花の錬金術師を一緒に目指した男の子の秘密と私の決断
よろしくお願いします。
ルーン国のデナ子爵領は王都から随分と離れた自然豊かな場所にある。
イリハ・デナは妖精の末裔でフラワーエッセンスと呼ばれる花の錬金術で自領の人々を支えている領主の娘であり、花の錬金術師の卵。
フラワーエッセンスとは個々の花のもつエネルギーを領にある泉の湧き水に転写したものである。このフラワーエッセンスを飲むと飲んだ人の感情に作用して色々な効果を発揮している。病気を治したり…。
イリハは物心つく前より父ワーグナからフラワーエッセンスについて学んだり、一緒にフラワーエッセンスを作っていた。
ある時、ワーグナが国王に呼ばれ王都に行った。
王都に行ってから1ヶ月が経った頃にワーグナが男の子を連れてデナ領に帰ってきた。
父さんがやっと王都から帰ってきた!いくらデナ領から離れているとはいえ1か月もかかるのは長かった。
「イリハ、ただいま」
「おかえり、父さん、随分と長かったね。大変だったね」
「ああ。王都で色々あってね」
ふと父の横に見たことない男の子がいた。黒髪で優しそうだけど意思の強そうな茶色の瞳の男の子だった。私は不躾にならないようにそっと男の子の耳を見てみた。尖っていない。彼は人間の男の子だ。
「父さん、その子は?」
「ああ、紹介するよ、この子はレイド。王都からの帰り道に倒れていたところをフラワーエッセンスで助けたらフラワーエッセンスに興味を持ってしまってね。どうしても私の弟子になりたいときかないから連れてきた。レイド、娘のイリハだよ。娘も私からフラワーエッセンスを学んでいるから君とは兄弟弟子になるかな」
「初めまして、僕はレイドといいます。レイドと呼んでください。僕も師匠からフラワーエッセンスを学びたいと思っています。これから一緒にどうぞよろしくお願いします」
レイドは頭を下げ、礼儀正しく挨拶をしてきた。
「娘のイリハです。私のこともイリハって呼んでね。これからよろしくね、レイド」
私はそう言って笑顔でレイドに手を差し出した。
なぜかレイドの顔がみるみる真っ赤になって私の手を取り、すごい勢いで手を引いた。その反動で私はよろけて倒れそうになった。
「わっ!!危ない。何するの!!」
「あっ、ごめん」
慌てて父さんが私を支えようとしたけど、間に合わず父さんも巻き込んで尻餅をついてしまった。なんだかおかしくなって私は笑ってしまった。
「あはは。レイド、これから一緒に頑張ろうね」
これが私とレイドとの出会いだった。
あれから10年の月日が経とうとしている。
今日も私はレイドと一緒にデナ子爵領にある森へフラワーエッセンス作りにきていた。
今日は満月で絶好のフラワーエッセンス日和だったから。
「今日は本当に月が綺麗でエッセンス作りには最適だね。」
レイドは嬉しそうに言ったけど、もうここからはお喋りしてちゃフラワーエッセンスが作れない。森のエネルギーが変わってる。
「しっ。もう黙って。私達のエネルギーがエッセンスに入ってしまうといけないから」
「そうだったね。ごめん。」
森の奥に泉とちょっとした広場があり、そこで私達はいつもエッセンスを作っている。
普段は太陽のエネルギーを使ってエッセンスを作るんだけど、今日は満月だった。満月の時だけ月のエネルギーでフラワーエッセンスを作る。
ガラスのボウルに泉で汲んだ水を張ってその上にリンドウの花を浮かべる。
ボウルの周りに小石を置いて森を出る。
そして夜明け前にはフラワーエッセンスができているか確認しに行く。
小石が動いていたら動物が近寄ってしまった証拠で動いてなければ何もきていない。私は動物が来たかどうかはその場所にきたらエネルギーでわかるのだけど、人間のレイドはわからない。何かわかる方法はないかって考えて、レイドが小石を置くようになった。
これが私達2人のフラワーエッセンスを作る一連の作業になる。
「じゃあ戻ろっか。私眠いからちょっと寝たいかも。」
私はあくびをしながらレイドに言った。
「寝てていいよ。夜明け前に起こしに行くから」
「レイド、いつもありがと!」
「イリハは睡眠が何より大事だもんね」
「うん、寝ないと私は良いフラワーエッセンスが作れない」
歩き始めながらとりとめのない会話をして私達は一旦家に帰った。
私は睡魔に勝てず一旦部屋で寝ていた。
満月にエッセンスを作る時は一旦帰って寝てる。
寝起きの良い私はレイドが私の部屋のドアを叩くとすぐ起きる。
「イリハ、起きて!もう森に行くよ」
「レイド、ありがとう。起きたよ。いこっか」
私は帰った時の姿でそのまま寝てたから起きたらすぐ出発できる。
