表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死なれたら戻る  作者: 黒森 冬炎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/21

18 工房復興への第一歩

挿絵(By みてみん)





 地下へと続く階段の光る壁が、リチャードたちが立つ廊下も照らしている。ふたりは黙って階段を覗いて待つ。


「入庫証を作らないと、一族以外は入れないみたいだよ」


 戻ってきたエリンが告げた。


「けど、すぐ出来そうだから、展示品でも見学しながら待ってて」

「分かった」


 リチャードは素直に頷いた。


「手間をかけるな、エリン」


 クレイグ卿は労いの言葉をかけた。


「手間ってほどじゃないよ。すぐ出来るさ」


 一旦、エリンは地下書庫に戻った。エリンに渡された浮かぶ灯りがあるので、夜の展示室は明るかった。リチャードとクレイグは、見るとはなしに展示ケースを眺めていた。言葉の通り、エリンは程なくして小さな長方形の木札を手に姿を現した。「柔和機構」「入庫証」という文字が刻まれていた。その下に、それぞれの名前と肩書きが記されている。更に下に、発行年月日と発行者の名前が記されていた。


「入庫証のストックがたくさんあったからね。登録済みのやつだけじゃなくて、未使用のやつも多かったんだよ。入庫希望者は一族の誰かと一緒に来て、この入庫証を作るんだ。入庫する時は、保管されてる入庫証を受け取る仕組みだね」

「そのシステムなら、信頼出来る知り合い以外は入れないな」

「その通りさ。発行の手引によると、発行者が同行しないと入れない」

「よほど貴重な資料が保管されているのだろうな?」

「そうだね」


 3人は、まだ見ぬ資料と出会える期待に胸を高鳴らせた。



 書庫に入った一行は手分けして資料を探した。ここにあるのは、みな柔和機構に関連する資料ばかりだ。書籍型、巻物型、竹簡型、石板型、陶板型など、形状ごとに分類されて棚に納められていた。幅広の浅い引き出しには、一枚ものの資料が入っていた。こちらも紙、皮、布などの素材別にまとめられている。


「手紙があったよ」

「古そうだな」

「保護液と塗布装置が発明される前のものだろうね。かろうじて崩れる前に保護できたみたい」


 エリンが取り出した手紙には、レフの歌った民謡を裏付ける記述があった。残念ながら、リーシャ本人のものではない。北の大陸を旅した人物が、森で待つ家族に送ってきた手紙のようだった。


「スクーシュナ帝国には、一族の血を継ぐ人たちがけっこういる。昔、森から来たリーシャという人が定住したそうだ。リーシャはこちらの人と夫婦になったんだ。民謡にまでなる劇的な出会いをしたみたいだよ。一対の婚約記念品が、この大陸最古の機構だと聞いた」

「この時代には、まだ柔和機構とは呼ばれてなかったんですな」


 読み上げるエリンに、クレイグが口を挟んだ。


「そうみたいだね」


 エリンの相槌に、リチャードも頷く。


「テンダーアートという呼び名は、研究者がつけた名前だからな」

「もっと正確に言えば、自称研究者だね。虐殺後に遺跡という触れ込みで、世界に向けて発表しただろ?建前上調査隊が組まれたんだよ」

「それも記録があるのか?」

「直後のものはない。口伝だけなんだ。記録装置を回収するのが精一杯だったんだろうよ」


 工房で起きた惨殺の後、新しく装置を設置する余裕はなかったようだ。外出から戻り物言わぬ家族を見つけた末の妹は、ごく普通の技術者だ。無我夢中で記録装置を集めて、血腥い現場から飛び出したのだろう。見つかれば命が危ない。ぐずぐずしている暇もなかったと想像できる。



 エリンが続きを読み上げた。


「片方は一見安物の鉄槍で、名前は天雷槍(パニッシャー)という。もう片方はペンダント型だ。緑色の宝石が付いている。これには逆天鎖(ファイトバック)という名前が付けられている」


 手紙によれば、一対の道具はどちらも帰属アイテムだ。落としても無くしても手元に戻るし、持ち主しか使えない。縁ある者が自然死した時にアイテムは消失する。次の持ち主と出会うまで行方不明になるのだ。


「目眩しまで組み込まれてたのか」

「気づかなかったのか?」

「口伝にはなかったし、この槍を拾った時にも解らなかった。かなり巧妙な作りになってるね。もっとよく調べてみないと」


 エリンは入口近くの壁に立て掛けておいた鉄槍に目をやった。


「手紙はそこまでか?」


 クレイグがエリンの手元を覗き込む。古ぼけた神の上には、見慣れない文字が並んでいた。現代のリーフィー王国文字とも古代魔法文字とも違う。エリンの家系には読み方が伝えられて来たらしい。


「もう少し続きがあるよ」

「何が書いてある?」

「陛下、今読むよ」


 手紙の続きはこうだった。


「持ち主が不慮の死を遂げると、ふたりともその日の朝に戻される。あまり前に戻ると、不確定要素が増えて生存確率が却って下がるからである」

「そうだったのか」


 リチャードは複雑な顔をした。もっと前に戻してくれたら準備が出来るのに、と毎回恨んでいたのだ。だが、準備の過程で暗殺者に情報が漏れることも考えられる。そうなると、暗殺の方法も日時も場所も変更されてしまう可能性が高い。対策は難しくなるだろう。


「理由があったんだね」

「回帰前には会わなかった人に会うことで、思わぬところに行動の変化を引き起こす場合もありそうですな」

「人だけではないかも知れぬ。虫や犬猫、植物や体に当たる風に至るまで、変化が起きる場合がありそうだ」


 それまでは、リチャードの行動が周りの人間に変化を呼び起こすことがなかった。だが、目につかないところで何かが変わっていたのかもしれない。少なくとも、リチャードが生き延びたことにより、回帰後の世界ではトリガー朝は終焉を迎えることなく続いている。


