7 三人
ソーングリフの町へと戻る道すがら、エリンは王から回帰の全容を聞いた。
「それじゃ、この天雷槍、パニッシャーも回帰と関わりがあるってことかい?」
「一対、の意味はまだ突き止めてないがな。私は工房の血筋ではないから、逆天鎖を起動したのは貴女の力なのだと思うんだ」
リチャードは、エリンの言葉使いを咎めなかった。一応はお忍びなので、そのほうが町に紛れがやすいからだ。リチャードも砕けた話し方である。
「なるほどねぇ。一理あるな。この槍をあたしが起動して、それと連動したそっちのペンダントも起動準備が整ったのかな」
「いや、それだと、貴女がパニッシャーを起動しない限り、回帰は発生しないということになる」
「ありゃ、そうだね」
「逆天鎖の起動条件は、あくまでも持ち主の死だと思うよ」
「そりゃそうか。死なれると戻るから」
エリンは迷惑そうにリチャードを横目で見た。
「はははっ」
リチャードは破顔する。
「どうしたんだい?何が可笑しい」
エリンは咎めた。
「ははっ、そうだな。死なれると戻る。貴女からすれば、迷惑この上ない機能だな!」
「笑い事じゃないんだよ。そのせいで復讐が絶対に終わらなくなっちまったんだから」
「標的に言うことか?」
「ははっ、陛下、標的のくせにお気楽すぎやしないかい?」
とうとうエリンも笑い出す。
「気楽にでもしてないと、繰り返される暗殺なんかやり過ごせないからな」
「あ、わり」
「いいよ。時に、貴女、名はなんと?」
「知らないまま話してたのかい?」
エリンは呆れた。
「陛下は呑気すぎるね。あたしゃエリンだよ。エリン・ソウ。しがない賞金稼ぎの槍遣いさ」
「そうか。賞金稼ぎエリン。今日からは国王の護衛エリン・ソウだ。ちゃんと働けよ?」
「へえへえ、分かりやしたよ」
「無礼だな」
ようやく王が指摘した。
「そりゃ、仇敵だから?」
リチャードは苦笑いをした。エリンはその顔を滑稽に感じた。世界的に見れば弱小国とはいえ国王は国王だ。復讐相手であると同時に、偉い人であるのも確かだった。だが、それにしては随分と親しみやすいな、と感じたのである。
護衛が仕事になったので、エリンは毎日リチャードと行動を共にする。近衛騎士のシフトによってはクレイグも加わり、下町の居酒屋で3人集まり食事をとることもあった。その日は、レアリティハウスから戻り、クレイグの家でひと休みしていた。
「今日は久々に収穫があったな」
「はっ、陛下。進展がございましたな」
「リッチーだ。何度言えば解る」
3人はクレイグの家にある小さなテーブルを囲み、はちみつ入りの薬草茶を飲んだ。レアリティハウスでの資料探しは、頭脳だけでなく体力も使う。広い書庫、高い書架、重くて大きな本の数々との格闘は、3人に心地よい疲労感をもたらした。
「物品の帰属という概念は、初めて知ったな」
「はい、陛下。わたくしめも、譲り渡すことのできない物があるとは存じませんでした。盗まれる心配がないのは素晴らしいことですな」
今回の訪問で、柔和工房の帰属機構というものを知ったのだ。作品例として、逆天鎖と天雷槍も図版付きで掲載されていた。
「やはり、柔和工房の技術には、目を見張るものがあるなあ」
「はっ、陛下。同感にございます」
ふたりの会話に、エリンが不服そうに口を挟んだ。
「なんだい。柔和工房の帰属アイテムの話なら聞いてくれりゃ話したのに」
老騎士と青年王が不意を突かれて素っ頓狂な顔になった。奇書館から出て、クレイグの赤毛は白髪に戻っている。
「そういやエリン、柔和工房の血筋だったな」
と王が言えば、クレイグも、
「腕が立つ護衛だから、工房との関わりはすっかり忘れておったわい」
と言った。クレイグとエリンは訓練場で手合わせすることもある。エリンは現在国王直属なのだが、専用の訓練場がまだない。目下建設計画を作成中だ。当面は近衛騎士団の訓練場を使わせてもらえることになっていた。そのおかげで、近衛騎士たちとも顔見知りになった。エリン・ソウは手練れである、と皆が認めていた。
「護衛は本業じゃないから」
エリンはあくまで、柔和工房の一員なのである。工房と一帯の森については、返還の相談が進められていた。リチャードは口先だけの男ではないのだ。
「つい忘れがちだ。すまない」
「ちっ、そこまで気にしなくてもいいよ。王様は簡単に謝るもんじゃないんだろ?」
「それはそうなんだが」
リチャードは決まり悪そうに目を逸らした。この3人でいると、リチャードから王の威厳が剥ぎ取られるようだった。
「さて、そろそろ行くか」
「そうだね。夕飯までには城に戻ったほうがいいよ」
外に出ると、まだ明るかった。
「なんだ、案外遅くないな」
「今日はけっこう調べ物が捗ったから、早く切り上げられたよね」
「時間もあることだし、3人で川辺の柳まで行こうか?」
「陛下、ほんとにあの柳好きだよね」
「わたくしめも、あの柳の古木は好きですぞ」
「クレイグ卿もなのかい?」
エリンは、柳の古木にそこまでの魅力があるのは何故なのかと思案した。心のうちを読んだのか、リチャードが説明をした。
「根っこと幹の具合がな。ちょうどいいのだ」
「左様でございますな、陛下。とても座り心地がようございます」
「言われてみれば、確かに座り心地は良いかも知れないね」
