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死なれたら戻る  作者: 黒森 冬炎


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8/21

7 三人

挿絵(By みてみん)





 ソーングリフの町へと戻る道すがら、エリンは王から回帰の全容を聞いた。


「それじゃ、この天雷槍、パニッシャーも回帰と関わりがあるってことかい?」

「一対、の意味はまだ突き止めてないがな。私は工房の血筋ではないから、逆天鎖(ファイトバック)を起動したのは貴女の力なのだと思うんだ」


 リチャードは、エリンの言葉使いを咎めなかった。一応はお忍びなので、そのほうが町に紛れがやすいからだ。リチャードも砕けた話し方である。


「なるほどねぇ。一理あるな。この槍をあたしが起動して、それと連動したそっちのペンダントも起動準備が整ったのかな」

「いや、それだと、貴女がパニッシャーを起動しない限り、回帰は発生しないということになる」

「ありゃ、そうだね」

「逆天鎖の起動条件は、あくまでも持ち主の死だと思うよ」

「そりゃそうか。死なれると戻るから」


 エリンは迷惑そうにリチャードを横目で見た。


「はははっ」


 リチャードは破顔する。


「どうしたんだい?何が可笑しい」


 エリンは咎めた。


「ははっ、そうだな。死なれると戻る。貴女からすれば、迷惑この上ない機能だな!」

「笑い事じゃないんだよ。そのせいで復讐が絶対に終わらなくなっちまったんだから」

「標的に言うことか?」

「ははっ、陛下、標的のくせにお気楽すぎやしないかい?」


 とうとうエリンも笑い出す。


「気楽にでもしてないと、繰り返される暗殺なんかやり過ごせないからな」

「あ、わり」

「いいよ。時に、貴女、名はなんと?」

「知らないまま話してたのかい?」


 エリンは呆れた。


「陛下は呑気すぎるね。あたしゃエリンだよ。エリン・ソウ。しがない賞金稼ぎの槍遣いさ」

「そうか。賞金稼ぎエリン。今日からは国王の護衛エリン・ソウだ。ちゃんと働けよ?」

「へえへえ、分かりやしたよ」

「無礼だな」


 ようやく王が指摘した。


「そりゃ、仇敵だから?」


 リチャードは苦笑いをした。エリンはその顔を滑稽に感じた。世界的に見れば弱小国とはいえ国王は国王だ。復讐相手であると同時に、偉い人であるのも確かだった。だが、それにしては随分と親しみやすいな、と感じたのである。



 護衛が仕事になったので、エリンは毎日リチャードと行動を共にする。近衛騎士のシフトによってはクレイグも加わり、下町の居酒屋で3人集まり食事をとることもあった。その日は、レアリティハウスから戻り、クレイグの家でひと休みしていた。


「今日は久々に収穫があったな」

「はっ、陛下。進展がございましたな」

「リッチーだ。何度言えば解る」


 3人はクレイグの家にある小さなテーブルを囲み、はちみつ入りの薬草茶を飲んだ。レアリティハウスでの資料探しは、頭脳だけでなく体力も使う。広い書庫、高い書架、重くて大きな本の数々との格闘は、3人に心地よい疲労感をもたらした。