奇書館(レアリティハウス)にある回帰者之記には、10年くくりのループからなかなか抜け出せなかった例があったな」

「そりゃ嫌だねぇ」


 10年の努力や成果がすべて無かったことになる。


「確かに、その人は色々な変化にも苦労していたな」

「あたし達はまだマシだってことか」

「そうみたいだな」



 翌日、4人はエリンの家に集まった。エリンの住まいは、家というより小屋と言ったほうが相応しい。4人も入ると狭苦しかった。小さなかまど、買い直した家財道具、素材や工具が入った木箱がいくつか、何にでも使うテーブル、椅子は一脚だけ、そしてベッドがある。


「作り始める前に、萬言華(トーカー)をよく見せてくれるかい?」

「いいよ」


 レフは気軽な様子で掌に載る大きさの木製道具を取り出した。暖かみのあるピンク色に塗られている。形はソーングリフローズの花に似ていた。花弁の一枚に、「柔和工房(テンダーワーカーズ)」「萬言華(トーカー)」と刻まれている。古代魔法文字だ。


「止めてみて」


 エリンに言われて、レフは指先で文字を末尾からなぞった。菫色の光が後ろから単語を書いてゆく。最初の文字まで辿り着くと、花弁が閉じ始めた。みるみる華は蕾になり、更には境目がわからないつるつるの木球になった。


(エリンと光の色が違うのだな)


 リチャードは、エリンが風布杉(ウィンドマント)を起動した時に見た橙色の光を思い出す。


(エリンの色は温かく朗らかで美しかった)


 思いながら、リチャードはちらりとエリンを盗み見た。エリンは視線を感じて、ふっと頬を緩めた。



 トーカーを止めると、レフと3人は言葉が通じなくなった。


「ゴドノフが柔和工房の一族であることは確かだな」

「そうだね。間違いないよ」


 エリンが手を伸ばして、再びトーカーを起動した。レフも特に抵抗を見せない。


(やはりエリンの色のほうが好ましい)


 普段は厳格そうなリチャードの眼光が、少し和らいだ。


「それで、どんな道具を作らせてくれるんです?」


 レフが人懐こい笑顔で聞いてくる。


月夜茸(ランプ)はどうだい?」

「あ、従兄弟の家にある!燃え尽きない灯りですよね?」

「知ってるなら話は早い。工具と材料は家にあるから、すぐ始められるよ?」

「作りたい」

「じゃ、ちょっと待って」


 レフは難なく月夜茸を仕上げた。燃えない加工をした布で作る茸の形が、少し歪だ。だが、問題なく作動する範囲であった。


「これを改良して浮かべることも出来るよ」

「へえ!今度また教えてくださいよ」

「いいよ。ただ、あたしがワーカーズの末裔だってことは、秘密にしておいて欲しい」

「んん?なんでまた?」

「この国では血筋が絶えてることになってんだよ」


 エリンがリチャードのほうを向く。青年王はしかつめらしく頷いた。


「100年前のことなんだけどね」


 エリンから事件を聞いたレフは、青褪めてしばらく口をつぐんでいた。それからふと気づいて、壁際の槍をまじまじと見た。


「パニッシャーって書いてありますねえ?リーシャの?」

「そうみたいだね」

「ペンダントと槍は、どちらかの持ち主が不慮の死を遂げたらふたりで過去に戻り、他殺なら槍が下手人を裁く、って聞いてます」

「民謡より詳しく伝わってるんだね」

「ええ。そこまでは開示しないことになってんですが、槍が選んだ縁あるお人なら、むしろ話しといたほうがいいでしょ?」

「ありがとう」

「礼を言うぞ」

「へ?なんでリッチーさんが?」


 リチャードは身分を証し、逆天鎖を取り出して見せた。


「うわあああ!揃ってるとこを観られるなんて!しかも、仇同士のおふたりが仲良くなったきっかけだったなんて!」

「歌にはするなよ?いや、してもいいが、まだ発表するんじゃないぞ」


 国難の話は流石に伏せる。だが、100年前の真相を発表する準備を進めていることは伝えた。


「こいつぁすげぇや!おっと、失礼致しました、陛下」


 レフは民謡歌手の血が騒ぐ。新しい伝説となりそうな題材が飛び込んできたのだ。しかも自分は外野ではない。遠い国から一族の末裔がやって来て、100年来の因縁が消えて無くなる現場に立ち会う。なんともドラマチックな役柄である。


「楽にせよ。今はリッチーだからな」

「へへっ、そうですかい?」


 レフは国では人気の歌手であり、高級品を身につけている。富裕層や貴族との交流もあるようだ。末端とはいえ皇族の血を受け、身分差を意識する環境で生きて来た筈だ。それにしては随分と馴れ馴れしい。まるで酒場の(あん)ちゃんである。


「レフはとても高貴な血を受けた人間とは思えないな」

「ひでぇや、クレイグ卿」


 リチャードが破顔し、4人は声を立てて笑った。



「ところでレフ、リーフィー王国にはいつまで?」

「もう何日かはいるつもりですよ」


 翌日も、レフは製作体験にやって来た。3人とすっかり打ち解けて、レフは、帰国して工房復興の参加希望者を募集する役を引き受けてくれた。本人もかなり興味が湧いたようだ。次に工房を訪問する時には修行を始めたい、と申し出た。エリンも受け入れたので、3人は食事をしながら和やかにこれからの相談をした。


お読みくださりありがとうございます

この下に挿絵がございます









ペンダント

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