人生の先輩たち
【翌日・老人の家】
翌朝、俺は月下美人を届けた老人の家を訪れた。
扉を開けたのは、穏やかな顔の老人だった。
「おや、ガレスさん」
老人は、嬉しそうに微笑んだ。
「どうされました?」
「……相談があって」
俺は、少し躊躇した。
「中に、入ってもいいですか?」
「もちろんです。どうぞ」
◆◆◆
居間に通され、俺は事情を話した。
老人は、優しく微笑んだ。
「そうですか……告白を」
「ああ。だが、どう伝えればいいか……」
老人は、窓際の月下美人を見た。
あの時、俺が届けた花だ。
「ガレスさん、私が妻に初めて想いを伝えた時のことを、話しましょうか」
「……お願いします」
老人は、遠い目をした。
「私は、不器用な男でした。言葉も下手で、何をどう言えばいいかわからなかった」
「……」
「だから、ただ——『あなたと、一緒にいたい』と、それだけを伝えました」
老人は、優しく微笑んだ。
「妻は、泣きながら笑ってくれました。『あなたは不器用ね』と言いながら」
「……それで、良かったんですか?」
「ええ」
老人は、頷いた。
「大切なのは、飾った言葉ではありません。自分の気持ちを、素直に伝えることです」
「素直に……」
「ガレスさん、あなたは誠実な方だ。だから、あなたのままでいい」
老人は、俺の手を握った。
「『好きだ』『一緒にいたい』。それだけで、十分伝わります」
「……ありがとうございます」
俺は、深く頭を下げた。
「それと——」
老人は、少し悪戯っぽく笑った。
「告白の後、どうするかも考えておくといいですよ」
「……告白の後?」
「ええ。結婚の話とか、将来のこととか」
老人は、ウインクした。
「妻は、私が将来のことまで考えていると知って、とても嬉しそうでした」
「……なるほど」
俺は、頷いた。
将来のこと、か。
エレナと、共に花屋を営む未来。
それは——悪くない。
◆◆◆
【午後・王宮】
午後、王宮を訪れた。
王太子リオネル殿下が、執務室で待っていてくれた。
「ガレス、久しぶりだな」
「お久しぶりです、殿下」
「で、相談とは?」
殿下は、興味深そうに聞いた。
俺は、事情を話した。
殿下は、驚いたように目を見開いた。
そして——
大笑いした。
「ははは! ガレス、お前もついに!」
「……何がおかしいんですか」
「いや、すまん」
殿下は、笑いを堪えながら言った。
「だが、嬉しいんだ。お前が、幸せになろうとしている」
「……」
「で、どう伝えればいいか、だったな」
殿下は、真剣な顔になった。
「私は、まだ独身だから、あまり偉そうなことは言えんが……」
「それでも、聞きたいです」
「そうか」
殿下は、少し考えた。
「ガレス、お前は騎士だった。だから、誓いを立てることには慣れているはずだ」
「……誓い?」
「ああ」
殿下は、頷いた。
「騎士が王に忠誠を誓うように、お前はエレナさんに愛を誓えばいい」
「……」
「『あなたを守る』『あなたと共にいる』『あなたを幸せにする』——そういう誓いを」
殿下の目は、真剣だった。
「それが、騎士であるお前らしい告白だと思う」
「……なるほど」
俺は、深く頷いた。
誓い、か。
確かに、それなら——俺にもできる。
「ありがとうございます、殿下」
「いや、礼には及ばん」
殿下は、微笑んだ。
「それと——父上も、お前に話があるそうだ」
「……陛下が?」
「ああ。待っておられる」
◆◆◆
【謁見の間】
謁見の間に通されると、国王アルトゥール陛下が一人で座っていた。
「ガレス、よく来た」
「陛下」
俺は、深く頭を下げた。
「リオネルから聞いた。告白をするそうだな」
「……はい」
「良いことだ」
陛下は、優しく微笑んだ。
「お前には、幸せになってほしいと思っていた」
「恐れ入ります」
「座れ。話がある」
俺は、陛下の前に座った。
「ガレス、私には妻がいた」
「……」
「もう、亡くなったがな」
陛下は、遠い目をした。
「私が妻に告白した時、私は何も持っていなかった。ただの王子で、将来も不透明だった」
「……」
「だが、妻は私を選んでくれた」
陛下の声は、温かかった。
「なぜだと思う?」
「……わかりません」
「『あなたと一緒なら、どんな未来でも幸せだ』——そう言ってくれたんだ」
陛下は、微笑んだ。
「つまり、大切なのは、何を持っているかではない。どんな未来を一緒に歩むか、だ」
「……」
「ガレス、お前は花屋だ。騎士団長でもなければ、貴族でもない」
「はい」
「だが、それでいい」
陛下は、真剣な目で俺を見た。
「エレナさんは、お前を愛している。花屋のお前を。騎士だったお前ではなく、今のお前を」
「……」
「だから、自信を持て。お前のままで、彼女に想いを伝えろ」
陛下は、立ち上がった。
「そして——幸せになれ。それが、私の願いだ」
「……ありがとうございます」
俺は、深く頭を下げた。
◆◆◆
【帰り道】
王宮を出て、花屋に向かう道を歩きながら、俺は考えた。
老人の言葉。
王太子の言葉。
国王の言葉。
みんな、同じことを言っていた。
——自分のままでいい。
素直に、誠実に、想いを伝える。
そして、誓う。
共に歩む未来を。
俺は、胸のポケットに手を当てた。
勿忘草が、まだそこにある。
エレナがくれた、あの花。
——明日だ。
明日、俺は彼女に告白する。
この想いを、伝える。
◆◆◆
店に戻ると、アレンが待っていた。
「ガレスさん、どうでした?」
「……ああ、色々と聞けた」
俺は、頷いた。
「みんな、同じことを言っていた」
「同じこと?」
「自分のままでいい、と」
俺は、店の花を見た。
「俺らしく、誠実に、素直に」
「……それが、一番ですよね」
アレンは、微笑んだ。
「ガレスさんなら、大丈夫ですよ」
「……ありがとう」
俺は、花を一輪手に取った。
赤いバラ。
花言葉は『愛』『情熱』『あなたを愛しています』。
——これを、彼女に渡そう。
そして、想いを伝えよう。
明日——
俺の人生が、変わる。
◆◆◆
【日誌】
今日、多くの人に相談した。
老人、王太子、国王。
人生の先輩たちに。
みんな、同じことを言った。
自分のままでいい。
誠実に、素直に、想いを伝えろ、と。
そして、誓いを立てろ、と。
共に歩む未来を。
明日——
俺は、エレナに告白する。
この想いを、この誓いを。
彼女に届ける。




