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死なれたら戻る  作者: 黒森 冬炎


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1 巻戻る王様

挿絵(By みてみん)





 リーフィー王国は、緑豊かな小国である。西に広がる大草原も国土としてはいるが、その地域は未開の辺境地帯だ。国民が暮らすのは、東部の丘陵周辺である。皆が幸せに過ごしていたが、王族が虚弱体質なのが悩みの種だった。代々の王族はみな早世してしまう。特定の遺伝病ではない。徐々に体調を崩し、さまざまな病気に悩まされるようになる。たとえ体格が良くとも、例外にはなれなかった。そんな状況なので、医学や薬学には国の手厚い支援があった。


 王族は多くの国で、世継ぎの為に婚姻を早める傾向にある。リーフィー王国では尚更である。先王は、現王が生まれて間も無く崩御なされてしまった。現王はひとりっ子だ。異例の0歳即位で、枢密院が団体で摂政職に就くこととなった。つまりは、制度そのものは変化させず、新しい権力を造らなかったのである。ただ、王が0歳ではアドバイスだけの仕事は存在し得ない。当然ながら代理立案も行う。それでも枢密院は悪政を行わず、国民は穏やかな日々を過ごしていた。


 そんなわけで、リーフィー国王リチャード・トリガー1世は誠実な家臣団に守られて、すくすくと育っていった。


 リチャードが10歳になった頃、リーフィー王国ではひとつの話題が注目を集めた。国の考古学施設である「柔和工房(テンダーワーカーズ)」が長い改修工事を終えたのだ。この施設は、古代魔法文明と呼ばれる時代の遺物である。ここが発見され博物館になったのは100年程前の出来事だった。この施設は、首都ソーングリフ郊外にある森フィアレスウッドの中にある。


 リーフィー王国で人が住む地域は限られているので、田舎町からでも気軽に首都まで来ることができた。国民はフィアレスウッドを始めとする各地の森から豊かな恵を受けている。観光旅行に出かけるゆとりは、誰にでもあった。柔和工房もまた、国中から観光客が訪れる人気施設である。


 新装オープンの記念式典は、10歳の国王も出席した。国王を一目見ようという観光客で、フィアレスウッドはいつになく賑わっていた。


「わあ、なんて豪華な馬車でしょう」

「おじいちゃん、国王様のお馬車だね?」

「そうだね、立派だねえ」

「花に精霊に、あれはなんでしょうか?」

「龍ではないでしょうか」

「おじさん、あれが龍なの?鱗が虹色なんだねぇ」


 豊かな森林資源を活かした国王の馬車には、精巧な木彫り飾りが施されていた。植物や動物、伝説の中に登場する精霊や霊獣が鮮やかな彩色を施されて馬車を飾っていた。


 馬車は軽快に森の道を進み、何事もなく工房に到着した。母である前王妃に伴われ、護衛の近衛騎士団に護られた幼いリチャード1世王が降車場に姿を現した。リーフィー王国には王太后制度がないので、母は実権を持たないただの隠居だ。王太母や王太后など現王の母となった前王妃に対する称号を定める国では、母親が絶大な権力を握る場合がほとんどだ。この国では家臣団が強かったので、そうした実権と結びつきやすい称号はなかった。


 幼い王に権力を持たない母が寄り添う姿は、親子の情を国民に見せる為でもあるのだ。王室に人気があれば、少なくとも庶民から国への不満は抑えられる。もっとも、降車場は国王専用である。国民が国王の姿を見るには、式典の時まで待たねばならない。防犯のためだ。降車場は護衛と同行王族のみに使用が許されていた。建物ひとつが降車場となっている。車庫は別にある。


 がっしりとした扉は、馬車が入った時に閉ざされたままだ。別の出口から専用通路を通って控室へと向かう。リチャード幼王は豪華な子供椅子に腰を落ち着け、差し出された水を受け取った。重みのあるゴブレットから一口飲んで、警備隊長に顔を向ける。


