10 Anvls
プルプルと鳴る電話に出るか迷う。
画面には『Anvls』と表示されている。
私は電話に出るべきか迷いが頭を駆け巡る。
Anvlsとは一体何なのか。
果たして味方なのか敵なのか、
まったく判断がつかなかった。
しかし、この電話が自分たちにとって重要な手掛かり、あるいは救いになる可能性だってある。
そのわずかな希望に私は賭けることにした。
意を決して電話に出る。
近くで固唾をのんで見守っていた柚葉にも聞こえるように、スピーカーのボタンを押した。
「あ、もしもし。成海さん、または白瀬さんでしょうか?」
その声は意外なほどに明るく、拍子抜けするほど柔らかい響きを持っていた。
「し、白瀬です。どちら様でしょうか?」
警戒心を強めているためか、私の声は思ったよりも震えてしまった。
「初めまして、私、アンヴィルスの大木と申します」
その名前を聞いてもなお、不信感が拭い去れないまま、私は努めて冷静を装う。
「初めまして……」
「ちなみに、今、成海さんもご一緒ですか? お二人ともご無事でしょうか?」
「それには答えられません。でも、私は無事です」
大木という人物が敵であった場合を考え、私は意識的に情報を絞った。
柚葉がいることを伝えなかったのは、彼女を守るためでもあった。
「あ、もしかして村田からアンヴィルスについて知らされていませんでしたか?」
戸惑ったような声色の大木に、私は慎重に答える。
「知らされてないです」
「あ、そうですか……」
大木は困惑した様子で間を置いたが、すぐに再び明るく説明を始めた。
「では、まずアンヴィルスについて簡単にご説明いたします。
村田からお話を聞いていれば多少被るかもしれませんが、ご了承ください」
私は息を殺して次の言葉を待つ。
「村田から人造人間についてのお話を聞いていますでしょうか?」
胸がドクンと跳ね上がる。
心の奥底で、自分が聞きたくない何かを聞くことになるのだと直感した。
「はい、少しだけ……」
「それではオムニリンクについては?」
「いいえ、その単語を聞いたことがあるだけで、詳しくは知りません」
私は戸惑いと緊張の入り混じった声で答えた。
「では、ご説明します。
日本には推定8万人の人造人間が存在しています。
彼らはほとんど人間と区別がつきません。
感情を持ち、痛みを感じ、自分を人造人間だとは思っていません。
白瀬さんご自身がそれを誰よりも認識されていると思います。
ただ、彼らはある組織によって製造され、脳には特殊なプログラムが仕込まれています。
それがオムニリンクです」
大木の声が穏やかながらも力強く響き渡る。
「オムニリンクが発動すると、本人の意識が一時的に失われ、その間は組織が彼らの五感や行動を完全に操ることができます。
組織はこれを利用して社会や政治を操ろうとしているのです。
アンヴィルスはこれに対抗するために立ち上げられた組織です。
我々は表向きには一般的なプライベート企業ですが、裏では人造人間のオムニリンク解除を行っております。」
説明を聞きながら、私は自分が現実とは思えない話に巻き込まれていることにめまいを覚えた。
「ちょっと待ってください……人造人間って、本気で言っているんですか?」
私の声は震えていた。
信じがたい事実に心が拒否反応を起こしている。
「あ、もしかしてこれも村田から詳しく聞いていないのですね。
1900年代から人造人間の研究が進められており、実は2000年頃にはバイオトランスフォーマティクスという企業が、バイオファブリケーション技術と自律的に学ぶ知能を開発し、非常に高度な人造人間を作り出しました。」
大木は事もなげに続ける。
「彼らはあえて人造人間を完璧に作るのではなく、病気になったり、物忘れするような不完全な存在にして人間社会に送り込みました。
その結果、人造人間は自分が人間だと疑わず、普通の人々に混じって暮らしています。
しかしオムニリンクが存在する以上、これは言い換えると、バイオトランスフォーマティクスが人権の量産に成功してしまっているのです。」
目の前が真っ暗になるような衝撃が私を襲う。
「ですが、私に言わせれば、人造人間と人間の唯一の違いはオムニリンクの有無だけです。
感情や思考において、人間と全く区別がつかないのですから」
その声に、不覚にも涙が込み上げてきた。
「受け入れるのは大変かもしれませんが、あなた方はバイオトランスフォーマティクスから追われています。
我々アンヴィルスは、その逃走を手助けすることができます。
宿泊場所は提供できませんが、物資や支援は可能です。
直接お会いして詳しくご説明したいのですが、いかがでしょうか。」
私はしばらくの沈黙の後、決意を固めて答えた。
「わかりました。明後日、江津駅で待ち合わせましょう」
電話を切った後、身体中の力が抜けていくようだった。
私は自分の人生が根底から覆される瞬間を噛みしめながら、柚葉と顔を見合わせた。
「本当に会うの…?」
柚葉の不安げな問いに私は答える。
「大丈夫。作戦がある。」
持ち物
・ノートパソコン
・使えるスマホ
・充電器
・ノートと教科書
・ペッパースプレー
・着替え(シャツ、ズボン、下着、靴下x2)
・帽子
・メイク用品(化粧水、日焼け止め下地、パウダー、アイブロウ)
・持ち運びWIFI
・タブレット
・太陽光充電器
・ポケットナイフ
・寝袋
・懐中電灯
・ペン型録音機
・GPSタグ
・センサー式アラーム
・手袋
・お弁当
・財布(貯金:337,787円)




