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死なれたら戻る  作者: 黒森 冬炎


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2 友情の芽生え

挿絵(By みてみん)





 その夜、控えの間に詰めていた当番騎士は老クレイグ・ゴードン卿だった。彼は地方領主の六男坊である。ゴードン伯爵家の現当主は、彼の甥だ。卿の称号を得る前のクレイグは、ただの伯爵家に生まれたやんちゃ坊主であった。


 クレイグは少年時代に遍歴へと飛び出した。武者修行の最中のことである。旅先の城塞都市国家シュロスアードラーで偶然、自国の友好使節団が山賊に襲われているところに出くわした。幅広の蛮刀が今まさに護衛隊長の首にかからんという刹那。クレイグは路肩の斜面から、山賊の上へと躍り出た。暗い赤色の服が青空に浮き出して見える。夕焼け色の髪を首の後ろで無造作に束ね、ブーツの靴底を見せて跳ねた。鉄色の剣が太陽を反射する。山賊は思わず眼を細め、クレイグの剣は蛮刀を払う。


「少年!やりおるな?」

「へっ、爺さん、危なっかしいから助けてやったんだよ!」


 山賊は手強く、護衛騎士の半数が死傷した。だが、クレイグの助太刀は流れを変えたのだ。リーフィー王国剣法という生真面目な太刀筋が、野蛮な山賊刀法に翻弄されているところへ、自由な発想のクレイグ少年が飛び込んだのである。


「こいつ!生意気な。して、いずくの悪ガキかの?」

「サニー領主ゴードン伯爵が六男、クレイグだ!爺さんは?」


 2人は似たような身長であった。老いてなお逞しい隊長と、成長期真っ最中の瑞々しい筋肉を持つ少年遍歴剣士。ふたりはピタリと背中を合わせる。


「友好使節団長レイノルド・ステイブルだ」

「よろしくな!レイノルドじいさん!国に帰ったら今日の礼に酒でも奢ってくれよ」


 数少ない仲間が使節団の馬車を背にして奮戦している。それを囲む山賊たちが四方八方から切り掛かっていた。


「酒?まだ早いわ岩小僧(クレイグ)。お前などミルクでも勿体無い。水で充分だ」


 憎まれ口を叩きながら、レイノルド・ステイブルは3人を一度に薙ぎ払う。


「ケチじじい」

「減らず口のガキめ」


 ふたりは同時に身を低め、前方にダッシュした。剣と蛮刀が火花を散らす。やがて護衛隊が優勢となり、山賊はめでたく成敗された。



 帰国後、レイノルド・ステイブルの推挙により、クレイグは近衛騎士団の入団試験を受けた。クレイグは、アレンジした剣法のため減点されてしまったが、それでも満点に近い点数を叩き出した。そうして若き日のクレイグ・ゴードン少年は、晴れて近衛騎士ゴードン卿となったのである。


 時は流れて、0歳のリチャード1世王が即位した。


「レイノルドじいさん、今度の王様は0歳なんだぜ」


 壮年クレイグは、歳の離れた友であり恩人でもあるレイノルドの墓に酒を注ぐ。


「俺の剣法は正統じゃねぇから、剣術師範には選ばれっこねぇけどよ」


 クレイグは酒瓶に口をつける。


「陛下が幼いからって侮られねぇように、誠心誠意お仕えするぜ」


 クレイグはまた、墓石に酒を注ぐ。


「レイノルドじいさん、見守っててくれよな!」


 幼いリチャードへの忠誠を誓ったクレイグ・ゴードン卿は、生涯その誓言を違えることがなかった。




 ひとしきり独りで泣いたリチャードは、控室の老騎士ゴードン卿を呼んだ。


「陛下」

「ゴードン卿。今日は良い働きをしたな。褒めてつかわす」

「陛下、勿体無い。わたくしめの采配は悪く、もし陛下のご指摘がなければ、賊を捕らえることは叶わなかったことでありましょう」


 老騎士は畏まる。その誠実な姿に、リチャードは心が多少は安らぐのを感じた。僅か10歳の幼年王がする提案を、侮ることなく受け入れたクレイグ。見せかけでは無い本物の忠誠心を、リチャードは心に留めたのである。


「なあ、ゴードン卿」

「はい、陛下」


 弱い心になっていた幼リチャードは、ふと老騎士に打ち明け話をしてみる気を起こした。理由はない。ただ、重い心を吐き出したかったのだ。


「卿は若い頃、諸国を遍歴していたのだそうだな?」

「はっ、左様でございます」

「それならば、不思議な話のひとつやふたつ、聞いたこともあろうな?」

「はっ、多少は、陛下」


 リチャードは軽く頷くと、クレイグ卿の老いた瞳をじっと見た。


「余がこの日を何度も繰り返し体験した、と申したら信じるか?」


 クレイグ卿は、はっとした。そして、深く頷いた。


「なるほど、それで得心が参りました」


 リチャードは意外そうに眼を見開いた。


「ほう?」

「遍歴時代、遥か西の岩山で、古今東西の奇書珍書をあつめた、奇書館(レアリティハウス)という場所を訪れたことがございます」

「左様か」

「はっ、陛下、左様でございます」

「続けよ」

「はっ。そちらの蔵書に、回帰者之記と題する列伝のような書がございました」

「なんと。余のような経験をした者が、他にも多くおるのか!」


 リチャードは小さな膝を乗り出した。



 それ以降、リチャードはクレイグ卿から遍歴時代の話を聞くようになった。初めは回帰者之記に書かれていた内容を知りたかっただけである。しかし、クレイグ卿の語り口は生き生きとして面白かった。生真面目な顔をしながら、大真面目に語るのだが、抑揚もあり感情も適度にこもっていたのだ。だから、リチャードは、回帰についての情報収集を忘れ、遠い異国の不思議な出来事を夢中になって聞くようになっていった。


