格の違い
【ある日の午後】
俺は店の奥で、新しく入荷した花の手入れをしていた。
店番はアレンに任せている。
彼は接客が上手いから、安心して任せられる。
そんな時、店の扉が開く音がした。
「いらっしゃいませー!」
アレンの明るい声。
「花を見に来た」
その声を聞いて、俺は手を止めた。
聞き覚えのある声。
傲慢で、見下すような口調。
——ヴィクター。
新しい騎士団長。そして、俺を追放に追い込んだ男。
「はい、どんな花をお探しですか?」
「適当に見せろ。貴族の邸宅に飾るものだ」
ヴィクターの声は、相変わらず横柄だった。
「かしこまりました。でしたら、こちらの薔薇はいかがでしょうか」
「ふん、薔薇か。まあ、無難だな」
俺は、奥で静かに手を動かしながら、会話に耳を傾けていた。
アレンは、よく対応している。
だが、ヴィクターの態度は変わらない。
「おい、この花、いくらだ」
「こちらは一輪五十銀貨になります」
「高いな。もっと安くしろ」
「申し訳ございません。こちらは品質の良いもので——」
「品質? 花など、どうせすぐ枯れる消耗品だろう。高すぎる」
ヴィクターの言葉に、俺は眉をひそめた。
花を、消耗品。
そんな風に思う奴に、花を売りたくはない。
だが、アレンは冷静に対応している。
「花は消耗品ではなく、心を豊かにするものです。その価値は——」
「黙れ。平民の分際で、俺に説教するな」
ヴィクターの声が、低く響いた。
アレンは、それ以上何も言わなかった。
そのとき、店の扉がまた開いた。
「こんにちは、ガレスさん」
エレナの声だった。
「ああ、いらっしゃ——」
アレンが応対しようとしたとき、ヴィクターが口を挟んだ。
「おや、女か。こんな店に来るとは……まさか図書館の司書か?」
「は、はい……」
エレナの戸惑った声。
「女が本など読んで何になる。花でも飾って、男に媚びていればいいものを」
その瞬間、俺の中で何かが切れた。
静かに、だが確実に。
「——お客様」
俺は、奥から出てきた。
ヴィクターは、俺を見て目を見開いた。
「お前……ガレス・ブレイド!?」
「ああ、俺だ」
俺は、淡々と答えた。
「なぜ、お前がここに……」
「ここは、俺の店だ。花屋『ノーブル・ブルーム』の店主だ」
ヴィクターは、しばらく呆然としていた。
そして、すぐに嘲笑を浮かべた。
「ははは……なるほど、騎士団を追われて、花屋などに落ちぶれたか! ざまあないな!」
「……」
「お前のような平民上がりが、騎士団長などという身分不相応な地位にいたのが間違いだったのだ!」
ヴィクターは、得意げに言った。
俺は、静かに彼を見つめた。
「ヴィクター」
「なんだ」
「一つ、礼を言わせてくれ」
ヴィクターは、怪訝な顔をした。
「……何?」
「あなたのおかげで、俺は騎士団を離れることができた」
俺は、静かに言った。
「そして、今、この花屋で幸せに生きている。だから、感謝している」
「な……!」
ヴィクターの顔が、歪んだ。
「貴様……俺を馬鹿にしているのか!」
「いや、本心だ」
俺は、淡々と続けた。
「騎士団にいた頃は、剣を振るう日々だった。だが今は、花を育て、人々に喜んでもらえる。これ以上の幸せはない」
「ふざけるな!」
ヴィクターは、声を荒げた。
「お前のような男が幸せだと? 笑わせるな!」
「……ヴィクター」
俺は、一歩前に出た。
「だが、一つだけ言わせてもらう」
俺は、彼の目を見た。
「この店で、女性を侮辱することも、花を消耗品と呼ぶことも許さない」
俺の声は、低く、静かだった。
だが、そこには——かつての騎士団長としての威圧感があった。
「お帰り願おう」
ヴィクターは、一瞬怯んだ。
だが、すぐに怒りで顔を真っ赤にした。
「貴様……! 俺を追い出すというのか!」
「ああ。ここは俺の店だ。客を選ぶ権利がある」
俺は、一歩も引かなかった。
「それに——」
俺は、静かに睨んだ。
かつて、戦場で敵を威圧したときのように。
騎士団長として、部下を統率したときのように。
ヴィクターの顔から、血の気が引いた。
「ひっ……」
彼は、一歩後ずさった。
「お、覚えていろ……!」
ヴィクターは、捨て台詞を吐いて店を飛び出していった。
逃げるように。
◆◆◆
【その後】
静けさが戻った店で、エレナが心配そうに俺を見ていた。
「ガレスさん……大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない」
俺は、彼女に微笑んだ。
「すまない。不快な思いをさせた」
「いえ……ありがとうございます」
エレナは、少し頬を染めた。
「守っていただいて……」
「当然のことをしただけだ」
俺は、花を手に取った。
「エレナさん、今日は何をお探しですか?」
「あ、はい……」
彼女は、少し照れくさそうに笑った。
「ガレスさんが、おすすめの花を教えてください」
「では、これを」
俺は、白いスミレを手に取った。
「白いスミレ。花言葉は『誠実』『謙虚』。そして……『あなたを守りたい』」
エレナは、驚いたように俺を見た。
「……ありがとうございます」
彼女は、嬉しそうに花を受け取った。
そして、静かに店を出ていった。
◆◆◆
【夕方】
エレナが去った後、アレンが感心したように言った。
「ガレスさん、かっこよかったですよ!」
「……別に」
「いやいや、あの睨み! さすが元騎士団長って感じでした!」
アレンは、興奮気味に言った。
「ヴィクター、完全にビビってましたよね!」
「……ああ」
俺は、少し複雑な気持ちだった。
ヴィクター。
あの男は、相変わらずだった。
傲慢で、人を見下し、花の価値も理解しない。
だが——
「ガレスさん、殿下に報告しておきますね。新団長の態度とか」
「……好きにしろ」
俺は、肩をすくめた。
「でも、本当に感謝してるんですか? あんな奴に」
「ああ」
俺は、店の花を見た。
「あいつがいなければ、俺は今もまだ騎士団にいた」
「……」
「そうしたら、この花屋も、エレナさんも、お前も、ここにはいなかった」
俺は、静かに微笑んだ。
「だから、感謝している」
アレンは、少し驚いたように俺を見た。
そして、笑った。
「……ガレスさん、本当に大人ですね」
「そうか?」
「はい。俺だったら、絶対許せないですもん」
アレンは、肩をすくめた。
「でも、だからこそ、俺はガレスさんについてきたんですけどね」
「……」
俺は、何も言わなかった。
ただ、静かに花の水をやった。
ヴィクターは、きっとまた騎士団で問題を起こすだろう。
だが、それはもう俺の問題ではない。
俺には、この花屋がある。
この静かな日々がある。
それで、十分だ。
◆◆◆
【日誌】
今日、ヴィクターが店に来た。
相変わらずの男だった。
傲慢で、人を見下し、花を消耗品と呼んだ。
エレナを侮辱した時、俺は静かに怒った。
そして、彼を追い出した。
だが、本当に感謝もしている。
彼がいなければ、この花屋はなかった。
この静かな日々も、なかった。
皮肉なものだ。
俺を追放した男に、俺は感謝している。
だが、それでいい。
俺は、もう剣は持たない。
花と共に生きる。
それが、俺の選んだ道だから。




