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死なれたら戻る  作者: 黒森 冬炎


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10 流れ矢

挿絵(By みてみん)





 3人は城に戻ると、巡回騎士団本部にある証拠品保管庫に出向いた。


「陛下?」


 受付に立つ当番騎士が何事かと目を剥いた。巡回騎士団長に話を通さず、いきなり訪問したのである。説明が面倒だからだ。


「楽にせよ」

「はっ」

「見たい証拠品があって来た」

「はっ!では、恐れながら、こちらの申請書にご記入をお願い致します」


 カチコチになりながらも、当番騎士は敏捷な動きを見せた。国王であろうとも、なんらかの事件の証拠品を見るには手続きが必要だ。場合によっては議会の承認が要る。ただ、今回の事件はいたずらで処理されていた。複雑な手続きは踏まなくて良い。


 近衛騎士団所属のベテラン騎士クレイグ・ゴードン卿、新設された国王直属護衛兵士のエリン・ソウも同行している。そして、閲覧が希望されたのは、国王がよく通る道で発生した事件の証拠品である。国王の安全確保という名目がすんなりと通った。



 目指す矢を確認すると、クレイグの眼が鋭く光った。


「こいつぁよくねぇ」


 呟く老騎士を青年王リチャードが見つめる。


「クレイグ卿。知っていることがあるなら、遠慮なく申してみよ」

「陛下、この証拠品を借り出すことは出来ますか?」

「この件を国王預かりで再調査するなら、借りるというより、一時的に保管場所を国王関連品保管室に変更することができる」

「では、ぜひとも、そうなさって下さい」

「議会の承認が必要だから、少し時間がかかるぞ」

「この場じゃちょっと出来ない検査を、すぐにしたいんで」


 クレイグがいつになく食い下がる。エリンが不安そうに矢をみつめた。


「普通の矢に見えるけど」


 エリンは、柔和機構ではない、という意味を言外に含めている。悲劇の王妃と柔和工房の事件については、まだ公式発表されていない。王族に受け継がれてきた、柔和工房の生き残り捜索の事実も伏せられたままだ。この件については、リチャードも知らなかった。リチャードは0歳即位だったので、王から王へ密かに引き継がれるタスクが途切れたのだ。


 100年間前の真実で国の歴史が変わるのだ。慎重な対応が必要だった。従って、エリンの血筋も非公開だ。その場には当番騎士が立ち会っている。エリンはぼかした言い方を使って、柔和機構を見分けられることに気付かれないようにしたのだ。


「ひとまず戻って相談しよう」


 リチャードがその場を収め、3人は証拠品保管庫を出た。



 3人はリチャードの読書室に入った。通路を改造したのかと思うような、細長い小部屋である。扉が閉まりきらないうちからクレイグが口を開く。


「陛下!」

「まあ、落ち着け」


 壁際のテーブルを囲んで、3人は腰を下ろした。


「で、なんだ」


 リチャードが静かに問う。


「あの矢の登録情報をすぐにお調べなさって下さい!」


 クレイグの鬼気迫る様子を見て、リチャードは瞬時に決断を下した。


「分かった。調べよう。だが、そんなことなら、あの場で申せばよかりしものを」

「いえ、陛下。どんな疑いを持って調べたいのか不審に思われかねませんから、あの場では申し上げられなかったのです」

「詳しく聞かせてくれるか?」

「はっ、陛下」


 クレイグの話によると、矢には外国の材料と技術が使われているそうだ。輸入武器も多少は流通している。だが極めて珍しく、武器を扱う者なら一眼で見分けられる程に特徴的だ。証拠品の矢は、現在流通している製品ではなかった。


「わたくしめの存じ上げます限りでは、あの矢に使われておりました金属は、現在輸入されておりません」

「材料も、製品も、それに製造技術も、正規の流通品じゃないんだね?」

「そうだ、エリン。しかも、あの金属は魔法精製技術の気配がするんだ」

「そりゃなんだい?」


 柔和工房にもない技術のようだ。


「簡単に言えば、金属の精製に魔法を使ってる、ってことさ。前にも言ったけど、魔法の使用は普通の人々の日常に影響を与えちゃいけないんだよ」

「つまり、相当やばい品物、ってことだね?」

「検査してみないと、はっきりとは分からないがな」


 世の中に出回ってはならない危険な製品だということらしい。


「クレイグ卿、現物を調べるのは流石に再調査許可がおりてからだ」


 リーフィー王国は、立憲君主国である。国王と雖も独断で動くことは許されないのだ。100年に渡る柔和機構への執着により、国王権限で非常時に緊急対応することも出来なくなった。国の運営には見向きもしない王に、大きな力を持たせてはおけない。実権は完全に議会のものだ。