「物品の帰属という概念は、初めて知ったな」

「はい、陛下。わたくしめも、譲り渡すことのできない物があるとは存じませんでした。盗まれる心配がないのは素晴らしいことですな」


 今回の訪問で、柔和工房の帰属機構というものを知ったのだ。作品例として、逆天鎖(ファイトバック)天雷槍(パニッシャー)も図版付きで掲載されていた。


「やはり、柔和工房の技術には、目を見張るものがあるなあ」

「はっ、陛下。同感にございます」


 ふたりの会話に、エリンが不服そうに口を挟んだ。


「なんだい。柔和工房の帰属アイテムの話なら聞いてくれりゃ話したのに」


 老騎士と青年王が不意を突かれて素っ頓狂な顔になった。奇書館から出て、クレイグの赤毛は白髪に戻っている。


「そういやエリン、柔和工房の血筋だったな」


 と王が言えば、クレイグも、


「腕が立つ護衛だから、工房との関わりはすっかり忘れておったわい」


 と言った。クレイグとエリンは訓練場で手合わせすることもある。エリンは現在国王直属なのだが、専用の訓練場がまだない。目下建設計画を作成中だ。当面は近衛騎士団の訓練場を使わせてもらえることになっていた。そのおかげで、近衛騎士たちとも顔見知りになった。エリン・ソウは手練れである、と皆が認めていた。


「護衛は本業じゃないから」


 エリンはあくまで、柔和工房の一員なのである。工房と一帯の森については、返還の相談が進められていた。リチャードは口先だけの男ではないのだ。


「つい忘れがちだ。すまない」

「ちっ、そこまで気にしなくてもいいよ。王様は簡単に謝るもんじゃないんだろ?」

「それはそうなんだが」


 リチャードは決まり悪そうに目を逸らした。この3人でいると、リチャードから王の威厳が剥ぎ取られるようだった。


「さて、そろそろ行くか」

「そうだね。夕飯までには城に戻ったほうがいいよ」


 外に出ると、まだ明るかった。


「なんだ、案外遅くないな」

「今日はけっこう調べ物が捗ったから、早く切り上げられたよね」

「時間もあることだし、3人で川辺の柳まで行こうか?」

「陛下、ほんとにあの柳好きだよね」

「わたくしめも、あの柳の古木は好きですぞ」

「クレイグ卿もなのかい?」


 エリンは、柳の古木にそこまでの魅力があるのは何故なのかと思案した。心のうちを読んだのか、リチャードが説明をした。


「根っこと幹の具合がな。ちょうどいいのだ」

「左様でございますな、陛下。とても座り心地がようございます」

「言われてみれば、確かに座り心地は良いかも知れないね」

「だろ?」

「エリンにもようやく分かったかの」


 ふたりは満足そうに笑う。



 岸辺につくと、3人は早速、いつもの柳の下に腰を落ち着けた。川風が心地よい。時折り魚が跳ねている。前回来た時は、旧王妃館の修復計画を話し合った。ここで纏めた草案は議会で承認され、きちんと供養も行うことが決まった。その話し合いの後、3人で魚を捕まえたのだった。この川辺にいれば、深刻になりすぎないでいられた。3人とも、笑顔になることが多い場所であった。


「まだ回帰のことをひとりで抱え込んでた時にも、この柳は慰めになったんだ」

「陛下、考えてみると、詳しく回帰の話を聞いたことがないね」

「そうだったね。何か新しい発見があるかも知れないし、話しておいたほうがいいかな?」

「左様でございますな、陛下。エリンは当事者でもあるわけでございますしね」

「うん。その通りだ。じゃあ、まずは、10歳の時に起こった、最初の回帰から話すとしよう」


 クレイグは心配そうに顔を曇らせた。


「いいんだよ、クレイグ卿。確かに辛い経験だったけど、あの時が一番繰り返しが多かったから、法則性を調べる為にも、きちんと話さないとね」

「あんまり辛い記憶なら、無理に話さなくていいよ?」

「ありがとう、エリン。だけど、天雷槍(パニッシャー)がどう関わっているのかのヒントになるかも知れないからね」


 ふたりの友に気遣われながら、王は初めての回帰から順番に語った。



 初めての回帰体験は、柔和工房博物館がリニューアルオープンした時だ。式典で祝辞を述べている最中に命を落とした。毒矢による暗殺だった。何度か繰り返した後で、同じ夢ばかり繰り返すのは予知夢だろうか?と思った。