「だろ?」
「エリンにもようやく分かったかの」
ふたりは満足そうに笑う。
岸辺につくと、3人は早速、いつもの柳の下に腰を落ち着けた。川風が心地よい。時折り魚が跳ねている。前回来た時は、旧王妃館の修復計画を話し合った。ここで纏めた草案は議会で承認され、きちんと供養も行うことが決まった。その話し合いの後、3人で魚を捕まえたのだった。この川辺にいれば、深刻になりすぎないでいられた。3人とも、笑顔になることが多い場所であった。
「まだ回帰のことをひとりで抱え込んでた時にも、この柳は慰めになったんだ」
「陛下、考えてみると、詳しく回帰の話を聞いたことがないね」
「そうだったね。何か新しい発見があるかも知れないし、話しておいたほうがいいかな?」
「左様でございますな、陛下。エリンは当事者でもあるわけでございますしね」
「うん。その通りだ。じゃあ、まずは、10歳の時に起こった、最初の回帰から話すとしよう」
クレイグは心配そうに顔を曇らせた。
「いいんだよ、クレイグ卿。確かに辛い経験だったけど、あの時が一番繰り返しが多かったから、法則性を調べる為にも、きちんと話さないとね」
「あんまり辛い記憶なら、無理に話さなくていいよ?」
「ありがとう、エリン。だけど、天雷槍がどう関わっているのかのヒントになるかも知れないからね」
ふたりの友に気遣われながら、王は初めての回帰から順番に語った。
初めての回帰体験は、柔和工房博物館がリニューアルオープンした時だ。式典で祝辞を述べている最中に命を落とした。毒矢による暗殺だった。何度か繰り返した後で、同じ夢ばかり繰り返すのは予知夢だろうか?と思った。
まずは式服の下に鎖帷子を着込んでみた。10歳用なので、職人がいらぬ気を利かせて軽くした。リーフィー王国の技術で軽いということは、金属の網目が粗いということだ。毒矢を防ぐことはできなかった。回帰のたびに改良してみたが、うまくいかない。首から上の保護は、戦場でもあるまいし、と叱られた。文化施設の祝典で鎧を着るわけにもいかず、身体保護の方向性は10歳の王には難しすぎた。
次に警備強化を実行した。これも何度か失敗を繰り返した。幾度か無駄骨を折るうちに、内部の犯行を疑うようになった。10歳ながらに人々を観察し、ついに忠義の老騎士クレイグ・ゴードン卿を見出した。無事犯人を捕まえたが、黒幕の発覚と事後処理が幼いリチャードの心を痛めつけた。黒幕は、王族なのに病弱な家系は国にとって害であるとし、王位を狙った王母の外戚だったのだ。国の衛生面を司る大臣でもあるヒルトップ公だ。近衛騎士にも息がかかった者がいた。王母は実の息子リチャードのことを、祖父の処刑を命じる冷酷で恐ろしい子供として非難した。
「血を分けた祖父ちゃんに、そんなことされたのか。母ちゃんも母ちゃんで、わからずやだな。道理ってもんがあるだろうに」
「母君は今でも禁足だよ。怨みを募らせてるから、外部と自由に接触させたら何をするかわからない」
「王族ってな、大変なんだねぇ」
血族の復讐に生きてきたエリンには、理解しがたい骨肉の争いだった。
2回目の回帰体験は、城下町の視察時だ。リチャードは12歳だった。
「お忍びではない訪問は初めてだから、緊張するな」
リチャードは、クレイグに分厚いマントを着せ掛けてもらいながらこぼした。ソーングリフローズを図案化したトリガー王家の紋章が、背中にどどんと入っている。
「慣れた町でございましょう?あまりご心配なされますな」
「普段通りってわけにはいかないだろう?老騎士の友人リッチーじゃなくて、国王としての訪問だからな」
ふたりはその時、お忍びの時には起こらないリスクについて、よく分かっていなかった。警備は抜かりなく、護衛も手厚い。そう信じていた。だが、歩き慣れた市場街に差し掛かった時、事件は起きた。
「あがぁっ」
「うへぇ」
王の脇に付いていた近衛騎士団員たちが、目を抑えて悶絶した。狭い通りの建物から、壺が飛んできたのだ。咄嗟に騎士団長が腕で払ったが、壺が割れてしまった。壺の中に入っていた液体は飛び散った。唐辛子のたくさん入った汁だった。
市場街が騒然となる中、薄汚れた小男が少年王にぶつかった。
「えっ?」
ぶつかられたところには、外国製のナイフが突き刺さっていた。次の瞬間、よろけるような足取りをしたその小男は、更に数回ぶつかってから走り去った。
「あれ?」
「陛下ーっ!」
クレイグ卿の叫びが市場街に響き渡った。まだ身の細い王の脇腹、腹、太腿、胸、そして喉の真ん中に、派手な装飾が柄を飾り立てたナイフが、それぞれに刺さっていた。
戻って来るのは暗殺される日の朝だ。事前の捜査は間に合わない。しかし今回は、壺が飛んでくる方向が分かっていた。視察が始まるより前に、怪しい建物に近衛騎士を配置した。壺は大人でも両腕で抱えるほどの大きさである。通りで持ち運んでいれば目立つ。投げるより投げ落としたほうが効果的だ。
そのことからリチャードは、沿道の建物は上層階までくまなく巡視させた。結果、めでたく流れ者が捕縛された。ちょうど壺の水に唐辛子を大量に混ぜているところだった。この時の黒幕は、戦乱を起こし利益を狙う悪徳商人だった。ナイフの特徴から思い浮かぶ国は無関係であった。




