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4 老婆

「お客さんー、着きましたよー」

タクシー運転手の声に、私はぼんやりと意識を引き戻された。

「はぁ、ぇ……?」

重い瞼を何とか開こうとするが、まるで接着剤で貼り付けられたように上手く開かない。

かろうじて薄く開いた目で周囲を確認すると、タクシーは少し暗い建物下にあるタクシー乗り場に停まっていた。

まるでタイムスリップしたかのような感覚だ。

全く時間の流れを感じなかった。


「品川駅に着きましたよー」

運転手はもう一度繰り返す。

「あっ、ありがとうございます……」


自分の声が呂律が回らないほど疲れていることに気付く。

短い睡眠がかえって頭をぼんやりさせてしまったようだ。


「お支払いはいかがなさいますか?」

運転手がバックミラー越しにこちらを覗く。

「あ……PayPay……いや、カードでお願いします」


スマホが使えないから、PayPayが使えないことに改めて気づく。

予想外の不便さだ。


タクシー代は5500円。

焼肉食べ放題一回分の金額だと頭が勝手に換算する。


支払いを済ませ、念入りに忘れ物がないかを確認してからタクシーを降りる。


時間を確認しようとして、スマホが使えないことをまたもや思い出す。

仕方なくリュックからパソコンを取り出し、画面を開く。


『5:44』


新幹線の搭乗開始まであと10分だ。

私は辺りを見回しながら駅の方へと急ぐ。

後ろには上階へと繋がるエスカレーターがあり、その先から青白い朝の日差しが差し込んでいた。


エスカレーターに乗り込むと、上がるにつれて明るさが増していく。

眩しい朝の日光が視界に飛び込み、一気に目が覚め、頭が冴え渡るのを感じた。

短時間の睡眠の後は、意外にも眠気の余韻は短いらしい。


エスカレーターを上りきると、すぐ目の前に『atre』という見慣れた文字が目に飛び込んできた。

早朝の品川駅は思った以上に人の気配が多く、ビジネスマンらしきスーツ姿の男性や、旅行用の大きなスーツケースを引いた女性などが、急ぎ足で改札へと吸い込まれていく。


ーーまずは新幹線のチケットを発券しよう。


パソコンを片手に持ちながら、発券機の画面に表示された指示通りに番号とパスワードを入力する。

数秒後、静かな動作音と共に無事チケットが機械から吐き出された。


私は新幹線のチケットを大切に握りしめた。


搭乗開始までまだ5分ほど余裕がある。

さすがにまだ空腹ではなかったが、喉が渇いて仕方がなかった。


私は近くのコンビニに寄り、1リットルのミネラルウォーターを購入すると、それをカバンにしまい込んだ。

こうして時間を潰しているうちに、搭乗時間がやってきた。


チケットに記載された24番ホームに向かと、すでにホームには新幹線が停まっていたので、私はそのまま車両に乗り込んだ。

最後に新幹線を利用したのは東京へ上京する時だったが、まさかこんな状況で再び乗ることになるとは夢にも思わなかった。


座席に座ると、広島に到着したあとの行動を考えようと思ったが、圧倒的な安堵に包まれ、目を5秒だけつぶることにした。

気づいたら、そのまま意識は眠りに落ちていった。



私は以前、終電で乗り換え駅を寝過ごしたトラウマがある。

そのため電車で眠る際、停車駅ごとに軽く意識を戻す癖がついてしまった。

完全に覚醒はしないが、降りるべき駅が近づいているかを無意識に確認できるようになっていた。


「まもなく、広島です」


アナウンスを耳にした瞬間、私ははっと目を覚ました。


時計を見ると午前9時50分。

新幹線のぞみ号はゆっくりと広島駅に滑り込んでいた。



朝も遅くなり、人の多さももはや問題ではない。


私は新幹線のコンコースにとどまり、ベンチに座り込んだ。


無事に広島に着いたのはいいが、これからどうすべきか具体的な計画は何一つない。

私はアドリブが苦手で、予定がないと意味不明な行動をとりがちなのだ。


<3月の零番線>

約束の集合日は明日だ。


広島から目的地までの距離はそれほど遠くなく、約5時間ほどで到着できるだろう。

それなら人目の多い広島駅周辺に滞在し、明日移動を再開するのが妥当な選択だ。


ーーとりあえず近くにあるネットカフェを探そう。


調べると、路面電車で数駅先の八丁堀駅付近に、私がすでに会員になっているネットカフェがあることがわかった。

Googleマップを開き、自分の位置と路面電車の乗り場を確認する。


「あっちかな……」


方向感覚を掴もうと身体を左右に回していたその瞬間だった。


「逃げ切れないよ」


「えっ?」


一瞬、聞き間違いかと思った。

右隣からお年寄りの声がした気がした。


「私たちからは逃げ切れないよ」


今度ははっきりと聞こえた。


驚いて横を向くと、そこにはごく普通の70代ほどの老婆が座っていた。

しかしその目は異様なほど据わっている


「必ずあなたを確保するよ、2番」

老婆は表情を変えることなく正面を向いたまま、小さく独り言のように呟いた。


恐怖が全身を貫き、一瞬にして鳥肌が立つ。

私は思わずベンチから立ち上がった。


「あ、あなたは誰ですか……! どうして私を狙うんですか!」


勇気を振り絞り、声を荒げたその途端、老婆の目に生気が戻った。


「おやおや、どうしたんだい、お嬢さん?」

老婆は穏やかな微笑みを浮かべて私を見る。


「えっ……?」


言いようのない気味の悪さが背筋を駆け上がる。

直感が強く危険を訴えていた。


私はその場から走って逃げ出した。


老婆はただきょとんとした表情で私を見送っていた気がした。

持ち物

・ノートパソコン

・スマホ

・充電器

・ノートと教科書

・ペッパースプレー

・水のペットボトル1L

・財布(貯金:359,455円)

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