「時に、陛下」

「なんだ?クレイグ卿」


 打ち解けてくると、クレイグ卿は気になることを王に直接尋ねるまでになった。


「回帰の間、わたくしめが陛下を裏切ったことはございませんでしたでしょうか?」


 忠義の人である彼はずっと、それが気がかりだったのである。


「ないぞよ」


 リチャード1世王は、満面の笑みで答えた。


「一度もないんだ。何度繰り返しても、いつでも、クレイグ卿は誠実で頼りになる式典警備隊長だった」



 そんなある日、リチャード1世王はクレイグ卿から市場街のことを聞いた。市場街は、リーフィー王国の城下町ソーングリフにある商業地区だ。市場街に店を構える者の中には、外国からやってきて住み着いた商人もいる。小競り合いもあるため、リチャードの視察はもう少し大きくなってからの予定だった。


「子供向けのおやつもあるのでございますよ」

「へえ。どんなのがある?」

「左様でございますね。例えば、干した杏の実に蜜で練ったナッツを詰めたものがございます」

「ほほう?城にはない食べ物のようだな?」

「はは。庶民のおやつでございますよ」


 この頃には、ふたりの表情は柔らかなものとなっていた。王と臣下の距離は崩さず、尚且つ親しみが滲み出していた。


「そのおやつを、目の粗い薄布に(くる)んで、首飾りのようにしたものも人気なのです」


 リチャードの銀色の眼が輝いた。リチャードは10歳だ。暗殺の日に回帰を繰り返したとはいえ、その総回帰数は一年間の日数にも満たない。まだまだ幼い心を持っているのだ。


「へええ!それは、気になるな!」

「名前は特になくて、ただ杏のおやつと呼ばれております」

「クレイグ、余はお忍びというやつを体験してみたいぞよ」

「左様でございますか?」


 老騎士は顎に手をあてて思案した。


「然れども、先生方からは、市場街の視察はもう少し大きくなってから、と伺っておりますが」


 リチャードはニヤリと笑う。


「ふふふ、それゆえ、オシノビなのだ」


 クレイグ卿ははたと手を打った。王の前では無礼な仕草だ。しかし、かつてやんちゃな少年剣士だったクレイグと、血を分けた祖父から簒奪を試みられて少し捻くれてしまった幼王リチャードである。その程度の無礼は許される間柄になっていた。


「はっ、陛下、左様なれば、近衛騎士団長とお話をなされては如何でしょうか?」

「禁止されないか?」

「騎士団長もあれで、なかなか融通の効く男でございますよ」

「左様か?」

「はっ、請け合います!」

「では早速、話をしようではないか」


 近衛騎士団長はやや面倒臭そうにやって来た。


「なかなかの難題でございますな?」

「それは百も承知であるが」

「お忍びとなれば、その地域の人々に溶け込まなければなりませぬ」

「うむ、当然であろうな」

「近衛には市場街出身者はおりませぬが、幸いこのおいぼ、いえその、騎士ゴードンが下町に慣れておりまするゆえ」

「それは朗報だ。ぜひともクレイグ・ゴードン卿を同行させようぞ」



 それから数年後、リチャードは別の暗殺者に遭遇した。この時もまた、彼は回帰を体験した。


「そういえば、意識を手離す瞬間に、強烈な黄緑色の光が見えた。倒れる時、胸元から飛び出したペンダントが光ったようだった」


 それは、リチャードが毒矢で暗殺される少し前に手に入れたものだった。偶然手にしたそのペンダントに古代魔法文字を見つけて、リチャードは大切に持っていたのだ。


「ペンダント、でございますか」

「また、そんな堅苦しい!2人きりの時は砕けた話し方にしろと言っているだろ?」

「はは、ええ、そうでしたね。で、そのペンダントとは?」

「あれ?見せたこと無かったか?」


 リチャードは老騎士クレイグにペンダントを見せた。


「フィアレスウッドで嵐に会ってね。洞窟で雨宿りをしていたんだよ。その時、岩の割れ目で光ってる物を目にしたんだ。近づいてみたら、これだったのさ」

「無闇に拾い物をなされると危険ですよ?」


 クレイグ卿は嗜めるように言った。


「そりゃあそうだけどもね。ちゃんと観察してから手に取ったんだよ」


 老騎士クレイグ・ゴードンは、子供を疑う祖父のような目つきを国王へと送った。


「ここに、ほら、古代魔法文字があるだろう?ひとつは柔和工房(テンダーワーカーズ)、もうひとつは、ちょっと解らないんだけど」

「城の古文書に無い単語のようですな?どうです?レアリティハウスに行ってみますか?」


 リチャードは一瞬好奇心を見せた。が、すぐに思い直す。


「いや、駄目だよ。レアリティハウスは遥かな西の地にあるのだろう?王が国を空けていられる時間には限度がある」


 それを聞いてクレイグは皺だらけの顔に益々皺を寄せて笑った。


「その点はご心配なさらず」

「うん?なんだ?」


 リチャードは不審そうにクレイグを伺う。


「ご訪問なされたいんですよね?」

「いや、うん、まあ、そうだが」

「では、ご案内致しましょう」

「えっ?今から?すぐに?」


 リチャードは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔つきになった。


「はい、すぐです!こちらへどうぞ」


 クレイグはニヤニヤしながら、仲良しの王様を案内した。


お読みくださりありがとうございます

この下に挿絵がございます









若き日のクレイグ・ゴードン卿

挿絵(By みてみん)

 

友情の芽生え

挿絵(By みてみん)

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