一応貴族の娘で侍女がいるけれど、侍女曰く寝て起きたままの姿で出かけるなんて貴族の娘ではありえないことだという。
もっと身の回りに気遣えってことみたいだけど、私はそんなことをしてて夜が明けてフラワーエッセンスが台無しになったらどうするのって思っちゃう。
レイドも最初は貴族の女性なんだからもう少し気遣ったらって言ってきてたけど、私が全然聞かないから今ではもう何も言わなくなった。
「リンドウのエッセンスって初めてだよね。どんな感じでできてるか楽しみだね。」
「そうだね。どんなエネルギーになっているか私も楽しみ。」
エッセンスのボウルの場所に着いた。小石は動いていなかった。エッセンスのボウルは月の光を浴びて鈍く光っていた。光はピンクっぽい光で可愛らしいエネルギーを放っている。 これはきっと美の感情に効果のあるエッセンスになると思う。
「無事にできているねー!」
「良かった!水に泡が浮いているからできてるだろうと思っていたけど。イリハにはどんなふうに見えるの?」
「私にはピンクの光を放って見えるよ。美容に効果ありそう」
「そうなんだね。僕には見えないけど、そんな効果のあるエッセンスなんだね。きっと領の女性陣がこぞって使うね。」
レイドは人間だから私のように光はみえない。
でも一緒に何回もエッセンスを作っていくうちにエッセンスができた時の特徴を自分で見つけた。すごい努力だとおもう。
妖精の末裔である私と人間のレイドは感性の違いを努力でカバーしてる。
本当にすごいと思う。
私がレイドと同じ人間だったら同じように努力できるかわからない。
「これを持ってきたボトルに詰めて…と、じゃあまた帰ろうか!もう日が昇りそうだよ」
「そうだね。イリハ、ボトル重くない?僕がもつよ」
「いつもありがとう。じゃあお願いしようかな」
レイドにできたエッセンスを詰めた大きなボトルを持ってもらい、私達は家に帰って行く。
歩いている途中、いきなりレイドが立ち止まって私はぶつかってしまった。
「わっ!いきなりどうしたの?」
「イリハ、すっかり忘れてた・・。僕はあと1ヶ月で約束の10年になるんだ・・」
「??約束の10年って何?10年経つとなにかあるの?」
レイドは何を言っているんだろう?レイドはお父さんが連れてきた花の錬金術師を目指す男の子で、私と10年一緒にフラワーエッセンスを作ったり、学んできた。
「イリハ、今まで黙っててごめん。」
そう言って、レイドはポケットからフラワーエッセンスの小瓶を取り出し、一気に飲み干した。
レイドから花のエネルギーが発せられ、その瞬間真っ黒だったレイドの髪の毛は銀髪に変わり、瞳は紅茶のような茶色からコバルトブルーに変わった。
髪と瞳の色が違うだけでなく、顔の造りも変わってしまった。
親しみやすい素朴な顔立ちから昔の面影の残る綺麗な顔立ちへ…
その顔を見て私はとても驚いた。何故なら10年前からぱったりと姿を表さなくなった第二王子だったから。
第二王子はイケメンと評判の氷の陛下の若い頃によく似ていたため氷の王子と呼ばれていた。それに対して第一王子は妃殿下の美人で華やかな顔立ちに似ており、瞳はガーネット色だったため太陽の王子と呼ばれていた。
「レイドってもしかしてフォルレイド第二王子?」
「そうだよ、僕の本当の名前はフォルレイド・ルーン。この国の第二王子。今まで黙っててごめんね」
レイドの話はこうだった。
10年前、レイドの父親である国王陛下が父さんを呼び出した理由は原因不明の病気になったレイドをフラワーエッセンスで治すためだったらしい。
「あの時、僕を治してくれたフラワーエッセンスがどうしても学びたくて国王である父に掛け合ったんだ。父の口添えもあってワーグナ師匠に弟子にしてもらった。その時に師匠と父である国王から条件が出されたんだ。師匠からの条件は王族とバレないこと。父からの条件は10年経ったら城に戻ってくること。それで弟子にしてもらった時にワーグナ師匠にクレマチスのエッセンスを渡されてイリハがよく知ってる姿でいたんだ」
「どうしてバレないことが条件だったの?」
「どうしてそんな条件だったかっていうと王子ってわかるとみんなから特別扱いになるでしょ?イリハだって今みたいな態度では接してくれなかったかもしれない。そのせいできちんとフラワーエッセンスが学べなくなるのをワーグナ師匠は気にしてくれたんだ。」
「それは…そうかもしれない。王子って最初からわかっていたらこんなに気安く話せなかったと思う」
私はレイドと話しながらも上の空だった。だってレイドがあの氷の王子だったなんて!!信じられない!!
