海岸線1 海の見える店
キャップストア・マガミ。
母方の長姉の店。
マガミ・キヨノは帽子デザイナーで帽子屋を開いてる。
本名は白峰清華。亡くなったオジサンの戸籍で働いてる。
俺は、キャップストアにバイトしている。お袋の口癖にある、海の家近くで働けという叱っては家出同然で高校最後の夏に働かせてる非常識母だ。
俺は雲内省馬。
来年は受験せず、ここ、キャップストアの仮従業員として夏休み期間は見習い研修させられてる。
白峰朱々華。清華オバサンの娘。俺のイトコの2歳下の高1。けっこう、ココ、喜志ヶ町の中では人気1位のマドンナらしく、顔が利いている。
帽子屋はあんま人気ないが、夏場はココは賑やかになる。そりゃあ、エアコン効く室内なんて人が湧いて出るほど集まるものだ。
うちのオヤジなんて麦わら帽子とかの顎ひもの修整が可能なひも技師で、ほつれたらすぐにも修繕できるマスターだ。
棚に陳列されてる顎ひものある品はすべてオヤジが繕ったデザインのヤツだ。
オヤジの本業はプリント工房。衣類のキャラデザイン、背景デザインなどのペイントをすぐにもプリント化してはサンプル品を作る企業。取引先の生産企業にサンプルを発送し、稼いでる。
雲内星彦。父の本名。
バリバリの47歳で、いつも元気してる熱い男だそうな。
いや、もう暑苦しい男に違いない。
オバサンちにはたまに仕事関係で寄る。顎ひもの直しとかの会議はリモートしてないアナログ主義だそうな。
「セイマ、よく働いてるか? オバサンの迷惑になってないか?」
俺が外の作業中に出くわしては、声かけてくる非常識父。つまり、夫婦して非常識なんだよな。迷惑はどっちなんだよ、もう。
「オバサンちの水ようかん目当てって顔に書いてあったぞ。まったくさ」
「チッ、んなことバラすなよ。馬鹿息子め」
「ココには俺とアンタしかいないだろに」
「まんざらでもないわよ。オバサン聞こえてたしネ〜」
「キヨちゃん、悪いな。食べちまったよ」
「娘も夏休みでいるから、ウチ入れるけど、今度やったら家宅侵入で訴えるからね」
「アハハ。笑い事じゃないよなぁ」
俺はつくづく思う。こんな馬鹿オヤジなのに、俺のような純粋な息子が産まれたのか。
俺はオバサンよりも早く仕事を上がって二人いるイトコの妹たちの食事の手伝いもしている。まぁ、仕事と手伝いが条件で泊めてもらってるから文句は言えない。
白峰羽渡巳。中2の14歳。
夏休みだから、イトコの義兄である俺にはすげえキツいコトを聞いてきたり、とばっちり喰らわれるのがほとんど。
女のキョウダイはこれだから苦手だ。
苦手意識あるのにオバサンはそれを知ってながら、手伝わせようとする。
実家の方がまだマシだよ、もう。
喜志ヶ町では美人シスターズと言うけど、俺には特に意識してないし、空気と思ってる。気にしてたらコンナとこ来ないから。
三人称は、ハトのほうはおニイちゃんでスズのほうはセイちゃん。
俺が呼び方を決めた張本人。同じだと声も多少似てるってことで紛らわしいから、区別させたんだ。
女のキョウダイってこうも声似てんのな。
小さい頃は似てもなかったのに……。
夏休み二日目。
俺の初日はオヤジに邪魔されたが、今日からは邪魔者いなくて清々するし、仕事のし甲斐がある。
「今日もトラックの荷卸ご苦労さんね、セイ君。ハイ、休憩のお茶。ココ置いとくね」
「ありがと、オバサン」
「実妹は相変わらず、アンタを追い出させるよね。学生は遊びたがり屋なのに働かせてねぇ」
「もう、慣れてますから。しょっちゅうバイトで家出同然で荷造りしては足蹴するようにですし」
「愛希らしいわーー。アハハハハ……」
「はぁ……」
夏休み期間の午後1時過ぎ。だいたいこの時間帯は客が来ない。熱中症や光化学スモッグ注意報のピークだからかも知れない。
そんな午後1時すぎに珍しく客が入店してきたのだ。
それも俺とは大差変わらなそうな歳相応の女の子……。
いろんな帽子の試着してる。
どのデザインでも崩れない着け方でピッタリ似合っていた。
モデルの子かな? なんか覗いてみてセクシーに思える。
「ほうら、見てないで接客しなさい」
「俺……っすか?」
「気にしてるんでしょ? この色気男」
「そ、そっそんなんじゃないっすよ、もう」
俺は従業員見習いらしく、接客しだした。
「お客様、な、な……何か、おも、お求めでしょう……か」
ダメだな。一般のアパレルメーカー店舗行ったらすぐにもクビだろう。
「今日入ってきたバイトさんかな? ココ、たまーに来るのね。キミ、地元民じゃない感じね。どこから来たの?」
すっげー聞いてくる。俺のタイプだ。
肩に届かぬショートでボブ的なサラサラヘアー。丸みのある大きな瞳。日に当たると淡い茶になる黒髪がもうたまらない。
細い首にウナジもか細く、夏ワンピース姿も水色のオフホワイト。
もう、すべてが目映りしてくる。
「お客様、どれがお似合いか、帽子と衣装セットを試着してみてはいかがですか?」
「あ、はい……合わせてみます」
笑顔が可愛いよ、アノ子〜〜。フニャ〜。
バシンッ!! って後ろからコブシが俺の後頭部を割ってきた音が響いてきた。
「お客様の手前、ニヤニヤするな。ココが一般のアパレルだったら切ってたわよ」
「す、すみません……」
気を取り戻し、仕事にリベンジした。
試着室から衣装の姿のまま出てきた女の客は、間違いなくモデルさんそのものだ。
「お客様、とってもお似合いです。可愛いらしいです。まるで夏天使と思える感じですね」
俺の感想……これ、ポエムそのものだ。こんなポエム接客、ボツに決まってるだろ。
「面白い感想ですね。でも、嬉しいです。バイトさん、本当にありがとうございます!!」
「い、いえいえ、お仕事ですから……」
「わたし、この辺に住んでるんだ。今度、お誘いするね。店員さん、お邪魔しました。着替えたら、失礼します。それでは」
試着からお出かけスタイルに着替えたら、そそくさと帽子屋を後にした女の子だった。
試着だけだったのか……。
可愛いかったなぁ……。
「アンタはバックヤード戻って重労働ね。やっぱり接客向いてないわー。まあ、ぼちぼち鍛えるからレジ打ちもやってもらうし。分かったらすぐ移動!」
「あ、ハイッ!」
俺は、高校最後に恋に落ちた。
生まれて初めての恋愛だったに違いない。
そう思うことにした。