出陣
【翌朝】
王太子が去った翌朝、店の扉が静かに開いた。
入ってきたのは、質素な服を着た老人だった。
だが——
その佇まい、その目。
俺は、すぐにわかった。
「陛下」
俺は、深く頭を下げた。
国王アルトゥール陛下だった。
「顔を上げよ、ガレス」
陛下は、優しい声で言った。
「久しぶりだな」
「恐れ入ります」
俺は、顔を上げた。
アレンは、驚いて固まっていたが、すぐに深く頭を下げた。
「リオネルから、聞いた」
陛下は、静かに言った。
「お前が、条件を出したと」
「……はい」
「王の命であれば、応えると」
「その通りです」
俺は、陛下の目を見た。
陛下は、少し微笑んだ。
「お前は、変わらんな」
「……」
「昔から、筋を通す男だった。だから、私はお前を信頼していた」
陛下は、深くため息をついた。
「あの時、お前を守れなかった。貴族の圧力に、私は屈した」
「陛下……」
「すまなかった、ガレス」
陛下は、深く頭を下げた。
国王が、平民の俺に——頭を下げた。
「陛下、顔を上げてください」
俺は、慌てて言った。
「いや、これは私の罪だ」
陛下は、顔を上げた。
「お前を失い、無能な男を騎士団長にした。その結果が、今の事態だ」
「……」
「だから、頼む」
陛下は、真剣な目で俺を見た。
「もう一度、剣を取ってくれ。民を、守ってくれ」
俺は、少し黙った。
そして——
「陛下の命とあらば」
俺は、静かに答えた。
「喜んで」
陛下の顔が、ぱっと明るくなった。
「ありがとう、ガレス」
「ただし」
俺は、続けた。
「これは、一時的なものです」
「……わかっている」
「魔物を倒したら、俺はまた花屋に戻ります」
俺は、店の花を見た。
「これが、俺の選んだ道ですから」
「ああ」
陛下は、優しく微笑んだ。
「お前の花屋、とても良い店だ。この街に、必要な場所だ」
「ありがとうございます」
「だから——必ず、無事に帰ってきてくれ」
陛下は、俺の肩に手を置いた。
「約束だ」
「……はい」
俺は、深く頭を下げた。
◆◆◆
【昼過ぎ】
陛下が去った後、俺は出陣の準備を始めた。
久しぶりに、剣を手に取る。
重い。
だが、懐かしい重さだった。
「ガレスさん」
扉が開き、エレナが入ってきた。
「エレナさん」
彼女は、俺の姿を見て、驚いた。
「その格好……」
俺は、剣と鎧を身につけていた。
「ガレスさん……戦いに?」
「ああ」
俺は、頷いた。
「魔物のスタンピードが発生した。国王陛下の命で、出陣する」
エレナは、少し悲しそうな顔をした。
だが、すぐに微笑んだ。
「……やっぱり」
「……?」
「ガレスさんは、やっぱり騎士なんですね」
エレナは、真っ直ぐに俺を見た。
「花屋だけど、同時に——誰よりも人々を想っている騎士なんですね。
人々を守るために戦う。それが、騎士団じゃないですか」
「……そうだな」
俺は、静かに頷いた。
「俺は、花屋だ。だが——」
「でも、騎士でもある」
エレナは、優しく微笑んだ。
「ガレスさんは、そういう人だから」
「……」
「私、知ってるんです」
エレナは、俺の手を取った。
「ガレスさんは、優しくて、強くて、誰よりも人々を想っている」
「エレナさん……」
「だから、信じてます」
彼女の目は、真っ直ぐだった。
「ガレスさんなら、必ずみんなを守ってくれるって」
俺は、彼女の手を握り返した。
「……ありがとう」
「行ってください」
エレナは、涙を堪えて微笑んだ。
「そして、必ず帰ってきてください」
「ああ」
俺は、強く頷いた。
「約束する」
彼女は、俺の手を離した。
「これ……」
エレナは、懐から小さな花を取り出した。
白い、小さな花。
勿忘草。
「花言葉は『私を忘れないで』……ですよね」
「ああ」
「忘れないでください。ここに、帰る場所があることを」
彼女は、勿忘草を俺に渡した。
「そして——」
エレナは、少し頬を染めた。
「待っている人がいることを」
俺の心が、大きく揺れた。
——この人は。
この人は、俺のことを——
「……必ず、帰る」
俺は、勿忘草を胸のポケットに入れた。
「エレナさんのもとに」
彼女は、涙を流しながら微笑んだ。
「待ってます」
◆◆◆
【出陣】
俺は、剣を腰に佩き、鎧を身につけた。
久しぶりの感覚。
だが、体は覚えていた。
「ガレスさん」
アレンが、真剣な顔で言った。
「店は、俺が守ります」
「頼む」
「それと……」
アレンは、笑った。
「殿下に、全部報告しておきますね」
「……好きにしろ」
俺は、苦笑した。
店を出る。
外には、王都騎士団の馬車が待っていた。
そして——
エドワード、ルーカス、アランたち、かつての部下たちが並んでいた。
「団長!」
エドワードが、敬礼した。
「お待ちしておりました!」
他の部下たちも、一斉に敬礼した。
「……お前たち」
「団長が戻ってくると聞いて、飛んできました!」
ルーカスが、嬉しそうに言った。
「さあ、行きましょう! みんな、団長を待ってます!」
俺は、彼らを見た。
真っ直ぐな目。
信頼に満ちた顔。
「……わかった」
俺は、馬車に乗り込んだ。
「行くぞ」
◆◆◆
【戦場へ】
馬車が走る。
西の森へ。
魔物が蠢く、戦場へ。
俺は、胸のポケットに手を当てた。
勿忘草が、そこにある。
エレナの言葉を思い出す。
「必ず帰ってきてください」
——ああ、約束する。
必ず、帰る。
この花を、彼女に返すために。
そして——
もう一度、あの花屋で、静かな日々を過ごすために。
俺は、剣の柄を握った。
騎士ガレス・ブレイド。
一時的に、だが——
再び、戦場に立つ。
◆◆◆
【日誌】
今日、国王陛下が店を訪れた。
正式な命令を受けた。
俺は、出陣する。
エレナは、言った。
「本当は駆けつけたかったんじゃないか」
——その通りだった。
俺は、花屋だ。
だが、同時に——騎士でもある。
人々を守るために、戦う。
それが、俺の本質なのだろう。
エレナは、勿忘草をくれた。
「待ってます」
彼女の言葉が、俺を支える。
必ず、帰る。
この花屋に。
彼女のもとに。
それが、俺の戦う理由だ。




