表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/14

第2話:神の怒りか、ただのガス欠か

 会場の空気が、物理的な重圧となって床を叩いた。

 豪奢なドレスをはち切れんばかりに膨らませた巨躯。二メートル近い身長。丸太のような腕。

 第一王女、ラティシマ・ル・ストライエイテッド。

 彼女が踏み出すたびに石畳が鳴り、周囲の受験生たちは、まるで見えない巨大な手に押さえつけられたかのように平伏した。


「――どけ。私の『食事』の時間だ」


 その声は低く、野獣の唸りに似ていた。

 だが、俺だけは、彼女の放つ凄まじい威圧感の「裏側」を見ていた。


(……おかしい。あのドレスの布を内側から押し上げている大腿四頭筋のバルク(質量)。歩くたびにボコボコと不自然に波打っている。あれは単なる威圧じゃない……筋肉が悲鳴を上げている証拠だ!)


 周囲の連中は「王女の怒りに空気が震えている」と怯えている。宮廷魔道師らしき男などは、慌てて防御魔法の結界を展開し始めた。

 だが、俺の「プロの目」は誤魔化せない。

 あれは威圧などではない。制御を失った自律神経が悲鳴を上げているのだ。


(インスリンショック寸前の筋痙攣……いや、この世界の言葉で言えば、深刻な『魔力飢餓ハンガー』だ。あのデカいエンジンに、一滴の燃料も残ってねえ!)


 ドォォォォォン……ッ!!


 予感は予測を超えた確信へと変わった。

 ラティシマ王女が、巨木が倒れるような音を立てて膝をついたのだ。

 石畳に亀裂が走る。彼女の肩は激しく上下し、瞳からは理性の光が消えかかっていた。


「ひっ、王女殿下!?」「おのれ、誰か不敬な魔法をかけたか!」「防御陣を最大展開せよ!」


 パニックに陥る会場。騎士たちが剣を抜き、犯人捜しを始める喧騒の中――俺の右手は、脳が考えるより先に無意識に動いていた。


 ……かつて、過酷な水抜き中に意識を飛ばしかけた、あの地獄の記憶。

 あの時以来、俺の指先は「緊急事態」を察知すると、あるべき場所へと伸びるよう調教されている。たとえ魂が別の世界に飛ばされようと、プロの習慣ルーチンだけは剥がれなかった。


(……っ、あるのか? こんな場所にまで!)


 祈るように突っ込んだボロい作業着のポケット。

 指先に触れたのは、ザラりとしたアルミ包装の感触だった。


(あった……! なんでか知らねえが、こいつだけは俺を見捨てなかったらしい!)


 中身を確認するまでもない。指先の感覚だけでわかる。

 減量末期の俺を、何度も死の淵から繋ぎ止めた『最後の一錠(保険)』――ブドウ糖タブレットだ。


 俺は、制止する騎士たちの腕をすり抜け、膝をつく王女へと駆け寄った。


「貴様、平民! 何をするつもりだ、離れろ!」

「うるせえ、黙って見てろ! このままだと、あんたらの主の脳が焼き切れるぞ!」


 怒号を背中で受け流し、俺はラティシマの顔を覗き込む。

 至近距離で見る彼女の筋肉は、厚いドレスの生地越しですら、過負荷で爆発寸前のボイラーのように脈打っていた。


「……おい、あんた。聞こえるか。死にたくなきゃ、これを噛め」


 俺はアルミを剥き、現れた白い「結晶」を、彼女の食いしばった唇の間にねじ込んだ。


「なっ、毒を盛ったか!? 殺せ! その不敬者を斬り捨てろ!」


 背後で剣が振り上げられる音がした。死を覚悟した、その瞬間。


「…………っ!?」


 ラティシマの喉が、大きく鳴った。

 彼女が反射的に、その結晶を噛み砕いたのだ。


 次の瞬間、会場を支配していた嵐のような魔圧が、嘘のようにいだ。


 異世界の住人が知る「甘味」とは、果実や蜂蜜の、ゆっくりと広がる穏やかなものだろう。

 だが、俺が与えたのは現代の精製技術の結晶。喉を通った瞬間に血へと変わり、脳を直接殴りつけるような、暴力的なまでの『活力』だ。


「……あ、あ……。力が……、満ちる……?」


 濁っていた彼女の瞳に、鋭い理性の光が戻った。

 震えていた豪腕がピタリと止まり、彼女は自分の手を見つめて驚愕している。

 油の切れたランプに、最高級の油を注いだ。ただそれだけの、物理的な結果だった。


「…………貴様」


 ラティシマが、ゆっくりと顔を上げた。

 二メートルを超える巨躯が立ち上がる。その眼光に、騎士たちは思わず剣を引いた。

 彼女の視線が、ガリガリの平民――俺に突き刺さる。


「今のは何だ。私の空っぽだった『腹』に、これほどまでの活力を一瞬で注ぎ込むとは……。貴様、どこでこの『結晶』を手に入れた?」


 俺は冷や汗を拭い、精一杯の「不敵な笑み」を浮かべてやった。


「神の奇跡じゃねえよ。ただの『甘味エネルギー』だ。あんたの体はデカすぎる。……いいバルクだが、運用方法が最低だな、王女様」


 会場が、静まり返った。

 無能と判定された平民が、第一王女に「指導」を始めたのだから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