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死なれたら戻る  作者: 黒森 冬炎


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17 萬言華

挿絵(By みてみん)





「さあさあ皆さん!ところでひとつ、ここにも不思議なことがありゃあしませんかねぇ?」


 レフの陽気な問いかけに、客席には好奇心が渦巻いた。


「ははっ、皆さん、お分かりにならない?」


 きょろりと人懐こそうな眼を動かして、レフは客席を見渡した。


「それでは、お話致しましょう!」


 レフは大袈裟に手を広げた。


「ねえ、皆さん?遠い北の民謡を、どうして理解出来るのですか?」


 観客は狐に摘まれたような顔をした。


「遥か彼方の氷の国で語られるスクーシュナ語の民謡ですよ?」


 客席はざわめいた。


「ふふっ、祖先から引き継いだ不思議な道具があるのです」


 客席は、冗談だと思って笑った。しかしエリンたちはレフが柔和機構を使っているのだと確信した。


「おや?リーフィー王国はわが祖先の故国なのに、テンダーアートをご存知ない?」


 客席がどよめいた。エリンは壁に立て掛けていた鉄槍に手を伸ばす。


「しがない旅の歌い手のささやかな秘密でございますから、みなさん、しーっ、内緒の話にしておいてくださいましよ?」


 半信半疑の観客は、顔を見合わせながら拍手した。


「さあ、これで歌もお話もお終い!さよなら、皆さん。またいつか!」


 レフは丁寧にお辞儀をすると、カラフルな帽子を脱いで差し出した。人々は楽しそうに銅銭を投げ入れてゆく。


「おお?これは気前の良い」


 銀貨を投げる人もいたようだ。テーブルを回るうちに、飲み物や食べ物も渡された。最後にやってきた隅のテーブルには、リチャード、クレイグ、エリンの三名が拍手をしながら待ち構えていた。



 笑顔で手を叩く3人に、レフは一瞬身構えた。


「あっ、騎士団のみなさん」


 レフは、リチャードのこともただの騎士だと思っていた。王様だとは思いもよらない。3人はお忍びなので、特に訂正もせずに応答した。


「ゴドノフさん、こんばんは」


 リチャードが真っ先に口を開いた。


「こんばんは」

「素晴らしい歌でした」


 リチャードは、差し出された帽子に銅貨を入れる。現在の服装に見合った金額を選んだのだ。


「ありがとうございます」

「先日は失礼した。我が国は小国ゆえ、安全面には神経質になりがちなんだ」


 リチャードはまことしやかに言い訳を述べた。実際には、リチャードの回帰がなければセキュリティはなおざりにされていた国なのだが。


「話しかけただけで騎士に囲まれてびっくりしましたよう」

「すまなかったな」


 クレイグ卿も頭を下げた。


「ゴドノフ、あの日は洞窟で何してたんだい?」


 エリンは鋭い目付きで質問した。レフはあの日、洞窟の奥から出てきたのだ。洞窟は地底湖へと続いている。地底湖は、柔和機構に使う鉱物の中でも、特に希少な物が採れる場所だ。ごく僅かだが、古代龍の鱗も落ちている。


「自分のルーツを辿る旅ですからねえ。フィアレスウッドの散策くらいしますよ」

「何か拾ったか?」


 リチャードに問われて、レフはポケットから小石を取り出した。一部分が濃い紫色に光っている。


「綺麗な石だなと思って拾ったんですけど、まずかった?」

「エリン、博物館に保管されている石に似ているな?」

「そうだね」


 レフが拾ったという石は、柔和機構の素材となる物だった。


「やっぱりそうですよね?気になってたんですよ。同じ物なんじゃないかなあって」

「先祖から素材については伝わっていないのかい?」

「伝わってるのは、出来上がった道具だけですねぇ」


 レフは残念そうに言った。言いながら、ポケットから彩色された木彫りの薔薇を取り出してみせた。



「ご先祖から引き継いだ柔和機構は、その萬言華(トーカー)だけかい?」


 レフが使っている自動翻訳機は、奇書館の所蔵資料に掲載されていた。万能翻訳機で柔和機構となれば、思い当たるのは萬言華である。


「さすが本場だなあ。どこへ行っても言葉が通じる道具の形と名前を知ってるんですね」

「我々は愛好家だからな。柔和機構は今じゃ起動出来る人がいない道具だ」


 嘘はついていない。リチャード1世王とクレイグは、研究者ではなかった。専門家ではないが興味を持ち、資料を探し、復元する。愛好家と言っても差し支えないだろう。エリンは研究をしているが、我々に誰が含まれるかは明言していないのだ。


「起動できる人がいない?」


 レフには意外だった。遠い国に住む末裔でも使える柔和機構である。先祖の故郷に来れば、普通に使われているのだろうと予想していたのだ。


「そうだ。技術の伝承は途絶えている。工房で働く技術者たちは、もういないんだ。工房も100年前から遺跡として扱われている」


 リチャードが選んだ慎重な表現に、エリンは感謝した。100年前の強欲な王が遺跡だとして発表したのは、柔和工房の生き残りを狩り出す為なのだ。工房は古代遺跡では無い。建物は本来の使い方から外れて博物館となった。元々は、他民族に占拠された建物、というだけの場所である。遺跡だとされた当時にも稼働していた。「扱われている」という表現には、真実が含められている。加えて、現在工房で働く技術者がいないのも事実だ。エリンは厳密には外国人技術者だ。そしてこの地で弟子をとっていない。リーフィー王国内で技術の伝承はされていない。更に、血が絶えたとは言っていない。リチャードの返答はすべて本当のことであった。


