閑話 図書館司書の想い
――エレナ視点――
【出会いの日】
私、エレナ・ローレンスが、あの花屋『ノーブル・ブルーム』を初めて訪れたのは、三ヶ月前のことだった。
図書館で古い植物図鑑を整理していた時、ラベンダーの挿絵に目が留まった。
美しい紫色の花。
本で何度も見たことはあったが、実物を見たことがなかった。
——見てみたい。
そう思って、街の花屋を探した。
そして、見つけたのが『ノーブル・ブルーム』。
店に入った時、最初に目に入ったのは——
筋骨隆々とした、大きな男性だった。
花屋の店主には、似合わない体格。
だが、その手は、花を優しく扱っていた。
「いらっしゃい」
低く、静かな声。
私は、少し緊張しながら、ラベンダーのことを尋ねた。
「ああ、ある。店にもある」
彼——ガレスさんは、ラベンダーの鉢植えを持ってきてくれた。
「これが、ラベンダーだ」
実物は、本よりもずっと綺麗だった。
そして、彼は言った。
「ラベンダーの花言葉は『沈黙』『私に答えてください』『期待』」
淡々とした口調。
だが、その言葉には、花への深い愛情が感じられた。
「どこで学んだんですか?」
私が聞くと、彼は少し間を置いて答えた。
「戦場で、見た」
——戦場。
その時、初めて知った。
この人は、元騎士だったのだと。
だが、不思議と怖くはなかった。
むしろ——
花を愛する、この人のことを、もっと知りたいと思った。
◆◆◆
【通い始めた日々】
それから、私は週に一度、花屋に通うようになった。
本で読んだ花を、実物で確認したい。
それが最初の理由だった。
だが——
次第に、理由が変わっていった。
ガレスさんに会いたい。
彼の声を聞きたい。
花言葉を教えてもらいたい。
そんな気持ちが、強くなっていった。
ガレスさんは、いつも淡々としていた。
だが、花を語る時、彼の目は優しかった。
そして——
私に対しても、優しかった。
「エレナさん、今日は何を見たい?」
彼が私の名前を呼ぶ時、心が少しだけ揺れた。
——好きなのかもしれない。
そう思い始めたのは、いつからだっただろうか。
◆◆◆
【守られた日】
あの日——
ガレスさんの店に、傲慢な騎士が来た日。
私は、侮辱された。
「女が本など読んで何になる」
その言葉に、傷ついた。
だが——
ガレスさんが、守ってくれた。
「この店で、女性を侮辱することも、花を消耗品と呼ぶことも許さない」
静かだが、強い声。
あの瞬間、私は確信した。
——この人を、好きだ。
守ってくれたから、好きになったのではない。
その前から、ずっと——好きだった。
◆◆◆
【噂の日々】
ガレスさんに、悪い噂が流れた時。
私は、迷わず店に行った。
「私は、ガレスさんを信じてます」
そう言った。本心だった。
ガレスさんが、犯罪者なんかであるはずがない。
人殺しなんかであるはずがない。
私は、彼を知っている。
花を愛し、客に優しく、静かに生きる人だと。
噂が流れている間も、私は毎日店に通った。
ガレスさんが孤独にならないように。
少しでも、支えになれればと思って。
「……ありがとう」
ガレスさんは、私に微笑んでくれた。
その笑顔を見て、私は思った。
——この人のそばにいたい。
ずっと。
◆◆◆
【花まつりの日】
花まつりで、お手伝いをすることになった日。
私は、とても嬉しかった。
ガレスさんと一緒に、花を扱える。
それだけで、幸せだった。
屋台で、花冠を作った。
ガレスさんが、花輪の結び方を教えてくれた。
「こう、して……こうだ」
彼の手が、私の手に触れた。
一瞬だけ、だが——
心臓が、大きく跳ねた。
夕暮れ、二人きりになった時。
私は、言った。
「ガレスさんと一緒に、花を扱えて……嬉しかったです」
本当に、嬉しかった。
ガレスさんは、言ってくれた。
「……俺も、楽しかった」
「エレナさんがいてくれて、助かった」
その言葉が、どれだけ嬉しかったか。
花火を見ながら、私は思った。
——この人に、想いを伝えたい。
いつか、勇気を出して。
◆◆◆
【今】
今、私はガレスさんのことが好きだ。
彼の淡々とした口調。
花を愛する優しい目。
静かだが、強い心。
すべてが、愛おしい。
だが——
まだ、伝えられていない。
勇気が、出ない。
もし、断られたら。
もし、今の関係が壊れてしまったら。
そう思うと、怖くなる。
だけど——
いつか、伝えたい。
この想いを。
ガレスさんは、気づいているだろうか。
私の気持ちに。
時々、彼が私を見る目が——
少しだけ、優しくなったような気がする。
それは、気のせいだろうか。
それとも——
◆◆◆
【ある日の夜・図書館】
その日、図書館で遅くまで仕事をしていた。
専門書の整理が、終わらなかったのだ。
窓の外は、もう真っ暗。
ふと、本棚から一冊の本を取り出した。
『花言葉大全』
何気なく開いたページに、一つの花があった。
白いスミレ。
花言葉は——
「誠実」「謙虚」。
そして。
「あなたを守りたい」
——あなたを守りたい。
ガレスさんが、ヴィクターから私を守ってくれた時。
彼が、私に渡してくれたのは——
白いスミレだった。
その意味に、気づいてしまった。
心臓が、大きく跳ねる。
もしかして——
ガレスさんも、私のことを——?
いや、考えすぎかもしれない。
だけど——
もし、本当に——
私は、本を胸に抱いた。
顔が、熱い。
心が、騒ぐ。
——ガレスさん。
私、あなたのことが好きです。
いつか、伝えられる日が来ますように。
そう、心の中で祈った。
◆◆◆
【翌日・花屋にて】
翌日、いつものように花屋を訪れた。
「いらっしゃい、エレナさん」
ガレスさんが、微笑んでくれた。
その笑顔を見て、私の心は温かくなる。
「ガレスさん、今日は……何かおすすめの花、ありますか?」
私が聞くと、ガレスさんは少し考えた。
「今日は……これが綺麗だ」
彼が手に取ったのは——
ピンク色の芍薬。
「芍薬。花言葉は『恥じらい』『はにかみ』。そして……『幸せな結婚』」
——幸せな結婚。
その言葉に、私の顔が熱くなった。
「素敵な、花言葉ですね……」
私は、恥ずかしそうに呟いた。
「ああ」
ガレスさんは、静かに答えた。
そして——
少しだけ、微笑んだ。
その微笑みを見て、私は思った。
——いつか、この人と。
そんな未来を、夢見てもいいだろうか。
私は、芍薬を大切に抱えて、店を出た。
心の中で、静かに祈りながら。
——いつか、想いが届きますように。