妖精の末裔って儚い神秘的な美女をイメージされることが多いけど私はフラワーエッセンス作りで普段から日に焼けているからそばかすが多くて、髪はボブで猫っ毛の癖毛。髪型と顔の造りもあって年齢より若く見られる童顔。妖精の末裔の象徴なのはアメジストの瞳と尖った耳で普通の人間との違いはそこくらい。なんならレイドの方が妖精の末裔ですって言われてもそうですかって信じちゃうほど綺麗な顔立ち。なんか別人と話しているみたいで落ち着かない。
「だから僕は10年経ったら城に戻らないといけない。イリハ、僕の話聞いてる?」
上の空だった私にレイドはそう言って私を直視してきた。
私はちょっと挙動不審気味になって顔を逸らしてしまった。
「うん、聞いてるけど、すごく驚いちゃって…。そうなんだね、あと1ヶ月でレイドはお城に戻るんだね」
「そう。それでイリハにお願いがあるんだ。」
「何?」
「僕と一緒に王城に行かないか?」
「レイドと一緒に王城へ?」
「そう。僕の婚約者として」
「婚約者?私がレイドの?」
「そう。イリハが僕の婚約者として」
私とレイドが婚約ってどういうこと?ちょっとレイドの言葉についていけない。
私は固まってしまった。
「イリハ!聞いてる?イリハ?・・こうなったら駄目だ・・待つか・・。」
レイドと婚約・・レイドと婚約・・しかも第二王子だった・・・。
私は呼び掛けられていても言われたことで頭が一杯になってしまってすぐに返事ができなかった。
さすがレイド、私のことをよくわかっていて私が自分の世界から戻ってくるのを待っていてくれた!
「イリハ?もう大丈夫?ちょっといきなりすぎたかな?でも僕の中ではずっと前から思っていたことなんだ。」
「レイドは私のことが好きなの…?」
「そうだよ。そうじゃなきゃ婚約者として一緒になんて言わないよ」
「ずっと前からっていつ?」
「多分、初対面の時にイリハの笑顔を見た時から。最初は気づかなかったけど今考えるとそこで一目惚れしたんだと思う。そこから一緒に過ごすうちに自分の気持ちに気づいたよ。」
「そうなんだね。全然気づかなかった。」
「だよね。イリハってすごくフラワーエッセンス作りに夢中だもんね」
「でもレイドもでしょ?すごく一生懸命だったよ。」
「そりゃ僕は言ってなかったけど期限もあったし、何しろ目的もあるしね。」
「目的?」
「僕はフラワーエッセンスを使えるようになって治したい人がいるんだ」
「えっ、自分が治ったからだけじゃなかったんだ。それもあってすごく一生懸命だったんだね」
「うん。でもこの話はまた…今はイリハの返事が気になる」
「あっ、そうだね、返事…」
「それでイリハの返事は?」
「私は・・レイドのことは頑張り屋で尊敬してるけど、そんなことは考えてもいなかった。レイドがお城に戻るまでにあと1カ月あるよね?それまで考えてもいいかな?」
私は気持ちの整理ができてなくて自分の気持ちを考える時間が欲しかった。
今までフラワーエッセンスのことしか考えてこなくて恋愛のことは考えてこなかったから。
「なんか遠回しに無理かもって言われているみたい…」
えっ! そっか・・今現在の気持ちを正直に言っちゃったもんね。
レイドにしてみたらそう思うよね・・。
どうしよう・・。
そういえばレイドはいつまでその氷の王子仕様でいるのかな?見慣れないイケメン姿で落ち着かない・・。
まだ帰らないならいつものレイドに戻るよね?