「故郷では血筋が絶えてしまったのかあ」


 レフは衝撃を受けている。リチャードの言葉を素直に受け取って、技術者がいなくなったと解釈したのだ。


「残念だなあ」


 遠い血縁者と会える期待も抱いていたようだ。


「それじゃ皆さんは、柔和機構を作れても動かせないってことですか?僕とは反対ですねえ」

「素材が伝えられてないってことは、作り方も伝わってないんだね?」


 エリンが口を挟んだ。


「そうなんですよ」

「手入れはしてるんだろ?」

「それは教わりましたけど、作り方は知りません」


 エリンたちは顔を見合わせる。リチャードが軽く頷いた。エリンがレフに向き直る。


「ゴドノフさん、作ってみたくはないのかい?」

「作れるんですか?そういえば、おふたり、材料集めてましたもんねぇ」


 レフが声を弾ませた。ガタリと音を立てて椅子を引き、一同の席に加わった。本格的に話をするつもりのようだ。帽子の中に溜まった硬貨を、いそいそと銭袋に移し替えている。



 レフの話によると、スクーシュナ帝国には現物がいくつか遺されている。リーシャの子孫がそれぞれに保管しているという。長い年月の中で、幾つかは現物が失われてしまい口伝だけになった。


「てことは、スクーシュナ帝国には、今でも柔和工房の子孫がいるってことだね?」


 エリンは、朗報を聞いて明るい表情を見せた。


「ええ。だいぶ血が薄くなった僕も含めて、たくさんいますよ」

「そりゃいい。工房の再興に光が見えたな、エリン」


 喜んだリチャードが顔を向けると、エリンも嬉しそうに微笑んでいた。一瞬、視線が溶け合い、すぐ気まずそうに目を背けた。


「スクーシュナ帝国の親戚には、自分で柔和機構を作ってみようって人はいなかったのかい?」

「昔は作り方も伝わってたみたいだけど、材料が手に入らないですから。作ろうって気を起こす奴は自然に居なくなったんです」

「そりゃそうか。材料がなくちゃねぇ」

「工具は?残っているのかね?」


 クレイグ卿が尋ねた。


「本家にだけはあるそうだけど、僕は遠縁も遠縁、本家なんて近所を通ったこともないや」

「そうか。本家に声をかけて貰うのは難しそうだな。工房の再興に興味を持ちそうな親戚に心当たりはあるか?」

「どうかなあ?交流がある親戚のなかで、道具を使ってる奴は殆どいないしなあ」


 遺されている道具はどれも、日常的に使う種類のものではなかったのだ。起動方法を覚えない子供もいる始末だった。レフも旅に出ることがなければ、萬言華(トーカー)を使う機会はなかっただろう。


「僕は民謡歌手だけど、教えて貰えるなら、柔和機構を自分で作ってみたいですねえ」

「明日、このメンバーで家に集まれないかな?」

「そりゃいい」

「そうしよう。どうだ?ゴドノフ?」


 エリンの提案は、すぐに受け入れられた。


「教えてくれるんです?」

「簡単な物を作ってみるかい?」

「はい!作りたいです!」



 レフと別れて、3人は柔和工房博物館へと戻る。とっくに閉館して、職員も帰った後だ。クレイグ卿がいるので何の障害もなく中に入った。扉はどこにでも開かれる。


「同じ石だな」


 リチャードはレフから借りた濃い紫色の石を、展示品と見比べる。


「どんな道具に使う素材だ?キャプションにも素材?としか書いてないが」

「紫色のところを削って粉にするんだ。他の粉と混ぜて力を通すと強く発光するんだよ。森の川底石を使うより明るく光るよ」


 エリンはこの説明をする為に、石を借りてここにふたりを連れて来たようだ。


「明日レフに製作体験をして貰うのは、灯りにしようと思うんだ」

「よい案だと思う。自分で拾った素材を生かせるのは、嬉しいのではないか?」

「先祖の故郷での良い想い出になりそうだ」


 リチャードとクレイグからの賛同を得て、エリンはひとまずほっとした様子を見せる。



「もうひとつ、話があるんだ」


 言いながら先に立つエリンの後について、一行は廊下に出る。建物は改修されているが、一部に旧いままの壁もあった。


「ここ、書庫って書いてあるだろ?」


 壁の下の方に、古代魔法文字が刻まれていたのだ。


「ここは職員通路だから、この前ここに来るまでは知らなかったんだけどさ」


 そう言いながらエリンが文字に力を通すと、壁の一部が横に動いて、地下へと続く階段が現れた。エリンは工房の子孫だが、現在の博物館とは無関係な人物だ。リチャードと工具を借りに来るまでは、職員エリアに入れなかったのは当然である。


「あ、気をつけて、いや、待ってて」

「えっ?」


 リチャードは、エリンに続いて階段を下りようと足を前に出していた。


「わあっ!」


 リチャードはサッと足を引っ込める。壁から光線のようなものが飛び出したのだ。リチャードが足を載せようとしていた石段に、針穴程の焦げ痕が付いた。


「陛下!」

「いや、大事ない。防犯システムだな?」

「そうみたいだね。これのことは、口伝に無かったから油断したよ。悪かったね」

「気にするな。仕方のないことだ。この先にある書庫には、一族の者しか入れないんだな?」

「階段の下に解除装置があるかどうか見てくるよ。少し待ってて」


 言い置いて降りてゆく階段は、充分に明るい。壁が発光しているのだ。素材の特性なのか、壁そのものが柔和機構なのかはわからない。後で聞いてみよう、とリチャードは思った。


お読みくださりありがとうございます

この下に挿絵がございます








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