剣を置いた日
新しい物語を、始めます。
淡々と、静かに。
どうか、最後までお付き合いください。
【騎士団追放の日】
今日、俺は王都第一騎士団を追放された。
理由は、部下との衝突。正確には、貴族出身の副団長との諍いだ。
任務の最中、彼は平民の新米騎士を「使い捨ての駒」と呼んだ。
俺は、それを止めた。物理的な行為で止めたのが良くなかったか。
彼は、俺の拳で地面に倒れた。
翌日、彼の父親である侯爵が王宮に乗り込んできた。
結果、俺が騎士団を去ることになった。
王は渋い顔をしていた。
部下たちは、誰も俺を責めなかった。
むしろ、止めようとする者さえいた。
だが、俺は首を横に振った。
これで良かったのだ。
――ようやく、花屋が開ける。
◆◆◆
【開店準備の日】
騎士を辞めて三日目。
王都の片隅に、小さな店を借りた。
家賃は安い。場所は目立たない。
だが、朝日がよく入る。花には十分だ。
店の名前は『ノーブル・ブルーム』。
意味は「気高き花」。母がよく口にしていた言葉だ。
母は花が好きだった。女手一つで俺を育ててくれた。
貧しい家だったが、家の前には必ず小さな花壇があった。
母は言っていた。
「花はね、ガレス。どんなに辛い日でも、心を癒してくれるんだよ」
俺が騎士になってから、母は亡くなった。
戦場で剣を振るう日々の中で、ふと道端に咲く花を見つけると、母のことを思い出した。
血と泥にまみれた場所でも、花は静かに咲いていた。
だから、俺は決めていた。
いつか騎士を辞めたら、花屋を開こうと。
今日、その夢が叶う。
◆◆◆
【開店初日】
朝、店の扉を開けた。
看板を掲げた。
花を並べた。
通りを行く人々が、不思議そうに俺を見る。無理もない。
筋骨隆々とした男が、花を丁重に扱っている光景は、確かに奇妙だろう。
昼過ぎ、最初の客が来た。
年老いた女性だった。
「あの……ここ、花屋さん?」
「ああ、そうだ」
「あなた、騎士……だった人?」
俺は少し驚いた。
だが、この街で十年以上騎士をしていたのだ。顔を覚えている人がいても不思議ではない。
「ああ、元騎士だ。今は花屋だ」
「まあ……」
女性は困ったように笑った。
「じゃあ、白いバラを一輪ください。亡くなった夫の墓に供えたいの」
「わかった」
俺は一番綺麗な白いバラを選んだ。
白いバラの花言葉は「純潔」「深い尊敬」。
亡き人への想いを込めるには、これ以上ない花だ。
丁寧に包み、彼女に渡した。
彼女は代金を払い、静かに礼を言って去っていった。
――初めての客。
初めての売上。
俺は、少しだけ笑った。
◆◆◆
【三日目の日誌】
店は、まだ繁盛しているとは言えない。
だが、少しずつ客が増えてきた。
花を買いに来る者。
ただ店を覗いて去る者。
中には、俺が元騎士団長だと気づいて驚く者もいる。
「あの、ガレス・ブレイドさん……ですよね?」
「ああ」
「どうして……花屋なんて……」
彼らはみな、同じことを聞く。
俺は、同じように答える。
「花が好きだからだ」
シンプルな答えだ。
だが、それ以上でも、それ以下でもない。
俺は剣を置いた。
そして、花を手に取った。
それだけのことだ。
◆◆◆
【一週間目】
今日、騎士団の部下が店に来た。
若い騎士エドワードだ。
「団長……いえ、ガレスさん」
「どうした」
「その……お元気そうで、良かったです」
彼は、気まずそうに俯いていた。
「あの件は、本当に……俺たちは、団長が悪いなんて思ってません」
「わかってる」
「でも……」
「エドワード」
俺は彼の肩に手を置いた。
「お前は、騎士として正しく生きろ。それだけだ」
「……はい」
彼は花を一輪買って帰った。
勿忘草。青い小さな花だ。
花言葉は「真実の愛」「私を忘れないで」。
母が好きだった花でもある。
戦場でも、時折この花を見かけた。
どんな場所でも、忘れな草は静かに咲いている。
エドワードの背中が、通りの向こうに消えていく。
彼は騎士として、これからも戦い続けるだろう。
それは、彼の選んだ道だ。
そして、俺は――
店に戻り、花の水を替える。
夕日が、店内を優しく照らしている。
花たちは、静かにそこにあった。
剣を持っていた頃、俺は多くのものを守った。
国を、民を、部下を。
だが、今はもう違う。
今、俺が守るのは、この小さな花たちだ。
そして、この花を求めて来る人々の、ささやかな願いだ。
それで、いい。
それが、俺の選んだ道だ。
――騎士団のことは、もういい。皆が何とかしてくれるだろう。
俺が一人抜けただけど、どうにかなるようであれば、それはそれで問題だ。
俺には、今、この花屋がある。
それで十分だ。