「そんなことないよ!ちゃんと考えるし、レイドの気持ちを無下にしないよ。それに私、もうわかったから元に戻っていいよ。家にも帰るし」
「…1ヶ月ね。わかった。イリハの様子を見てるとこの姿のが良さそうに見えるんだけど…いつもの姿に戻るよ」
そう言ってレイドはまたポケットから小瓶を出して飲み干した。
みるみるうちに以前のレイドに戻った。
なんとなく気持ちが落ち着いた。
やっぱりレイドはこの姿でなきゃね。
私達は家に戻っていった。
家に着くとレイドがまたさっきの話を持ち出してきた。
「イリハ、僕はイリハに今からアプローチするチャンスが欲しいと思っているよ。昨日フラワーエッセンス作ったから今日はエッセンスを詰めたりするかもしれないけど、明日はその分休むよね?明日デートしようよ」
そうなのだ。
今日はこの後はまた寝るんだけど、起きたら作ったエッセンスを母液にして領の人達が使うためのエッセンスを作る作業をすることになっている。
それをした次の日はお疲れ様ってことでいつも休みになってる。
レイドとデートかぁ・・・。
そう言えば私は今までフラワーエッセンスに関する時しかレイドと会ってない。
この10年間一緒にどこかに遊びに行ったりとかもなかったな・・。
「うん。いいよ。どこに行こうか?」
「もう!こんな時は僕に任せて!!明日楽しみにしててよ」
「そうなの?わかった!レイドに任せる!楽しみにしてるね!」
ついつい私は一緒にどこに行こうか考えようとしちゃったけど、私は貴族の娘だった。
こう言う時はエスコートしてくれる男性に任せなきゃね。
レイドがどこに連れて行ってくれるか楽しみだな。
私はそう思いながらフラワーエッセンスの瓶詰め作業のために眠りにつくのだった。
そしてあっという間にレイドとのデートの日になった。
「イリハ、迎えに来たよ。今日はよろしくね」
レイドが私の部屋まで来てエスコートしてくれた。
いつもは作業のこともあるから汚れてもいいようなシャツとズボンだけど、今日はちょっといつもよりお洒落な雰囲気の服装。
綺麗なオレンジのセーターにグレーのスラックスだった。
髪の毛もいつもはセットしてないようだけど、今日はしっかりセットされてる。 そして何よりレイドの顔は、氷の王子だった!
