旅立ちの前に
――――あれからさらに月日が流れた。
15才の誕生日を翌日に控え、リンネはそろそろ旅立つ旨をある場所へ伝えに、ラウラの住む森の奥のさらに奥へと歩いて向かっていた。
ルティアも手に昼食用のサンドイッチを入れたバスケットを持ち、リンネの後に続いている。
「マスター、私はこれより先は初めてなのですが」
「あれ? そうだっけ?」
ルティアの言葉にちらっと振り向いてリンネが答えると、ルティアは黙って頷いた。
「この先にあるのは狼達の里だよ。
毎朝手伝ってくれてたお礼と、旅立つ前に皆に挨拶しておきたくてね」
「このような奥地にあったのですか」
「まあ、隠れ里だよねえ、居るのは狼達だけでもないし」
そんなことを話していると、森の先から狼が2頭、リンネとルティア方へと走ってやって来た。
しかし、その狼は毎朝リンネと一緒に走っていた大きな大人の狼ではなく、仔犬程の小さな狼だ。
その小さく愛らしい狼2頭は、警戒しているのかリンネ達にキャンキャンと吠えるのだが、如何せん愛らしさが勝ってしまっていて全く恐怖は感じない。
するとそのさらに奥から狼とは違い、黒いシャツと膝上辺りまでの赤いスカートを履いた女性が姿を表す。
その女性は衣服だけではなく、その上に金属の胸当て、手甲、足甲と比較的軽量な装備を整えていて、腰には剣も差していた。
ただ、姿だけ見れば人間の姿その物なのだが、彼女は正確には人間ではなかった。
ルティアとは違い、真っ白な腰辺りまで伸びた長い髪。
その髪の間から猫のものとは違う毛並みの耳が覗いており、スカートに切れ込みがあるようで、髪と同じく真っ白なふさふさの尻尾が女性の後ろで揺れていた。
「リンネ様とルティアさんでしたか、弟たちが失礼しました。
今日は剣の相手はしなくていいと聞いていましたが、里の方に何かご用ですか?」
「こんにちはリーゼロッテさん。
僕明日誕生日で、15才になるんでそろそろ旅立つからちょっと長老に挨拶しようかと思って来たんですよ」
「リンネ様、私の事はリゼと気軽にお声かけくださいと言っているではありませんか」
「僕は様って付けるの止めてってずっと言ってますよね」
リンネにリーゼロッテと呼ばれた彼女は人狼と人の間に生まれた亜人種だ。
森の奥にある狼達の里には狼だけでなく、獣人族の人狼や彼女らのような狼に縁のある亜人種達も暮らしている。
そして彼女はここ最近、ラウラ1人では相手をしきれなくなったリンネの剣の稽古に付き合ってくれていた里の戦士でもあった。
「そう言うわけにはいきませんよ。
あなたは養子とはいえラウラ様のご子息なのですから。
しかし……そうですか、リンネ様が森に来られて、もうそんなになりますか」
「ここでの立ち話もなんですので」と、リーゼロッテは小さな狼の弟たちを先に帰らせ、踵を返し、道案内の先導のためリンネ達の前を歩き始めた。