「クレイグ・ゴードン隊長、巡回の当番表はあるか?」

「はっ、こちらに」


 隊長は、近衛騎士団所属の老騎士である。式典警備に詳しいため、今回の大役に抜擢された。


「うーん、立っているだけの人はずっといるが、巡回は定時だけなのか?」

「はっ、巡回実施の間隔は、会場をくまなく巡視できる時間を元に算出いたしました」

「つまり、途切れず巡回に出ている、ということか?」

「はっ、左様でございます」


 リチャードは銀色に輝く眉を寄せた。老クレイグの額に緊張の皺が現れる。


「一回ごとのグループは、一塊になって巡視するのか?」

「はっ、五人ひと組で行動致します」

「一回ごとにひと組ずつ?」

「はっ、左様でございます」


 老クレイグの声が微かに上擦った。


「ふむ。人員にゆとりはあるか?」

「はっ、不測の事態に備えて、予備隊と待機班も到着致しております」

「では、定期巡回と同時に、不定期に、ルートを決めずに巡視することも可能だな?」

「はっ、直ちに手配致します」

「連絡専門の隊員も複数走らせられるか?」

「はっ、直ちに配備致します」

「配備が終わったら知らせてくれ」

「はっ!」


 クレイグ・ゴードン隊長は、蒼褪めつつも品位を保った足取りで控室を後にした。


「ずいぶん厳重なのね?」


 母がリチャードを宥めるように話しかけた。リチャードは眉を寄せたままである。


「悪夢を見たのです」


 リチャードは短く答えた。


「悪夢を?不安なのね?大丈夫よ。警備は近衛のベテラン騎士から選抜されているのだもの」

「それでも、念には念を入れたほうが宜かろうと思うのです」

「それで陛下がご安心なさるなら」


 母は臣下の言葉になって、諦めたようにため息をついた。リチャードは、つい昨日まで真面目で優しい子供だったのに。悪夢を見て不安になったにしては、落ち着いた指示だった。誕生日と建国記念日以外では、今日が初めての大舞台だ。王城の外で行う式典への出席は、正真正銘初めてである。この日を迎えて、10歳の息子が急成長したように見えた。母としてだけではなく臣下として接しなくては、と改めて心に決める王母であった。



 国王挨拶の時間がやってきた。リチャードは花で飾られた舞台に立つ。緊張した面持ちだ。貴賓席からは王母が心配そうに見守っている。リチャードの表情は、緊張を通り越して恐怖の色にも見えた。


「この場に集いし皆の衆」


 リチャードは背筋をピンと伸ばして、定形通りの挨拶を始める。だが、目線がおかしい。会場の一点に固定されているのだ。鋭くもあり、また怯えたようでもある。声も心なしか震えているようだ。気になった王母は、幼い息子の視線の先を追った。


「わが国が誇る柔和工房の新たなる出発を共に祝えることは、誠に喜ばしい」


 震えそうな声をぐっと抑えて、10歳の国王が懸命に祝辞を述べ始めた。リチャードが注視していた場所では、群衆に紛れてフード付きの長いマントを着た人物が微かな動きを見せている。


「遥かな昔、優れた技術を持つ職人たちが、この工房を運営していた」


 リチャードは原稿を持たずに堂々と語る。マントの人物は、フードを深く被っており顔が見えない。小さな動きでマントが揺れる。腕を持ち上げたようだ。近くにいた巡回員が3人、人混みを縫って素早く近づく。リチャードは一瞬、ぐっと唇を引き結んだ。フードの奥で凶暴な眼が光る。腕はマントを払って完全に現れた。反対側の手が腕に添えられる。


「尊敬すべきこの先人たちは、今はもういない」


 段上の幼い王の演説を、多くの国民が心中応援している。フードの人物がいるあたりでも、人々は王にだけ注目していた。マントから出た腕は、リチャードに向けられている。その手には、小型の弩が握られていた。


