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7 妄言

「ゆず…!」

私はベンチから飛び上がり、風に揺れる柚葉の後ろ髪をぎゅっと抱きしめた。


柚葉は「おかえり」とでも言うように、やれやれとした笑みで私を受け止める。


再会の余韻が消えかけた頃、柚葉はぷいっとドア横の隅へ視線を移し、黒く光る小さな機器を手に取った。

消しゴムほどの大きさで、側面のわずかな隙間から緑のLEDが瞬いている。


「それ、何?」

「動体検知センサーだよ。愛梨が来たら、すぐに私に通知が届くように仕込んでおいたの」

まるでスパイ映画のワンシーンのような仕込みに、私は思わず声を詰まらせた。


そのまま柚葉は駅舎の外に向かう。

「部屋、もう抑えたからついてきて。積もる話はそっちでしよう。」



私たちは川戸駅を出て道路の向かい側にある旅館に入る。

駅の目の前ということもあり、ずっと前から認知はしていたが、実際に中に入るのは初めてだ。


私たちは下駄を脱ぎ、木製の廊下をキュッキュと音を立てながら進んだ。


202号室の前に来ると、柚葉が静かに扉を押した。

畳敷きの部屋は障子越しの朝日で淡く染まり、座卓の上にはぽってりとした急須と湯のみが並んでいる。

掛け軸の梅の絵が、室内の凛とした空気を引き締めた。


それから私たちは長い話をした。

二日前の夜からの出来事を一つ一つ説明した。

部屋に追手が侵入したこと、空港での逃亡、霊に乗っ取られたよな老婆

──一つひとつが、静かな和室に重く、しかし確かに刻まれていった。

語り終えた頃には、空は茜色に沈みかけていた。


「本当に無事でよかった……」

柚葉は涙ぐみながら言う。


「ゆず、どうして私が狙われるってわかったの? それに警察に連絡しちゃいけないなんて……一体、何が起こってるの?」

すると柚葉は呼吸を整えるように一度だけ目を閉じ、震える声で口を開く。


「愛梨……あのね、私の目の前で、やまさくの村田さんが――殺されたの」


その言葉は、風鈴の残響をも呑み込むように、しんとした和室の空気を切り裂いた。



二日前:4月14日(月曜)


専門学校の授業が終わり、帰り支度をしていた矢先だった。

スマホに〈ピンポン〉とLINE通知が届く。

差出人は――村田さん。


村田さんは、私と愛梨が育った山田桜江児童養護施設やまさくで1年ほどスタッフをしていた、ちょっと変わったお兄さんだ。


――――――――

柚葉ちゃん、久しぶり。

急で本当に申し訳ないんだけど、今から会えないかな?

本当に緊急の話なんだ。

場所は梅田でも、君の都合のいいところで。

――――――――


胸騒ぎを覚えつつ、私は返信する。

鶴橋の路地裏にひっそり佇む、小さなカフェ――知る人ぞ知る隠れ家だ。


到着すると、村田さんはすでに席についていた。

以前の朗らかな笑顔はなく、眉間には深い影。

テーブルの上のカフェラテは一口も減っていない。


「村田さん、お久しぶりです!」

私は声を張り上げた。

数年ぶりの再会に心が躍るはずが、緊張で胸が引き締まる。


村田さんは苦笑いを浮かべながら応じた。

「ああ、久しぶり(苦笑い)」


緊急の話ということで、悪い知らせなのだろうとは思っていたが、この反応で確信する。


席に着きながら店員さんにブラックコーヒーを頼み、私は村田さんの方を向く。

「どうしたの? 緊急の話って…?」


村田さんは真剣な眼差しで言う。

「柚葉ちゃん、今から話すことは決して冗談や悪いイタズラではない。

信じられないかもしれないけど、全部本当なんだ」


「うん…」

私は眉をひそめて頷く。


「日本では2000年ごろから人造人間が数万人規模で社会に紛れ込んでいる。

彼らは自分が人造人間だとは思わない。

普通の人間と同じく成長し、感情を持ち、食事をし、痛みすら感じる。

で、君と愛梨ちゃんもその一人だ」


「えっ…ちょっと、何言ってるの…」

だが言葉を遮りながら村田さんは続ける。


「君たちはオムニリンクが断たれている特別な存在だから、奴らに狙われているんだ。

今日はその警告と、これを渡すために呼び出した」


そう言って、村田さんは皮のトートバッグを差し出す。

「中には色々と役に立ちそうなものをたくさん入れてある」


私は圧倒されたままバッグを受け取る。

村田さんは肩に両手を置き、震える声で言った。

「山田桜江児童養護施設には隠し部屋がある。

愛梨ちゃんと一緒にそこに行くんだ。

誰にも頼ってはいけない。警察もだ。

オムニリンクを持つ人造人間が、どこに潜んでいるかわからないから」


「えっ…いや、意味がわからない…」

私は村田さんが何かに取り憑かれたのかと思った。


すると村田さんは席を立ち、千円札を2枚テーブルに置いた。

「さあ、柚葉ちゃん。ここで長居はできない、いくよ。」

私の頼んだブラックコーヒーが届く間もなく、強引に席を立った。


外の路地裏に出ると、すっかり暗くなっている。


「じゃあ、僕はあっちだから。気をつけるんだよ」

村田さんはそう言い残し、私と反対方向へ歩き去った。


「う、うん。じゃあね…」

今何が起きたのか、全く理解できないまま私は呟いた。


しかし別れから5秒後――

『ドテッ』

鈍い音が後ろから響いた。


振り返ると、村田さんは倒れ、その傍らには赤い血の滴るナイフを手にした黒スーツの男が立っていた。


言葉にならない息が出る。

「えっ……?」


男はゆっくり、一歩ずつこちらへ向かってくる。

全身から血が引ける。

息が荒くなるが足は竦む。


そのとき村田さんがかすれ声を絞り出しながら叫んだ。

「ゆ…ゆずは…ちゃん…逃げろ!!」


脳が状況を理解しないまま、『逃げろ』の言葉だけが胸に突き刺さった。



柚葉は言葉に詰まりながら、2日前の出来事を説明する。

声は震え、嗚咽が混じって聞き取れない箇所も所々あった。


私は思わず立ち上がり、柚葉の背中をそっと抱きしめた。

「大丈夫、今は私もいるよ……」


私は慰めるように声をかけるが、本当は自分ですら平静を保てていなかった。

私は人造人間だと言われたのだ。

そんな存在がいるはずがないし、信じられるわけがない。

やり場のない苛立ちに胸が締め付けられ、思わず歯を食いしばる。

今まで信じてきた自分の人生の全てが、崩れ落ちていく気がした。

持ち物

・ノートパソコン

・スマホ

・充電器

・ノートと教科書

・ペッパースプレー

・着替え(シャツ、ズボン、下着、靴下x2)

・帽子

・メイク用品(化粧水、日焼け止め下地、パウダー、アイブロウ)

・財布(貯金:339,107円)

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