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追放された騎士団団長の花屋日誌  作者:


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9/20

試練

【ある朝】


 その日、店を開けても、客が来なかった。

 いつもなら朝一番に来る常連の老婦人も、昼に訪れる商人も、誰も来ない。


「……おかしいですね」

 アレンが、不安そうに言った。


「ああ」

 俺も、違和感を覚えていた。


 通りを行く人々は、店の前を通り過ぎる時、わざと目を逸らすように歩いていく。

 何かが、起きている。


◆◆◆


【昼過ぎ】


 昼を過ぎても、客は一人も来なかった。

 そのとき、エレナが店に駆け込んできた。


「ガレスさん!」


 彼女の顔は、青ざめていた。


「どうした」

「あの……街で、変な噂が……」


 エレナは、息を切らしながら言った。


「ガレスさんのことを、犯罪者だって……人殺しだって……そんな噂が流れてるんです」

「……」


 俺は、静かに頷いた。

 やはり、そういうことか。


「ガレスさん、あの噂、絶対に嘘ですよね?」

「ああ」


 俺は、エレナの目を見た。


「俺は、騎士団で人を守る側だった。犯罪者でも、人殺しでもない」

「わかってます!」


 エレナは、強く頷いた。


「私、ガレスさんを信じてます。絶対に」

「……ありがとう」


 俺は、彼女に微笑んだ。


「でも……このままだと、お店が……」

「大丈夫だ」


 俺は、静かに言った。


「真実は、必ず伝わる」


◆◆◆


【その夜】


 店を閉めた後、アレンが深刻な顔で言った。


「ガレスさん、噂の内容、かなり酷いです」

「どんな内容だ」

「『あの花屋の主人は、騎士団を追放された犯罪者だ』『任務中に無実の人間を殺した』『暴力を振るって追い出された』……」


 アレンは、悔しそうに拳を握った。


「全部、嘘です。でも、街中に広まってます」

「……」

「絶対に許せません。俺、噂の出所、突き止めます」


 アレンは、真剣な目で言った。


「頼む」

 俺は、静かに頷いた。


「だが、無理はするな」

「大丈夫です。情報収集は、俺の得意分野ですから」


 アレンは、力強く言った。


◆◆◆


【数日後】


 噂は、日に日に広まっていった。

 客足は完全に途絶え、通りを歩く人々は店を避けるようになった。


 だが——

 エレナは、毎日店に来てくれた。


「ガレスさん、今日も花を買いに来ました」

「……ありがとう」


 俺は、彼女に花を渡した。


「噂なんて、気にしないでください。私は、ガレスさんを信じてます」


 彼女の言葉は、俺の心を温かくした。


 そして——

 トーマスも来てくれた。


「ガレスさん、俺、信じてますから!」


 あの時、恋人と仲直りした若者だ。


「あんな噂、絶対に嘘だって、みんなに言ってます!」

「……ありがとう」


 俺は、彼に感謝した。

 他にも、何人かの常連客が、変わらず店に来てくれた。


「花屋さん、頑張ってください」

「私たちは、信じてますから」


 彼らの言葉が、俺を支えた。


◆◆◆


【一週間後】


 一週間が経った夜、アレンが興奮した様子で店に戻ってきた。


「ガレスさん! わかりました!」

「噂の出所か?」

「はい!」


 アレンは、メモを見せた。


「噂の出所は、貴族区の『フォンテーヌ商会』っていう情報屋です」

「情報屋……」

「で、その情報屋に金を払って噂を流させたのが——」


 アレンは、怒りを込めて言った。


「ヴィクター・フォン・アルトハイムです」


 やはり、か。

 俺は、静かに頷いた。


「証拠は?」

「あります」


 アレンは、懐から書類を取り出した。


「情報屋の帳簿です。ヴィクターからの依頼内容と、支払い記録が載ってます」

「……どうやって手に入れた」

「まあ、色々と」


