8 薔薇園まで
「12歳の時の回帰で、ペンダントが光って回帰するということに気がついたんだ」
「それがきっかけで、レアリティハウスを訪問することになったのでございましたね」
「ああ、そうだったな」
「調査を始めたんだね」
「そうなんだ」
10歳の時とは違って、12歳の時の襲撃は一度の回帰で解決した。他国に罪を着せて戦争を起こそうとするほど悪辣な黒幕だった。だがその割には実行犯がお粗末だったのだ。雇い主の悪徳商人も苦労せずに割り出せた。
「暗殺者は素早く何本ものナイフを突き立てる技術は凄かったけど、身体能力に全振りしてたみたいだ」
「背後の悪徳商人も、そんな使い捨てみたいな暗殺者を使うなんて、たいしたことなかったんだね」
「なんでしょうな。悪人も平和ボケと申しましょうか。背後関係も呆気ないほど簡単に洗い出せる事ばかりでございました」
エリンは、なんとなく理不尽なものを感じた。
「証拠なんかあってもどうしようもなかったあたしたち一族の仇に比べたら、楽な相手だな」
「100年もの間、病死だと思ってた一族がみな暗殺されてた、って事件は、エリンに聞かなきゃ事件だと知らないままだったがな」
王の嫌味がえしに対して、エリンはふんと鼻を鳴らした。
「暗殺じゃないよ。病を悪化させただけで、積極的に何かしたわけじゃない」
「身体が強ければ何ともない症状だとしても、トリガー一族は弱いからな。命取りになるんだ」
それを知っていて重症化させたのなら、暗殺で間違いない。柔和工房の機械を使って意図的に行ったのだから、無実を主張するのは図々しい。まして、深い怨みを持って実行したのである。
「呪いだという印象をつけようとはしていたけどね」
「トリガー一族が弱いのは、100年前の事件より遥か以前からのことだ。人々は自然死だとしか思わない」
それは、復讐者たちの誤算だった。だからこそ、最後の一人の死は、ドラマチックに演出したのだ。果てもなく巻き戻されて失敗したが。
「忌々しいな」
「納得はできないだろうが、余も限りなく殺されているからな。痛いのだぞ。それに、今度こそ本当に終わりかもしれないという恐怖もある。何度経験しても慣れるものではない。復讐には充分すぎる結果だろう」
「それを言われちまうとなぁ。流石にお気の毒だよねえ」
リチャードが15歳の時にも、回帰は起きた。その時は食事に混ぜられた毒で命を落とした。
「我が子と同い年なのに贅沢をしている王が憎らしくなり毒を盛った、って犯人は言っていた」
「ええぇ」
クレイグ卿の説明にエリンは絶句した。同じ暗殺者でも、自分とはずいぶんと違うんだな、と不思議に思った。
「料理を運ぶ侍女が犯人だったんだ。このときは単独犯で、すぐに調べがついて解決したよ」
「お毒見役ってのはいないのかい?危険だろ?」
エリンは武者修行で国外も渡り歩いてきた。リーフィー王国とは比べ物にならないくらい治安が悪い国の事情も知っている。
「エリン。リーフィー王国じゃ、これまでそんなことはあり得なかったからねぇ。お毒見役はいないんだよ。陛下が毒を盛られてからは、この老いぼれが見張るようになったがな」
「クレイグ卿にかかれば、毒なんか全部消えてしまうんだ」
それを聞いたエリンには、思いついたことがある。
「クレイグ卿は魔法が使えるんだったな。だったら、王妃や柔和工房の惨殺を止めることもできるよな?」
クレイグは、憐れむような目つきを投げてきた。
「何にも分かっていないなあ。そうはいかないんだよ。過去だろうが、現在だろうが、未来だろうが、才能を伸ばす手助けならできるんだが、魔法使いは普通の生活に干渉しちゃいけない。そうじゃないと、血みどろの争いが絶えなくなるからな」
どの人もそれぞれに変えたい運命があるだろう。片方を生かせばもう一方の命がなくなる場合だってある。魔法使いには掟があって、世の中と関われる範囲が限られているのだ。
「なんだい。ケチくさいね」
「あれ?毒を消すのはよいのか?」
「近衛騎士の仕事を全うしているだけでございます故」
屁理屈めいた発言である。抜け道や裏技というものは何処にでもあるようだ。
「そういえば、柔和機構だって魔法だろ?」
「ん?なんだい?何か知りたいことでもあるのかい?」
古代の記録には魔法だと書いてある。リチャードの疑問ももっともだ。リチャードは軽く手を振って、質問ではないことを示した。気が緩みすぎて、一人称が余に戻る。
「余が回帰させられるのは、普通の生活への干渉じゃないのか?」
「陛下、柔和機構は魔法ではありません。単なる古代種族の固有機械です。巨人族の巨大な生活用具と同じなのでございます。魔法は種族の固有能力に依存しません」
「そうなのか?なんだかしちめんどくさいな」
エリンとリチャードは強く不満を表した。表したところで仕方がないのだが、とにかく表した。
「柔和工房惨殺のっとり事件は、100年も前のことです。そんな昔のことを変えてしまったら、あちこち影響がでますよ。生まれるはずの人が生まれなかったり。陛下とて、後妻王妃の子孫なのですから、危ないのですぞ。王妃が生き延びて後妻を取らない歴史では、陛下が存在しなくなりますな」