 まずは式服の下に鎖帷子を着込んでみた。10歳用なので、職人がいらぬ気を利かせて軽くした。リーフィー王国の技術で軽いということは、金属の網目が粗いということだ。毒矢を防ぐことはできなかった。回帰のたびに改良してみたが、うまくいかない。首から上の保護は、戦場でもあるまいし、と叱られた。文化施設の祝典で鎧を着るわけにもいかず、身体保護の方向性は10歳の王には難しすぎた。


 次に警備強化を実行した。これも何度か失敗を繰り返した。幾度か無駄骨を折るうちに、内部の犯行を疑うようになった。10歳ながらに人々を観察し、ついに忠義の老騎士クレイグ・ゴードン卿を見出した。無事犯人を捕まえたが、黒幕の発覚と事後処理が幼いリチャードの心を痛めつけた。黒幕は、王族なのに病弱な家系は国にとって害であるとし、王位を狙った王母の外戚だったのだ。国の衛生面を司る大臣でもあるヒルトップ公だ。近衛騎士にも息がかかった者がいた。王母は実の息子リチャードのことを、祖父の処刑を命じる冷酷で恐ろしい子供として非難した。


「血を分けた祖父ちゃんに、そんなことされたのか。母ちゃんも母ちゃんで、わからずやだな。道理ってもんがあるだろうに」

「母君は今でも禁足だよ。怨みを募らせてるから、外部と自由に接触させたら何をするかわからない」

「王族ってな、大変なんだねぇ」


 血族の復讐に生きてきたエリンには、理解しがたい骨肉の争いだった。



 2回目の回帰体験は、城下町の視察時だ。リチャードは12歳だった。


「お忍びではない訪問は初めてだから、緊張するな」


 リチャードは、クレイグに分厚いマントを着せ掛けてもらいながらこぼした。ソーングリフローズを図案化したトリガー王家の紋章が、背中にどどんと入っている。


「慣れた町でございましょう?あまりご心配なされますな」

「普段通りってわけにはいかないだろう?老騎士の友人リッチーじゃなくて、国王としての訪問だからな」


 ふたりはその時、お忍びの時には起こらないリスクについて、よく分かっていなかった。警備は抜かりなく、護衛も手厚い。そう信じていた。だが、歩き慣れた市場街に差し掛かった時、事件は起きた。


「あがぁっ」

「うへぇ」


 王の脇に付いていた近衛騎士団員たちが、目を抑えて悶絶した。狭い通りの建物から、壺が飛んできたのだ。咄嗟に騎士団長が腕で払ったが、壺が割れてしまった。壺の中に入っていた液体は飛び散った。唐辛子のたくさん入った汁だった。


 市場街が騒然となる中、薄汚れた小男が少年王にぶつかった。


「えっ?」


 ぶつかられたところには、外国製のナイフが突き刺さっていた。次の瞬間、よろけるような足取りをしたその小男は、更に数回ぶつかってから走り去った。


「あれ?」

「陛下ーっ!」


 クレイグ卿の叫びが市場街に響き渡った。まだ身の細い王の脇腹、腹、太腿、胸、そして喉の真ん中に、派手な装飾が柄を飾り立てたナイフが、それぞれに刺さっていた。


 戻って来るのは暗殺される日の朝だ。事前の捜査は間に合わない。しかし今回は、壺が飛んでくる方向が分かっていた。視察が始まるより前に、怪しい建物に近衛騎士を配置した。壺は大人でも両腕で抱えるほどの大きさである。通りで持ち運んでいれば目立つ。投げるより投げ落としたほうが効果的だ。


 そのことからリチャードは、沿道の建物は上層階までくまなく巡視させた。結果、めでたく流れ者が捕縛された。ちょうど壺の水に唐辛子を大量に混ぜているところだった。この時の黒幕は、戦乱を起こし利益を狙う悪徳商人だった。ナイフの特徴から思い浮かぶ国は無関係であった。


お読みくださりありがとうございます

この下に挿絵がございます









老騎士クレイグ卿

挿絵(By みてみん)

 

居酒屋の三人

挿絵(By みてみん)

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