 アレンは、ニヤリと笑った。


「俺、情報収集だけじゃなくて、情報"抜き取り"も得意なんですよ」


 さすがだ。


「この証拠、どうしますか? 王太子殿下に報告します?」

「……いや」


 俺は、首を横に振った。


「これは、俺が直接片付ける」

「え?」

「ヴィクターには、俺から話をつける」


 俺は、静かに立ち上がった。


「明日、騎士団本部に行く」


◆◆◆


【翌日・騎士団本部】


 翌日、俺は久しぶりに騎士団本部を訪れた。


 門番は、俺を見て驚いた。


「ガレス団長……!」

「今は、ただのガレスだ。団長室に案内してくれ」

「は、はい!」


 俺は、かつて自分が使っていた団長室——今はヴィクターが使っている部屋——に向かった。

 扉を開けると、ヴィクターは椅子に座っていた。


「……! お前、何しに来た!」


 ヴィクターは、驚いて立ち上がった。


「話がある」


 俺は、静かに部屋に入った。


「お前が、噂を流したんだろう」

「な……何のことだ」

「とぼけるな」


 俺は、アレンが手に入れた証拠の書類を机に置いた。


「これが、証拠だ」


 ヴィクターは、書類を見て顔が青ざめた。


「こ、これは……!」

「フォンテーヌ商会に金を払って、俺を犯罪者だと噂を流させた。間違いないな?」

「……」


 ヴィクターは、何も言えなかった。


「ヴィクター」


 俺は、静かに彼を見た。


「お前が、俺を嫌っているのは知っている。だが、これは度が過ぎている」

「……」

「噂を流すのをやめろ。今すぐにだ」


 俺の声は、低く、静かだった。

 だが、そこには——拒否を許さない力があった。


「も、もしやめなかったら、どうするつもりだ……!」


 ヴィクターは、震える声で言った。


「王太子殿下に、この証拠を持っていく」


 俺は、淡々と答えた。


「お前が騎士団長の地位を利用して、民間人に嫌がらせをした。それが明らかになれば、お前は騎士団長の座を失うだろう」

「……!」

「選べ。今すぐ噂を止めるか、すべてを失うか」


 ヴィクターは、歯ぎしりをした。

 だが、最終的に——


「……わかった」


 彼は、力なく言った。


「噂は、止める」

「賢明な判断だ」


 俺は、踵を返した。


「二度と、俺や店に関わるな」


 そう言い残して、俺は部屋を出た。


◆◆◆


【数日後】


 ヴィクターとの話し合いから数日後、噂はピタリと止んだ。


 そして——

 街の人々の間で、新しい話が広まり始めた。


「あの花屋の主人、元騎士団長だったんだって」

「しかも、平民出身で実力で登りつめた人らしい」

「噂は全部嘘だったみたい。誰かの嫌がらせだったんだって」


 真実が、少しずつ広まっていった。

 そして、客足が戻ってきた。


「すみません、変な噂を信じてしまって……」

「いえ、気にしないでください」


 俺は、彼らに微笑んだ。

 常連客も、みな戻ってきた。


 そして——


「ガレスさん」


 エレナが、嬉しそうに言った。


「良かったです。真実が伝わって」

「ああ。エレナさんや、みんなが信じてくれたおかげだ」

「私……ずっと信じてましたから」


 彼女は、優しく微笑んだ。

 その笑顔を見て、俺は心から思った。


 ——この人たちがいてくれて、良かった。


◆◆◆


【日誌】


 噂によって、店は危機に陥った。

 だが、エレナや常連客が、俺を信じてくれた。

 アレンは、噂の出所を突き止めてくれた。

 そして、俺は直接ヴィクターと対峙した。

 結果、噂は止まり、真実が広まった。


 試練だった。

 だが、この試練を通じて、俺は改めて知った。


 信じてくれる人たちがいる。

 支えてくれる仲間がいる。


 それが、どれだけ大切か。

 俺は、もう一人じゃない。

 この花屋には、多くの人が関わってくれている。

 それが、俺の財産だ。

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