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第1話:枯渇の果てに

思考が、薄い硝子細工のように研ぎ澄まされていた。


 ボディビル大会前日、深夜二時。

 三日前から水と塩を断ち、サウナで絞り出した体は、もはや生物としての限界を超えていた。

 鏡に映るのは、皮一枚の下で筋肉の筋が微細に震える、彫刻のような――あるいは死体のような自分の姿だ。


(……あと、数時間で、計量だ……)


 脳に糖分は一切回っていない。なのに、意識だけが異常に加速している。

 心臓の鼓動一つ、毛細血管の収縮一つが、耳障りなほど鮮明に脳に響く。

 俺は、ただの「肉の塊」を「芸術」に変えるために、これまでの人生のすべてを注ぎ込んできた。


 解剖学、生理学、栄養学。

 そのすべてを自分の体に叩き込み、ようやく辿り着いた、究極の「一絞り」。


 だが、代償はあまりに大きかった。

 ふと視界が歪む。立ち上がろうとした足に、力が入らない。

 床に沈み込みながら、俺は冷徹に自分の状態を診断していた。


(ああ、脳のエネルギーが……完全に底を突いた……)

 そのまま、俺の意識は深い闇へと転落した。


    ◆


「――おい、起きろ。いつまで寝ている、出来損ないが」


 鋭い罵声と、肩を揺さぶる衝撃。

 俺は飛び起きた。

「……っ、計量は!? いま何時だ!」

 叫びながら周囲を見渡し、俺は凍り付いた。


 視界に入るのは、高い天井と、松明の炎が揺れる石造りの壁。

 そして、俺を驚愕させたのは――。


「……は? なんだ、これ」


 自分の腕を見た。

 血管の走行まで完璧に把握していた俺の「武器(筋肉)」は、どこにもない。

 そこにあるのは、白く、細く、頼りない、まるで少年の腕。

 慌てて腹を触る。腹斜筋のカットも、硬い腹直筋の手応えもない。ただ栄養状態が悪く、カサついた皮膚があるだけだ。


「何をボケっとしている、レイ。平民の分際で学園の選別試験中に居眠りとは、いい度胸だ」


(言葉が……わかる?)

 混乱が津波のように押し寄せる。なぜか目の前の男が発する奇妙な響きの言葉は、意味として直接脳に届いた。

 だが、そんな戸惑いを吹き飛ばす異常事態が、目の前で起きた。


「……ッ!」


 豪華なローブを着た少年が、杖を振りかざした。

 杖の先から、轟音と共に巨大な火の玉が放たれる。

 石造りの壁に着弾し、爆音を立てて弾けた。熱風が俺の頬を叩き、鼻をつく焦げた匂いが広がる。


(魔法……!? 本物の、魔法かよ!?)


 硬直した。思考が真っ白にフリーズする。

 CGじゃない。手品でもない。鼓膜を震わせる振動が、これが「現実」だと告げている。

 恐怖で膝がガクガクと震え、冷や汗が全身から噴き出した。


 だが、その恐怖の絶頂で、俺の「職業病」が勝手に動き出した。


 火球を放った少年が、肩で息をしながら膝をついたのだ。

 脂汗を流し、瞳孔が開き、指先がピクピクと痙攣している。


(待て……なんだ、あいつのあの状態)


 パニックの最中、俺の脳が勝手に彼を「スキャン」し始める。

 あの表情、あの脱力感、あの震え。

 魔法という異常事態への驚きを上回る既視感が、俺の背筋を駆け抜けた。


(……デッドリフトのMAX重量で、全神経を使い果たした直後の……あるいは、過酷な減量で意識が飛ぶ寸前の俺と同じじゃないか)


 信じられない。

 目の前で起きたのは、精霊だか神秘だか知らない超常現象だ。

 なのに、その「代償」として少年の体に起きている反応は、あまりに生々しく、あまりに物理的な――「低血糖」と「筋分解カタボリック」のサインだった。


「…………」


 恐怖が、少しずつ好奇心に上書きされていく。

 もし、あの火球が「代償なしの奇跡」なら、俺はただ震えるしかない。

 だが、もしあの現象に「エネルギー収支」が存在するのなら。


(攻略できる。俺の知っている理屈で、あの化け物みたいな力を制御できるかもしれない)


「おい、何をニヤついている、無能のレイ。加護なしの判定が出たのだ、さっさと立ち去れ!」


 試験官らしき男が吐き捨てる。

 状況は最悪だ。だが、今の俺にわかるのは、このままでは確実に「終わる」ということだけだ。


(……動け。まずは一レップ。俺の体が、まだ俺の意志に従うことを証明しろ)


 俺は深く息を吐き、床に手をついた。

 周囲の冷笑を無視し、重い体を押し上げる。この世界で最初の「プッシュアップ(腕立て伏せ)」。

 筋肉の痛み、酸素の供給、エネルギーの消費。その感触だけが、今の俺にとって唯一の「現実」だった。

 その時――。


 ドォォォォォン……ッ!!


 重低音と共に、会場の巨大な扉が蹴り開けられた。

 空気が、一瞬で凍りつく。


「――どけ。私の『食事』の時間だ」


 そこに立っていたのは、豪華なドレスをはち切れんばかりに膨らませた、圧倒的な質量の「壁」だった。

 身長は二メートル近い。ドレスの袖からは、並の男の太腿ほどもある血管の浮いた豪腕が突き出し、歩くたびに床が鳴る。


 全生徒が恐怖に震え、道を開ける。

 だが、俺だけは違った。


(……なんて……なんて美しいバルクだ……!!)


 この世界で初めて出会った、究極の「原石」。

 それが、後に俺の運命を大きく変えることになる第一王女、ラティシマ・ル・ストライエイテッドとの出会いだった。

ご一読ありがとうございました!

この物語は、現代の栄養学とトレーニング理論で異世界の常識を塗り替えていく物語です。

もし「設定が面白い」「続きが気になる」と思って頂けたら、広告下の【☆☆☆☆☆】や【ブックマーク】で応援して頂けると、執筆のバルク(やる気)がめちゃくちゃ上がります!


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