いくら10年表に出てなかったとしても、そして王都から離れた子爵領だったとしても何があるかわからない。王子の象徴である髪の色は黒に染めてあって、わかりにくいようにメガネは掛けていたけど…。
そうだよね…もう私に姿を偽る必要なんてないもんね…。
わかってはいたけど私はイケメンに対する心の準備はできていなかった。
今日一緒にいるうちに慣れてくるかな…。
そして、私の姿はというと、髪はいつものお団子ではなくて侍女に綺麗に編み込んでもらって、服は花柄のワンピースを着てる。
普段は私もレイドと一緒で汚れてもいいようなシャツとズボンで過ごしているからワンピースなんてほとんど着てない。
でも私は本当はこんなワンピースが大好きなんだよね。
特に花柄。
そう思っていたらすかさずレイドは私を褒めてきた。
「イリハ、いつも可愛らしいけど、今日は特に可愛らしいね。その花柄のワンピースよく似合ってるよ」
めちゃくちゃ笑顔で。
イケメンの笑顔って半端ない威力だったけど。
「ありがとう。私もこのワンピース気に入ってるの」
私は褒められたけど、まだイケメンに耐性がないので自分のワンピースを見ながらお礼を言った。そんな私を見てレイドは笑っていた。
「じゃあ出かけようか。今日はイリハと一緒にカフェへ行こうと思ってたんだ。美味しいと評判のパンケーキを食べさせてくれる店があるから予約してあるんだ」
「えっ!パンケーキ?食べたい!!もしかしてスフレパンケーキ?私ずっと食べたいと思ってたんだ」
「そうそう、そのスフレパンケーキだよ。前にイリハが侍女からふわふわですごくすごく美味しかったって聞いたって言ってたからイリハの侍女にお店を聞いて予約したんだ」
「そうなんだね!楽しみ!!早く行こう!」
イケメンよりパンケーキ。私は現金なものだ。あんなにイケメン氷の王子使用のレイドにドキドキしてたのにパンケーキのことを聞いたらすっかり普通に話してる。
早速レイドと私はパンケーキの店に向かった。
お店は領のお店が立ち並ぶ街中にあった。
街にはいろんなお店があった。
お肉を売る店だったり、野菜を売る店だったり…。
カフェもたくさんあってどこも賑わっていた。
私はお店がわからないのでレイドにエスコートされているだけだった。
「色々な店があって面白いね。最近きてなかったけど、こないうちにまたお店が増えているみたい」
「そうだね。僕はワーグナ師匠に頼まれてちょくちょく買い出しに来ているけど、どんどん新しいお店ができているなって思う。こんなに繁栄していってるのはやっぱりフラワーエッセンスのおかげなんだろうなってよく思ってるよ」
キョロキョロしながらレイドとたわいもない話をしてしばらく歩いているとお目当てのお店に着いたみたい。
「お店はあそこにあるんだけど・・わーやっぱりすごく並んでるね。予約して正解だったね」
レイドの視線の先には制服を着たカップルが並んでいた。
うちの領では昼休みにはどこで食べてもいいってことになっているので学生も好きな店に行ってお昼を食べている。
私は学生時代からフラワーエッセンスを作っていたので普通の勉強はおろそかになってしまっていて学校に行っているだけという感覚だった。
そんな私が落第しないように色々と世話を焼いてくれていたのがレイドだった。
レイドは私より2歳年上で先に学校は卒業していたけど、いつも私がテストでなんとか合格点を取れていたのはレイドは勉強を教えてくれていたからだった。
並んでいる学生を見て昔のことを思い出しているとレイドが話しかけてきた。
「イリハ、予約してるから並ばなくて入れるよ。行こう」
私がぼーっと考えていたのでレイドが声をかけてどさくさに紛れて手を繋いできた。びっくりしたけどそのまま手を繋いでお店に入った。
「いらっしゃいませ。ご予約は承っております。こちらの席へどうぞ」
店員に案内されて予約席に着いた。
「イリハ、どうぞ」
レイドはエスコートして私を椅子に座らせてくれた。
「ありがとう」
周りはカップルだらけだった。
みんな楽しそうに話しながらスフレパンケーキを食べていた。
「注文どうする?スフレパンケーキでいいかな?飲み物は・・僕はコーヒー。イリハはどうする?」
「私はコーヒーは飲めないから紅茶にしようかな」
「わかった。じゃあ頼もうか」
「うん」
レイドは店員が注文を聞きに来るまで熱心にメニュー表を見ていた。
「このスフレパンケーキは早く食べないと萎んでしまうみたいだね」
「そうなの?みんな話しながら食べているけど、スフレパンケーキじゃないのかな?」
「どうかな?萎んでも気にしないのかもね」
「私はせっかくだからふわふわのままパンケーキを食べたいと思ってるよ」
