婚約者について相談されたので、彼女の好きなところを話しました
「あのぅ、リトワ様ぁ……。あなたの婚約者のケリーさんのことでぇ、ちょっと相談があってぇ」
婚約者のケリーとの待ち合わせ場所である、校内の喫茶室へ向かっていたら、裏庭で突然知らない女生徒に話しかけられた。
長い金髪に碧眼の、少し小柄な女生徒だ。声が妙に甘い。
「知らない人から名前で呼ばれるのは好ましくないな。僕のことは、ドーンカソ侯爵令息と呼んでほしい。それで、君は?」
僕が胡乱げに訊ねると、急に長い髪の毛先を指先でクルクルいじりながら、上目遣いで見つめてくる。
ただでさえ身長が低いのに、わざわざ俯いてギョロ目で見上げてくるなんて……普通に真っ直ぐ見れば良いのに。
「あっ、私、一学年下のヨーコ・レンボウって言います! リトワ様……じゃなくてドーンカソ侯爵令息のことぉ、ずぅっと前から素敵だなぁって思っていましたぁ!」
また名前で呼ぼうとするので思わず睨むと、すぐに言い直した。
知らない顔だけど、その名前にはどことなく聞き覚えがある。どこで聞いたんだっけ。
「そう、それはどうもありがとう。それで、ケリーのことについて、いったいどんな相談が?」
僕が少しイライラしながら言うと、彼女は我が意を得たりというような表情で語り始める。
「あの〜う、ケリーさんってぇ、ちょっと気が強いところがあってぇ、殿方にも普通に意見を言ったりするじゃないですかぁ〜」
舌足らずで語尾を伸ばす喋り方は気に入らないけれど、大好きなケリーのことを褒められて、僕は思わず強く頷いた。
「そうなんだよ! 僕にも変に媚びなくて、対等に話ができるんだ!」
「えっ、でも髪色もブルネットだしぃ、目の色も暗い緑でぇ……なんか暗い印象ですよねぇ?」
「僕の髪色の明るい茶色や、瞳の色の淡い青灰色が、メリハリ効いて映えるよね! だから、いつもドレスの贈り甲斐があるんだよな」
「さらさらストレートの私と違ってぇ、癖っ毛だしぃ」
「そうそう! 指を絡めるとくるんってして、可愛いんだ」
「声も少し低くてぇ、たまに掠れているしぃ」
「落ち着いていて耳に心地良いよね。たまに掠れるところがちょっとセクシーだし。それに……僕は実は、女性の高い声があんまり得意ではないんだ」
「……女性にしてはぁ、背が高いですしぃ」
僕がウキウキとそう答えると、レンボウ嬢の声が少し低くなる。僕が高い声が苦手と言ったから、低くしたのかな。
正直、キンキンしていて聞くに耐えなかったから助かる。
「そうなんだよ! だからタイトなドレスがよく似合うし、ダンスの時にちょうど良い高さなんだ。目が合いやすいのも嬉しいよね」
「いつも、本ばかり読んでいらして〜」
「そう、乱読家らしくてね。だからか、とても博識なんだよ」
「しかも、馬に乗るそうじゃないですか!」
「一緒に遠駆けできて楽しいよね。彼女、僕の愛馬とも仲が良いんだ」
やたらと瞬きの多いギョロ目が、急に半眼になった。あんなふうに無理に目を大きく見開いていたら、それは目も乾くし疲れるよね。
「もっと女性らしくして欲しいとか、思わないんですかぁ? あんまり髪型にも手を入れていませんしぃ」
「充分、女性らしいと思っているよ? それに、今の髪型はシンプルだけど、よく似合ってると思うな」
「もっと華やかな色のドレスを着たりとか! 凝ったお化粧をしたりとか!」
両手を拳にして力説してくる。
顔が真っ赤だ。熱でもあるのかな。風邪をうつされたら嫌だなぁ。
「僕の好みで、よく僕の髪色の茶色や、瞳の色の青灰のドレスを着てもらっているんだ。それに、僕が薄化粧のほうが好みなんで、そうしてもらっているよ」
「殿方に頼らないし、可愛げがないし!」
眉間にすごい皺が寄っている。なんか怒ってる?
「自立心があって立派だよね。でも、ああ見えて、二人きりの時には僕には甘えてくれたりするんだ。そこが可愛らしくてね」
「ちょっとしたマナー違反を、すぐに注意してくるし……」
「祖父母に子供の頃から礼儀正しく育てられたって言っていたな。侯爵家に嫁ぐのに不足がないと、母も満足しているよ」
「……」
あれ、黙ってしまった。
「ねぇ、他には? もっと彼女の良いところを聞きたいな」
「……もう良いです!」
僕がそう促すと、レンボウ嬢は寄ってきた時同様、急に身を翻して校舎のほうへ駆けて行ってしまった。
「えっ、もっと彼女の良いところを話したかったのに……」
裏庭には、僕一人がポツンと残された。
それにしても、急に話しかけてきたくせに挨拶もなしに立ち去るなんて、ずいぶんと礼儀のなっていない娘だな。
「ごめん、ケリー。待った?」
喫茶室に着いて、僕はすぐにケリーの座っている席の向かいに腰を下ろした。
給仕を呼んで、残り少なくなっている彼女のコーヒのおかわりと、自分用に紅茶を頼む。
「そうですね。少しだけ。でも、本を読んでいたので気になりませんでしたわ。……何か、ありましたの?」
心配げに見つめてくる視線が嬉しい。クールな彼女がこんなふうに心配を見せてくれるのは、ごく親しい相手にだけだ。
「ここにくる途中、一学年下だという、金髪碧眼の小柄な女生徒に声をかけられてね。ヨーコ・レンボウ嬢って言ったかな。たくさん君の話をしたよ。彼女、君のこと、すごく褒めてた」
僕がそう言うと、彼女は少し驚いたように目を見開いた。
「それって……最近、婚約者がいても気にせずに、高位貴族の令息にやたらと親しく話しかけて来るっていう、あの、ヨーコ・レンボウ男爵令嬢の話です?」
そう言えば、前にクラスの男子生徒たちと話していて、そんな噂を聞いたことがあったなと、今さら思う。
だからなんとなく、名前に聞き覚えがあったのか。
「そうそう、その彼女! 君のことで相談があるって言われて話を聞いたんだけど、ずっと君のこと褒めて来るから、結局なんの相談だか分からなかったな」
「褒めて……? どういったところを?」
「君の背が高いとか、声が低いとか、気が強いとか、男性にも意見をはっきり言うとか、ブルネットだとか、馬に乗るとか……」
笑顔で僕が言い連ねると、彼女は途端に苦笑する。
「ああ〜、なるほど。それ、褒めてないですね」
「えっ?」
なんだか納得した様子で彼女が深く頷くのに、思わず首を傾げた。
「いいえ、なんでもありませんわ。あなたが私のことをとっても好きでいてくれて、本当に嬉しいです。私も、そういうあなたのことが大好きですよ」
突然の告白に顔が火照ってしまう。
普段あんまり甘い言葉を言わないくせに、こうしてたまに突然言ってくるのがズルい。
「なんだよ、急に……。照れるなぁ」
僕が赤くなった頬を咄嗟に両手で覆うと、ケリーは楽しそうに微笑んだ。
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また、次の作品でお会いできますように。




