〜第四章〜かつてのライバルとの再戦
■ ケンタッキーオークスの余韻
ケンタッキーオークスでの6馬身差圧勝からほどなくして、
ダークファントムは次なる頂点──トリプルティアラ第一戦 エイコーンS(G1) に向けて動き出していた。
オルブライト調教師はオークス勝利に浮かれることなく、
翌日からいつも通りの調教メニューに戻した。
その姿勢には、確かな確信があった。
「ファントムはまだ強くなる。
ここで満足する馬じゃない。」
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■ かつての勝ち馬・マティルダの参戦
エイコーンSの登録馬の中に、一つだけ異彩を放つ名前があった。
2歳時のガーデニアSでダークファントムを破った快速牝馬──
マティルダ である。
当時はダークファントムが320kgの頼りない馬体で、
まだ未完成だったとはいえ、
マティルダは“実際に勝った馬”として記憶されていた。
しかし、世間の反応は驚くほど冷静だった。
「マティルダは強いが、今のファントムは別物だ」
「勝敗というより、差がどれくらいになるか」
「元返しでも買う価値がある」
そして前売りは、
単勝1.0倍(元返し)。
大衆の認識は揺るがなかった。
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■ レース前日──
前日の最終追い切りを見る限り、
マティルダは栗毛の馬体を張らせ、
気迫ある走りを見せていた。
一方ダークファントムは細身のまま。
しかしその動きは驚くほど滑らかで、
砂をすくうように脚を運ぶ。
ベテラン記者はこう書き残した。
「体格だけを見ればマティルダ。
しかし、勝つのはファントムだ。」
オルブライトの表情も穏やかだった。
「マティルダは良い馬だ。
だが、ファントムが刻む走りは、もう別の次元にいる。」
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■ レース当日──
パドックでの二頭の雰囲気は対照的だった。
マティルダは闘志に満ち、
栗毛が日光を浴びて鮮やかに輝いていた。
対してダークファントムは静かで落ち着き、
見る者を黙らせるような独特の存在感を放つ。
「マティルダが挑む構図か……」
「でも勝つのはファントムだろう」
「勝負は最初だけだな」
観客の声はほぼ一致していた。
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■ スタート──
ゲートが開くと同時に、
ダークファントムは迷いなく先頭へ躍り出た。
そして、そのすぐ外から食い下がる影がある。
マティルダだ。
1コーナー、2コーナーを
二頭は並走するように通過し、
その後方はすでに離れ始めていた。
勝負は、完全にこの二頭に絞られた。
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■ 3コーナー──
向こう正面に入り、
ダークファントムは軽いリズムのままペースを刻んでいた。
だが、マティルダの脚は
その流れに徐々に対応できなくなっていく。
冬場の疲労が抜け切っていないこともあり、
本来のしなやかな伸びが見られない。
ダークファントムの持続力あるラップに対し、
マティルダは呼吸が乱れ始め、
ジリジリと差が開き始める。
それでも栗毛の牝馬は必死に食らいつこうとしたが、
脚は明らかに限界に近づいていた。
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■ 4コーナー──
最後のカーブへ差し掛かる頃、
ダークファントムは余裕を保ったまま前へ進み、
マティルダとの間に決定的な差が生まれ始めた。
マティルダは懸命に前を追うものの、
脚が言うことを聞かず、
足取りは次第に重くなっていく。
そのまま隊列に飲み込まれ、
ダークファントムの背中がどんどん遠ざかっていく。
観客席ではため息にも似た声が漏れた。
「マティルダはもう無理だ……」
「ファントムが強すぎる」
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■ 直線──
直線に向いたダークファントムは、
鞍上が軽く気合をつけた程度で加速した。
砂を切り裂くような伸びで、
一頭だけ全く別の速度で走っているかのようだった。
後続との差は広がる一方で、
誰も追いつく気配がない。
マティルダは完全に脚を失い、
隊列の中ほどで苦しそうに走り続けていた。
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■ ゴール──
ダークファントムは最後まで余力を残したまま、
後続に 8馬身差 の圧勝を決めた。
勝負が成立したのは実質、
最初の600メートルだけだったと言って良い。
マティルダは前半の無理が祟り、
最後まで脚が戻らずに沈んでいった。
その姿には、かつての覇気は失われていた。
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■ レース後──
マティルダ陣営は立て直しの必要性を認め、
放牧へ出す決断を下した。
これにより、
マティルダはトリプルティアラ第二戦・第三戦への出走を回避。
ガーデニアSでダークファントムに初めて土をつけた牝馬は、
ここでクラシックの舞台から姿を消した。
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■ トリプルティアラの主役は、ただ一頭
唯一の「比較対象」がいなくなったことで、
競馬界の視線は完全にダークファントムへ向けられた。
「次も勝つだろう」
「この馬を止められる牝馬はどこにもいない」
そんな声が自然に広がり、
ダークファントムは静かに、
第二戦へ向けて歩みを進めていく。




