〜最終章〜夢は続く
■ 緊急手術
夜を越えたダークファントムは、
翌朝の再検査によって手術が必要な状態であると判明した。
表面こそ落ち着いているように見えたが、
内部の損傷は深刻で、このままでは命を落とす可能性も高かった。
オルブライト調教師は静かに頷いた。
「助かる道があるなら……頼む。
どうか……この子を救ってくれ。」
その願いに応えるように、
ダークファントムはゆっくりと手術室へ運ばれていった。
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■ 経過は安定し、希望が戻り始めた
長い手術の後、獣医師は慎重に結果を伝えた。
「手術は成功しました。
しばらくは安静にすれば、回復の見込みは十分あります。」
その言葉に、
厩舎の空気がようやく緩んだ。
厩務員が涙を拭いながら首を撫でると、
ファントムは弱々しくも鼻を鳴らして応えた。
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■ 小柄な体が初めて“味方”になった
術後の経過は良好だった。
獣医師が説明する。
「この馬は非常に体重が軽い。
脚への負担が少ないため、回復が進みやすい体質です。
ここから先も慎重にいけば、望みはあります。」
これまでレースで不利に働いてきた“軽さ”が、
ここにきて彼女の命を支える力になっていた。
厩舎内は少しずつ明るさを取り戻し、
ファンの間にも安堵の声が広がった。
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■ 回復の兆し
数週間が経ち、病室の空気は明るくなっていた。
ファントムは食欲も戻り、
スタッフが声をかけると首を寄せるようになった。
立ち上がることはまだ禁じられていたが、
彼女の目には確かに光が戻っていた。
誰もが、このまま順調にいけば助かる──
そう信じていた。
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■ しかし──
希望が満ち始めたその頃、
事態は突然訪れた。
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■ 馬房での異変
手術から約1ヶ月の早朝。
厩舎の奥から緊迫した叫び声が響いた。
「ファントムが……!
馬房で暴れてる!!」
駆けつけたスタッフが目にしたのは、
何かに驚きパニックを起こしたファントムの姿だった。
患部の脚を激しくぶつけ、
床に倒れ込むように身体をよじらせていた。
「動かないで! 頼むから……!」
すぐに抑えられたが、
その瞬間にすべてが崩れていた。
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■ 再建不可能という宣告
獣医師が患部を確認すると、
その表情が苦しげに歪んだ。
「……これはもう、戻せません。
手術した部分が完全に破壊されています。」
その場にいた者たちは言葉を失った。
厩務員は膝から崩れ落ち、
涙をこぼしながら馬の首に縋った。
「どうして……
あんなに頑張ってたのに……」
オルブライト調教師は壁に手を置き、
深い、深い沈黙の中に沈んでいった。
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■ 最後の選択
苦しみを長引かせるわけにはいかなかった。
獣医師は静かに、しかし誠実に告げた。
「これ以上は……痛みを引き延ばすだけになります。」
その言葉に、
ダークファントムの周りを囲む者たちは涙を堪えきれなかった。
オルブライト調教師は震える声で言った。
「もう……いいんだ。
痛い思いをしなくていい。
お前は、十分すぎるほど戦った。」
ファントムはかすかに鼻を鳴らし、
その言葉を受け止めるように瞳を閉じた。
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■ 静かな別れ
安らかな姿勢に整えられ、
関係者たちが見守る中、
ダークファントムは静かに息を引き取った。
その場には、
悲鳴も、混乱もなかった。
ただ、深い悲しみと、
彼女への感謝だけが静かに流れていた。
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■ 小さな身体で、世界を変えた馬
ダークファントムは、
この世に生まれたときから“小さすぎる馬”と笑われていた。
「ポニーみたいだ」
「この体で走れるのか?」
しかし──
走ったのは彼女だった。
誰よりも速く、
誰よりも真っすぐで、
誰よりも、強かった。
気がつけば、
彼女を笑っていた人たちが、
熱烈なファンになっていた。
320kgしかない小さな身体で、
ダークファントムは大きな可能性を示した。
どんなに小さな女の子でも、
世界の頂点に立てる。
そう証明した馬だった。
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■ 夢の続き──
それから10年後、
ダークファントムの姿を見て育った世代の中に、
同じように小柄な牝馬が現れた。
その牝馬は圧倒的な強さでトリプルティアラを制し、
ついには同世代の最強牡馬とのマッチレースが開催された。
砂の上を駆け抜けた小さな女王が残した火は、
確かに次の世代へと受け継がれていた。
だが、それはまた──
別の物語である。