「そしたら復讐も完遂できるね。悲劇の王妃以外の血筋は惨虐な王の子孫から消えるんだからさ」
「エリン?」
「いや、冗談だって。睨まないでくれよ。恨むのは100年前の残虐な王だけでいいって分かったんだよ」
「うん。それは本当に、先祖がとんでもないことをしてしまって」
「その話はもういいから!それで、他に回帰の話はあるのかい?」
「もうちょっとはあるが、今までの話で、エリンになにか思い当たることはないのか?」
それぞれの回帰を引き起こした事件の日、エリンはどうしていたのか。まるで記憶がなかった。以前リチャードに告げた通り、エリンは毎日修行と研究に明け暮れて、変化のない日々だったのだ。とくに印象深いことが起きた日と回帰が重なれば別だろう。だが残念ながらリチャードの回帰は、エリンの特別な日と重ならなかった。
「そうか。だけど、それはそれで手がかりになるな?回帰のスイッチは逆天鎖のほうにあるってことだ。余は暗殺された時以外に回帰がなく、エリンは手ずから余を暗殺した時以外の回帰は記憶にないのだからな」
リチャードには、なんのきっかけもなく突然巻き戻された日はないと言う。
「そうかなあ?それだけじゃ、この槍の機能とどう関係があるのかは、やっぱりわかんないよ」
「そもそも一対とはなんでしょうなぁ?」
「あたしの家に伝わってるのは、天雷槍の機能だけで、対になるもんがあるなんて知らなかった」
「一対という記述は、今のところ『装飾型機構大全』と『明解特殊付加機能』に書かれていたのを見つけたな」
前者は逆天鎖の説明を初めて見つけた資料だ。後者は今日見つけた図版付きの資料だ。少なくとも二種類の異なる時代に書かれた資料で、槍とペンダントが一対だと説明されている。
「そしたら我が家の口伝が虫食いだったんだろうね」
エリンはすんなりと受け入れた。
「まだ二つしか証拠は見つかっていないから、断定はできぬがな。現実に、エリンと直接関係がない暗殺被害の時にも、二人一度に回帰しておるであろ?一対って説明には、信憑性があると思う」
リチャードが言っているのは、薔薇園で二人が顔を合わせた日のことである。エリンとクレイグも同意した。
「わたくしめも信憑性があると思います」
「うん、あたしもそう思うよ」
その日は、エリンとリチャードが初めて一緒にこの柳の古木を訪れた日だ。言葉を交わしたのも、その日が最初だった。
「4回目のケースはエリンが犯人だから話さなくともよいかな。実を言うと、一対と言う記述を見つけなければ、迷宮入りになるところだったくらい、何が起きたのか分からない事件なのだけれども」
「そりゃ多分、天雷槍の機能のせいだよ」
「槍の?」
「うん。こいつは、裁きの雷とその雷撃が裁くべき罪人を呼び寄せる道具なんだ。見た限りじゃ、催眠状態になってたね」
リチャードは恐怖した。
「へっ?じゃあ、あの時は雷に打たれて死んだのか?」
「あっ、いや、槍で刺した」
「また悪びれもせずに言うなあ」
「謎の痛みはこの槍で刺された時の痛みでしたか」
特殊な付加機能は、どちらも帰属性を持つという点だ。メインの機能は、どちらの資料も同じ説明だった。つまり、「一対」は特殊付加機能ではない、ということだ。
「今のところ、一対と記載された柔和機構は、逆天鎖と天雷槍だけだしなあ」
「ニコイチって意味ではあるんだろうけどな。こっちは明らかに影響受けてる」
「対ってことは、どちらかが付属品てことはないのでしょうな?槍の起動でペンダントに何かしら影響が及ぼされる筈ですが」
「エリンか槍を起動した時、呼び寄せられたのは余だけであったか?」
「陛下だけだったねぇ」
「今解ることはここまでか」
これ以上は、新資料の発見まで待たなければならないようだ。
「薔薇園で初めて話をした時は?あの日も一回は回帰しただろ?」
「あの日の回帰で、エリンが直接手を下さなくても陛下が暗殺されると回帰する、ということが解りましたな」
「そうだった」
22歳で、国王は2種類の暗殺者から狙われるようになった。ひとりはエリンだ。怨みは100年来だが、仲間にすることができた。もう一人が、薔薇園の邂逅が起きる前に襲ってきた男だ。
「あいつはどうなったんだ?そういえば、エリンと話をしてからこっち、襲って来ないな?」
「今までは、暗殺者の行動は、陛下が何しても変わんなかったんだろ?」
「そうなんだ」
「陛下、今までの回帰では、陛下が暗殺時刻に別の場所へお出かけになったことはなかったように記憶しておりますが」
リチャードは銀色の整った眉を寄せた。確かにクレイグの言う通りだった。10歳の時は、式典の日時と場所を変更する余地がなかった。12歳の時も、当日の朝に突然変更するわけにいかない行程が組まれていた。15歳の時は、朝食に毒を盛られていたため、目覚めて身支度を終えてから暗殺時刻までの時間がほとんどなかった。どの場合も、別の場所に行ってみる機会が得られなかったのだ。
「それじゃ、もしかしたら、あの暗殺者の標的は余ではないのかもしれないな?」




