の頃、父や兄に負けて以来だった。
そこからは本気も本気、ラウラ氏も加わって2対1でやっとまともに剣を交えられた気がした。
これが才能というやつなのか、とうちひしがれもしたが同時に憧れを抱いた。
そして数日数週と剣を交えていると私が彼を好いていると実感していくのだ。
でも、好きになったのは強いからじゃない。
稽古の間、休憩中に見せる疲れた表情や、気持ち良さそうに汗を拭く横顔、小鳥を指に乗せて撫でている時の優しげな笑顔。
ふとしたときに気付く、彼の優しさ、書いていて恥ずかしいが彼の全てがいつの間にか愛しくなっていったのだ。