第5話:『等価交換の仮説』
王女の私室。一息ついたラティシマは、俺を値踏みするように見つめながら、この世界の「常識」を語り始めた。
「……信じられぬ。貴様、魔道学園の受験生でありながら『マナの宿り』すら忘れたか。魔力とは、強靭な肉体……すなわち筋肉という器に宿るものだ。器が大きければ、それだけ多くのマナを蓄え、高位の魔法を放つことができる」
その言葉を聞いた瞬間、俺の脳内に電撃が走った。
(……待て。マナが筋肉に宿る? もしそれが、単なるオカルトじゃなく物理的な現象だとしたら……)
俺は、先ほどの試験会場での光景を必死に思い出した。
あの握力計のような魔力測定器。受験生たちが全力で握り込み、顔を真っ赤にして脂汗を流していた姿。あれは筋力を測っていたんじゃない。筋肉を限界まで収縮させた際、細胞内のタンクから溢れ出すマナの『出力』を検知する装置だったんだ。
(通常、魔法はこのタンクの中身……『糖』を消費して放たれる。だから、あいつら(モブ)はガス欠で震えてたんだな。……だが、俺の場合はどうだ?)
俺は、自分の細く、骨が浮き出た腕を凝視した。
前世の俺は、100kgの鋼鉄のような筋肉を持っていた。そして今、俺の精神はこの世界の「レイ」という少年の体に宿っている。
(……おかしい。精神だけが来たのなら、この少年の肉体は元のままのはずだ。なのに、なぜ俺はここまでガリガリなんだ? まるで、俺の精神をこの世界へ撃ち込むためのブースターとして、前世の肉体もろとも燃料にされたような……)
背筋に冷たいものが走った。
時空を超えるという天文学的な現象に対して、少年の蓄えられたエネルギー程度では、到底足りるはずがない。
(……燃料が足りなきゃ、エンジンそのものを燃やすしかない。世界は俺をこちらへ運ぶ際、前世の100kgの筋肉組織をシュレッダーにかけ、さらにこの少年の筋肉までをも道連れに熱量へと変換したんだ。……そして、おそらく……)
俺が握力計を全力で握り込んでも、針が「0」から動かなかった理由。
(筋肉を燃やし尽くしただけじゃない。それをマナに変換するための『魔力の器(才能)』そのものまで、俺はこの世界への通行料として支払っちまったんだな……)
筋肉、才能、そして前世の命。
すべてを代償にして手に入れた、このガリガリの体。
だが、仕組みが分かれば対策は立てられる。
「……なるほど。通行料にしちゃ、全財産を注ぎ込みすぎたが……『理屈』は見えました」
「……? 何をぶつぶつ言っている、平民。あまりの無能ぶりに頭が触れたか」
「いえ、独り言です。……殿下、その筋肉、俺に預けてくれませんか。殿下を『真の最強』にする代わりに、俺も殿下の側で、失ったもんを取り戻させてもらう」
ラティシマは、不敵に笑う俺を怪訝そうに見つめた後、豪快に笑った。
「面白い。貴様のような奇妙な男、他に居らぬ。……いいだろう。今日から貴様を私の『専属魔道栄養士』に任命する!」
魔力判定ゼロ。才能なし。ガリガリの平民。
だが、ここから始まる。
異世界の魔法理論を「物理(筋肉)」で粉砕する、俺たちのビルドアップが。
■なぜ筋肉は「最高の燃料」なのか?
今回、レイが立てた「筋肉が転移の燃料になった」という仮説。実は、私たちの体において筋肉は非常に高いエネルギーを秘めています。
• 非常時のエネルギー源:体内に糖質がなくなると、体は筋肉を分解してアミノ酸に変え、エネルギーとして使い始めます(糖新生)。
• 極限のカタボリック:レイの場合、次元を超えるという無茶な魔法を成立させるために、この分解反応が「細胞レベルで、一瞬で、全身に行われた」と考えられます。
まさに、文字通り「身(前世と今世の両方)を削って」異世界へやってきたわけですね。
「魔法の才能」という発電機を失ったレイが、いかにして「筋肉という外付けバッテリー」を再構築していくのか。