「我等の研究はまだ彼等の英知を全て解き明かすには至っていない」


 次の瞬間、数人の巡視員がフードの人物を取り押さえた。周辺の人々は一瞬そちらを向いたが、警備隊が速やかに犯罪者を連行したので、興味はすぐに失われた。


「我等の研究はこれからだ。皆の中から必ずや古代の謎に挑みその真髄へと至る俊英が現れることであろう!」


 会衆は拍手した。子供達は、我こそはそのシュンエイとやらになってやろうと目を輝かせた。内容は殆ど解らなかったが、何か期待されていることだけは感じ取ったのだ。


 その日、群衆の中で捕まった男は毒矢を持っていた。暗殺は事前に防がれたのだ。警備強化が功を奏したのである。


「陛下、どうぞお慈悲を」


 王母はガタガタと震えながら、幼い我が子の前に跪いていた。毒矢の男は、リチャード1世王の外戚すなわち王母の生家が抱える、射手だったのだ。リーフィー王国600年の歴史上、初の謀叛事件である。


「なんといっても、ヒルトップ公は陛下の血を分けたお祖父様なのですから」

「余も公の血を分けた孫だが?」

「陛下」


 王母は、見知らぬ冷たさを放つ我が子に恐怖した。リチャードは10歳だからこそ、深く深く傷ついている。王母はそこに思い至れなかったのだ。国王暗殺は彼女の預かり知らぬことだった。調査結果を突きつけられても、どこか現実味がなかった。一方で、自分の父親が叛逆罪で処刑されると聞けば、家族なのになぜ酷いことができるのだろう、と幼い我が子の心根を怪しんだ。



 王家の嫡流も傍流もリチャードひとりを遺して絶えている。ヒルトップ公の考えはこうだ。


「身体にせよ精神にせよ、弱い王室など国の害にしかならぬ。多産で頑健なわが一族から王家に娘を送り込んではみたものの、嫡子ひとりを遺して先王は崩御なされた。孫もやはり身体が弱い。いっそ完全に根を断ち、現王の外戚であるヒルトップ一族が王朝を開く」


 10歳のリチャード1世王は、祖父が展開する論理の飛躍についていけない。


「狂信的国益主義とでも申そうか」

「陛下、ご英断を」

「解っておる、枢密院議長。我が国始まって以来の謀叛の罪だ。死罪は免れまい。良き祖父だと思っていたのだがな。残念なことだ」


 枢密院の助言で、処刑は秘密裏に行われた。国民に混乱を起こさせない為、ヒルトップ公は病死として処理されたのだ。ただし、再発防止の為、ヒルトップ一族の身分は密かに剥奪され、移住の名目で国外追放となった。王母も禁足となり永劫自室謹慎の身とされた。



「母君様、きっとお信じくださることはございますまいが、余はこの日を幾度となく繰り返したのですよ。初めはただ悪夢だと思い気に留めずにおりました。ですが何回も繰り返されますとね、悪夢であろうと現実であろうと、毒矢に撃たれて悶死する経験は二度としたくないと思うようになるものなのですよ」

「リチャード、何を言い出すのです?」

「ええ、解っておりますとも。誰がこんな荒唐無稽な話を信じるものですか」


 リチャードは暗い顔で俯いた。


「衛兵。母君をお部屋までお送りせよ」

「はっ!」

「リチャード?まだお話がございましてよ?」


 幼いリチャード1世王は、背中を向けて扉が閉まるのを待った。母と茶を飲む為の居心地の良い部屋に、銀髪の子供がポツンと取り残されていた。いつしか彼の肩が小刻みに震え出す。く、く、という嗚咽が漏れる。


「く、ひっく、うわぁぁぁぁ」


 分厚い扉や壁に吸い込まれて、幼い王の悲鳴にも似た鳴き声は外に漏れることがなかった。


お読みくださりありがとうございます

この下に挿絵がございます






怯える王

挿絵(By みてみん)


ひとり泣く幼王

挿絵(By みてみん)

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