修行一年目の一コマ
――――あの夜から一年。
リンネの修行と勉強は毎日欠くことなく行われていた。
「魔力放出は状況に応じて使い分けなさい、いくら貯蔵量が多くても、効率よく使わないと疲れるだけよ」
今現在、リンネは森の中を駆け抜けていた。
木々の間を風のように、はじめてこの森へとやって来た日と同じく狼に後を追われながら。
「母さん、なんで毎日毎朝走り込むんです?」
しかし、あの夜と違ってリンネには余裕が見られた。
耳に掛けた通話の魔術越しにラウラに質問しながら、木の根を踏み台代わりに足裏から魔力を放出し推進力に変えて加速すると、狼と距離を離す。
追い付けないのだ、森の狩人である狼が、13才の少年に。
「言ってるだろう? 魔法使いと名の付くものは体力が無いというのが一般的な見識だ。
しかしそれは魔法使いが魔法に頼りすぎるから、魔法と剣、両方極める事ができる奴もいるんだ。
旅をしたいんなら体力もつけないとな」
「だからって、毎朝狼達に‘協力’してもらわなくたって――――」
と、リンネが言い切る前に、開けた場所に出た。
あそこだ、リンネがはじめて魔法を覚えたあの場所だ。
そこにラウラは切り株に腰を掛けて待っていた。
傍らにはタオルを持ったルティアもいる。
「1人で走っても全力疾走できない、というかしないだろう?」
「まあ確かに何かに追われてるとか、誰かと競争したりの方が力は出せますけど――――」
通話の魔術を解き、ルティアが差し出したタオルを受けとるリンネ。
その後ろから狼が2頭、広場へと姿を表した。
「いやあ、あの時食い損ねたお子がここまでになるとは――――」
「ラウラ様の目は間違っておられなかったということですなあ」
狼の口の動きは緩慢だったが、確かに喋った。
これも魔法によるものだ、動物や植物、石などの自然物の声を聞く魔法。
「毎日ありがとうございます、また明日もお願いしますね」
リンネがそう言うと狼が尻尾を振る。
それを合図としたかのように、ルティアが今度は昨日リンネが森で仕留め、切り分けて保存していた熊の肉を数キロ、狼達の前にそれぞれ放った。
「ありがてえ、これはボスもお喜びになりそうだ。
では、我々はこれで――――」
狼2頭はそう礼を言うと、肉をくわえて森の奥へと走り去っていった。
「さあ、準備体操は充分だろう。
今日もビシビシ行くぞリンネ」
ラウラがいつも羽織っているローブを脱ぎ、それをルティアに渡す。
動きやすそうなシャツとズボンだけを着た姿のラウラはもはや魔法使いというよりは格闘家に見えた。
「魔法使いが剣術やら拳闘術やらって、必要あります?」
汗を拭ったタオルを近くの木の枝に掛け、柔軟をしながらリンネは聞く。
そうなのだ、この日のスケジュールの2つ目、言うなれば2時限目の授業は、剣術と拳闘術の訓練。
これを口答え、と言うよりはぼやきながら行うのがここ一年の二人の日課。
「旅をする上で、安全が保証されることはないと言ってるだろ?
盗賊は勿論、モンスター共ですら魔法の発動まで易々と時間なんぞくれんぞ。
まあ、だてに長生きはしてないよ、旦那は腕の立つ王国騎士の1人だったんでね、良く見て色々研究してたから太刀筋は覚えてるし、まあ拳闘術は130年前位に教わった物ではあるが――――」
言い終わる前に、ラウラの拳がリンネの眼前へと迫る。
しかし、それが寸止めなのがわかっていたリンネは眼前に迫った拳を掌で受けて見せた。
「魔力放出と合わせれば、そこそこ以上に使える、ですよね。
まあ確かに立ち寄った町で何かあったとき役にたつでしょうし。
でもやっぱりこれ魔法使いっぽくないよ母さん」
「いいからやるんだよ。
人生にやっておいて損なことなんて無いんだ、賭博以外はな」
ニヤニヤ笑うラウラに対して、リンネはため息をつくと後ろへ軽く跳び、距離を離す。
そして「分かりましたよ」と言いながらラウラと同じように拳を構えるのだった。