「はっ、承知致しております、陛下」

「とりあえずは、開発製造申請が出ているのかどうか、早速問い合わせよう」


 国内の武器は、製造や流通だけでなく、開発段階から国の許可が必須なのだ。申請されていなければ、その製品の開発は当然違法行為である。



 案の定、矢は違法な外国製品だった。


「材料か完成品かを密輸入しているってことか」

「暗殺者も密入国者という可能性がある」


 そこでリチャードは、ここ一年の人と荷物の出入りを調べあげることにした。


「国境や物流関連の記録だけでは足りぬ。非番を含む騎士たちの目撃証言も集めるぞ」

「議会が調査を承認するまで、我々で出来ることをしてましょう」

「調べる場所を書き出してみようよ」


 国境、街道沿いの村や町、宿、鍛冶屋、そして暗殺現場が調査対象としてリストアップされた。


「現場付近の住民、あの地区の巡回騎士団、彼らと関係がある商人、親戚、友人たち、話を聞くのはそんなところか?」

「まずはあの地区の住民に話を聞こうか」


 エリンの提案に、二人も賛同した。窓から矢が飛び込んで来た、という住民を最初に訪ねる。その人は中年の教師で、貴族の子供に詩や書き方を教えていた。


「外は見なかったのか?」

「はい。おっかなくて、見られませんでした」

「矢が飛んで来たのを見たという者は知っておるか?」

「外に出てた人と、通りかかった人は見てると思います」


 中年教師は大真面目に答えた。


「そりゃそうだろ。その人らが誰なのか分かるのかい?」

「外に出てた人は大怪我したので、まだ話は出来ないとおもいますよ」


 記録では怪我人なしだったが、実際にはいた。聞き取り調査が杜撰だったようだ。


「通行人は?」

「さあ、そこまでは。向こうの通りに医者が住んでますから、お訪ねなされてはいかがでしょう?」

「そうだな。医者なら何か知っていそうだ」


 通行人の治療をした可能性はある。回帰前に騎士が呼びに行ったのも、おそらくその医師だ。


「ひとつ気になっているのですが」


 医院に向かう途中、クレイグがリチャードに話しかけた。


「ん?なんだ?クレイグ卿」

「はっ、陛下。時限装置を仕掛けた奴が、ちょうど矢の雨が降る時に現場にいたのが不思議でして」

「矢や道具の回収に来たんじゃないのか?」

「だったら、わざわざ時限装置をつくる必要はないでしょう?」

「そうだよ、陛下。多分たくさん仲間がいるんだし、その場で攻撃してそのまま去ればいいんだから」


 確かにその通りである。


「それに、結果を観察していただけなら、回帰前に陛下を襲ったのも理屈に合いません」


 せっかく通行人に扮していたのに、自ら目立つ行動をしたのだ。暗殺を実行した小太りの男は、行動に矛盾が多い。


「流れ矢に当たったにしては、急所を複数射抜かれたからな。拾った矢を出鱈目に投げたとは思えない。しかし、余を狙ったのなら、暗殺者が回帰後にとった行動はおかしい」


 回帰後は、無差別射殺に変化していた。


「予行演習が急遽本番になったのかも?」


 エリンが当てずっぽうを口にする。


「陛下がよく通る道で罠を試したら、本当にやって来たから確実に仕留めようとした、ということか」


 クレイグ卿が頷いた。


「決めつけは良くないが、おおいにありうるな」

「そうだな。ありうる」


 リチャードもその憶測を支持した。


「クレイグ、絵師と連絡はつけてあるな?」

「はっ、陛下。陛下が帰城なされる頃には待機済みになっているはずでございます」

「よし。似顔絵ができあがれば、捜索も楽になるだろう」


 そこまで話して、ちょうど医院に到着した。



 驚いたことに、治療を受けた被害者は少なかった。


「重症はひとりだけ、死に至った患者はいません」


 かすり傷も含めた患者の特徴を聞き、一行は城へと戻る。


「陛下、言いにくいんだけどさ」

「なんだ、エリン」

「回帰前に、騎士団が弾いた矢に当たっちまった人らは、今回矢の軌道が違って無傷やかすり傷だったんじゃないのかな?」


 リチャードはぐぐっと深く額に皺を寄せた。


「うっ、その被害者たちに限っては、犯人は近衛騎士団で原因は余か」

「弾き飛ばすのも考えものですなあ」


 クレイグも暗い顔になった。偶然とは言え被害を拡大させてしまったのだ。回帰前には、通行人の中から死者も出ていた。


「陛下を襲った奴みたいに、フリだったのかもしれないけどね」


 実際の死傷者は同じという予想もできる。現に、リチャードを襲った小太りの男は、流れ矢に倒れたふりをしていた。


「クレイグ卿に見てきて貰うことはできないのかい?」

「いや、たとえ出来たとしても、しなくて良い。逆天改命(ぎゃくてんかいめい)に成功したのが私だけではなく、前回の死傷者もだったと分かっただけで充分だ」

「そうかい?」

「それに、弾いた矢が無関係な通行人を傷つけるのは事実だ。回帰前に、もし、実際の死傷者がいなかったとしても同じことだ。対策を練らないといけないのは、変わらない」


 リチャードは、硬い表情で言った。(いかめ)しい様子に、エリンはリチャードが王であることを、改めて知った。


「だから、その件も帰城したらすぐ検討しよう」


 国王の肩には、たくさんの重荷があるようだ。エリンが旅した他国の中には、自分以外の命は虫とすら思っていない非情な王もいた。それに比べたら、リチャードは遥かに人間的だ、とエリンは思った。


「こういう時こそ、柳爺(やなぎじい)じゃないの?」

「柳爺?」

「あの古木だよ。難しい話はいつもあそこでするだろ?もう四人目の仲間みたいなもんじゃあないか」


 エリンの言葉を聞いて、クレイグが目を輝かせる。


「ほっ、この老いぼれよりも年上なメンバーがいたかよう」

「最年長は奴だったな」


 リチャードも幾分明るさを取り戻した。そこで一同は、城に帰る前に柳の古木を訪れることにした。期待通りに気分が和らぎ、城に戻ってからの行動にも弾みがついた。


お読みくださりありがとうございます

この下に挿絵がございます









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