訪問者たち
【二週間目】
花屋を始めて二週間が経った。
店は少しずつ軌道に乗り始めている。
常連客も何人かでき、朝の水やりと昼の接客が、俺の日常になった。
剣を振るう日々とは、まるで違う生活だ。
だが、悪くない。
そんな午後、店に三人の騎士が訪れた。
エドワードと、彼の同期であるルーカスとアラン。
みな、俺がよく知る顔だ。
「団長……いえ、ガレスさん」
エドワードが、少し硬い表情で口を開いた。
「新しい騎士団長が、正式に決まりました」
「そうか」
俺は、花の手入れをしながら答えた。
「誰だ」
「……例の副団長です」
その名を聞いて、俺は手を止めた。
あの男が、騎士団長に。
「侯爵の力が働いたんです。王も、反対できなかったようで……」
ルーカスが、苦々しい顔で言った。
「俺たちは、納得していません。あんな奴が団長なんて」
「ルーカス」
俺は、静かに彼の名を呼んだ。
「お前たちは、騎士として正しくあれ。それだけだ」
「でも……」
「いいか」
俺は三人を見た。
「いざというとき、人間は本性が出る。副団長が、どんな男かは、これから明らかになるだろう。お前たちは、それを見極めろ」
三人は、黙って俺を見つめていた。
「そして、もし本当に騎士団が危機に陥ったなら……その時は、お前たちが正しい道を選べ」
「……はい」
エドワードが、深く頷いた。
「これを」
俺は、店にあった向日葵を三人に渡した。
向日葵の花言葉は「あなたを見つめる」「忠誠」。
「花言葉は『忠誠』だ。だが、忠誠とは盲従ではない。正しいものを見極め、それに従うことだ」
「……ありがとうございます」
三人は、花を胸に抱いて店を出ていった。
俺は、彼らの背中を見送った。
あの男が騎士団長か。
国にとって、良い選択ではない。
だが、彼らがしっかりと見張ってくれることを祈る。
◆◆◆
【その日の夕方】
夕方、店に一人の客が訪れた。
質素な服を着た、若い男。
だが、俺はすぐに気づいた。
その立ち姿、その眼差し。
「殿下」
俺は静かに頭を下げた。
王太子――リオネル殿下だ。
「やはり、気づくか」
殿下は苦笑した。
「私服で来たつもりだったのだが」
「長年お仕えしましたから」
殿下は、店の中をゆっくりと見回した。
「花屋、か。お前らしい選択だな、ガレス」
「恐れ入ります」
「あの件は……本当にすまなかった」
殿下は、真剣な顔で言った。
「お前を失ったのは、国の損失だ。いや、私の損失だ」
「殿下」
俺は、静かに首を横に振った。
「私が抜けただけで腑抜けるほど、第一騎士団は脆くありません」
「だが――」
「あの団には、優秀な騎士が大勢います。エドワードも、ルーカスも、アランも。彼らは、必ず国を守ります」
俺は、殿下をまっすぐに見た。
「ですから、殿下。どうか、彼らを頼みます」
殿下は、しばらく黙っていた。
そして、深く息を吐いた。
「……わかった。お前がそう言うなら、私は彼らを信じよう」
「ありがとうございます」
殿下は、店の花を見回した。
「何か、花を買っていこう。何がいい?」
「でしたら、これを」
俺は、赤いカーネーションを手に取った。
花言葉は「敬愛」「情熱」。
「カーネーションです。花言葉は『敬愛』。殿下にふさわしいかと」
「……そうか」
殿下は、少しだけ笑った。
「お前は、騎士ではなくなっても、やはりお前だな」
「恐れ入ります」
殿下は代金を払い――俺が受け取らないことを知っていたのか、カウンターに置いて――店を出ていった。
「ガレス。また来る」
「お待ちしております」
扉が閉まる。
静かな店に、再び一人。
俺は、カウンターに置かれた代金を見た。
通常の三倍の金額だった。
殿下らしい。
◆◆◆
【日誌】
今日は、多くの人が訪れた。
かつての部下たち。
王太子殿下。
みな、騎士団のことを心配していた。
俺のことを、気にかけてくれていた。
ありがたいことだ。
だが、俺の道は決まっている。
もう、剣は持たない。
花と共に生きていく。
それが、俺の選んだ人生だ。
店を閉め、最後の水やりをする。
向日葵が、夕日を浴びて輝いていた。
忠誠。
正しいものを見極める目。
部下たちが、それを持ち続けることを願う。
そして、俺は――
この小さな花屋で、静かに生きていく。