「そうだね、じゃあパンケーキがきたら食べるのに集中しようか。ここに書いてあるけど結構焼くのに時間かかるみたい」
話していると店員が注文を聞きにきて私たちはスフレパンケーキ、レイドはコーヒー、私は紅茶を頼んだ。
「スフレパンケーキは10分ほどお時間をいただきますがよろしいでしょうか?」
「大丈夫です。お願いします」
「スフレパンケーキ楽しみだね」
「うん。あのさ、パンケーキ来るまで僕はちょっとイリハに話したいことがあるんだけどいい?」
「うん、どんな話?昨日のこと?」
「ちょっと違う。僕が錬金術を習おうと思った理由ってイリハに言ってなかったよね?」
「レイドの身体の調子が良くなったから自分も使えるようになりたいって思ったんじゃないの?」
「それもあるけど、他にも理由があるんだ」
「そうなの?」
「うん。僕はお城にいた時に剣の稽古をよくしてたんだ。その時に・・イリハはエルモア公爵は知ってるかな?」
「一応名前だけは。私はお会いしたことはないけど。」
「イリハはそうだろうね。そのエルモア公爵に息子がいるのも知ってる?」
「それは知らないかな」
「まぁそうだよね・・。僕がここにきているここ10年はずっと領地から出てないから知ってる人のが少ないよね・・。」
「エルモア公爵様のご子息がどうしたの?」
「僕の剣の稽古の相手をいつもしてくれていたんだ」
「そうなんだね。それで何かあったの?」
「普段は稽古だから真剣を使わずにやるんだけど、ある時、普段は訓練用に刃を潰してあった剣が本物だったことがあってね・・。
僕はエルモア公爵の息子、テオに深い大きな傷を負わせてしまったんだ。
傷は深くて大きかったけどもう治ってて傷自体は大丈夫だけど、傷を負った場所が顔だったんだ・・。顔に痕が残ってしまってね。ショックを受けて領地から出れなくなってしまったんだ。」
「そんなことがあったんだね・・。」
「テオ相当自分の顔に自信があったからね・・。それが醜く引き攣ったところができてしまって・・。」
「それでレイドはそのテオ様の顔を元に戻してあげたいって思って父さんに弟子入りしたんだね」
「うん。フラワーエッセンスは本人が治りたいって思っていれば本当にすごいパワーを発揮する錬金術だと思うからテオも時間がかかったとしても良くなると思う」
「そうだね。私も本人がそう思っていたら顔の傷は絶対良くなると思うよ。でも真剣にすり替えられていたなんてひどい。真剣じゃなければ傷を負わなかったよね?」
「そうだけど…でも実際にその剣を真剣って気づかずに使ったのは僕だし…」
「その犯人はわかったの?」
「残念ながらわかってないんだ…だけど僕はその時にすごく信頼していた従者を処分する決断をしなくてはいけなかった」
「どうして?」
「犯人がわからなかったから。実際は違ったとしても形だけでも事件の決着をつけなければいけなかった」
「濡れ衣ってこと?」
「そう…従者本人が僕に申し出てくれて自分が間違えて用意したことにしてくれって…」
「やってないのに?」
「うん…剣を用意したのは自分だからって。僕は前日に一緒に真剣ではないことを確認したんだけど…最終的にはそんな嘘をつかせてしまって、責任を取らせてしまった僕自身が許せなかった」
「レイドはテオ様のことと従者のことが重なってフラワーエッセンスが必要な状態になってしまった」
「うん」
私はレイドがどうして錬金術を学びたいって思ったのかちゃんと知らなかった。
本当はそんな理由があったなんて。
レイドはよく私の気持ちを汲み取ってくれる。
それは彼自身が繊細だからということ。今改めて気づいた。
そんな彼を私は支えてあげたいと思っていることを。
そんな話をしているとスフレパンケーキができてきた。
食べたいと思っていたパンケーキは私の想像よりもふわふわで美味しかった。
レイドと私は思う存分スフレパンケーキを堪能してデートを終えたのだった。
それからあっという間に約束の1ヶ月になってしまった。
私はデートでレイドの話を聞いてから彼を支えてあげたいという気持ちに気づき彼と一緒にお城へ向かう決心をつけていた。
今日はレイドに返事をする日。
私がレイドを呼び出した。
「イリハ、僕に話があるって、この前の返事?」
「うん」
「イリハがどんな決断をしたのか聞かせてくれる?」
「うん。私、レイドと一緒にお城へ行くよ。正直レイドのことが好きなのかはまだよく分からない。でもレイドを支えていきたいって思ってる」
「イリハ!!ありがとう!」
「わぁ!!」
私はレイドに抱きつかれていた。
こうして私は婚約者としてレイドと一緒に王都へ行くことにした。
王都へ行ってからも色々なことがあったんだけどね。
読んでいただきありがとうございました。