ep.2 ピュルとのお稽古っ!
今からお稽古です☆
な〜〜〜〜〜んてあまっちょろい青春を感じていたのは始めの二、三分くらいでしたね!
ピュル王子、じゃなくてピュルの御指導は大変手厳しいものでございました!
両手剣型の竹刀を持たされまして、素振り。
逞しいお声の叱咤激励の中、素振り。
兵士の皆さんも王宮では割とフランクなのかやいやいとエールを送ってくれる中淡々と、素振り。
何度でも言いましょう、わたくし職業イラストレーター。
1日の内歩くのは果たして何歩か。
50歩歩いたら満点あげちゃいたくなるくらい低レベルな生活。必要なものはデスクから手を伸ばせば揃うように整えられたマイルームは1歩足を踏み出したところにあるウォーターサーバーに行くことすら億劫。
そんなわたしが、素振り。
持つはずないよねぇ!?
50回で1度折れかけた心はピュルの地を叩く竹刀の音で乗り越えられたが100回の壁は越えられなかった。
50回もあの最初のミッションでやった回数だったからギリ行けたみたいなとこはある。あれやっていなかったらほんとうに30回も振れなかった。
わたしにしては及第点を頂きたいところ。しかもただやたらめったらに振るのではなくきちんと教えていただいた型とやらを遵守した上での素振りである。とにかく考えることが多い!!これを完璧にこなしていたのか私のアバターちゃん(現肉体)は!!!!!中に入ってる素体が悪いのか!?ごめんよ!!!!!
疲れすぎて頭の中は邪念だらけ。それを見てわかったのかピュルは1度休憩!と神の一声を下さった。
「ピュル、ピュル。わた、し、出来てた……?」
「最初のヘナチョコへっぴり腰よりはマシだ。覚えてきたな」
「御指導痛み入ります……これ終わったら何するの……?」
「ん?模擬戦に決まっておろう」
「決まってるの?やばいね……持つかな。疲れと、汗で溶けちゃいそう……」
「一度限界までやれば次の限界値は自然と今より高まる。あと人体は溶けぬ。安心せい」
ピュルともこのくらいの軽口は叩けるようになった。まあわたしの頭が限界なだけかもしれないけれど。
稽古の時はこれだと勧めてくれた薄い塩水にレモン汁を混ぜたお手製のドリンクをかぷかぷ飲んで一息ついた。
「そういえばさ、ピュル。」
「なんだ、陽鞠」
「どうしてわたしが別の世界から来たって分かったかは教えてくれたでしょ。」
「ああ、したな」
「その時言ってた転生者って、何?」
「は、陽鞠。お前気づいておらんのか」
「なにを?」
休憩中の軽い話題だと思っていたのに、思ったより言いづらそうにするピュルにドキッとする。なに、そんなにマズイことなの?
ピュルは今から話すことは真実である、とまで前置きした上で両手をしっかり包み込んで視線を合わせてきた。
「な、なに……」
「陽鞠、お前一度死んだぞ」
はへ?
どういう事?
わたし、ここに来る前は普通に仕事してて、ちょっと詰め込んでたけどゲームやる余裕もあって、楽しく……
「これはあくまで推測だが、その世界からこちらに来る時、身体の肉付きや体型はそのまま反映される。わかるか、」
「う、うん、なんとなく。」
「肌の色や体調なんかも分かることもある。」
「?つまり……?」
「筋肉なんてもってのほか、最低限の肉付きさえない、そして彫られたように真っ黒なクマ。今はマシだがダンジョンから出た時には驚いた。これは慢性的な睡眠不足、そして栄養不足。明らかに異常だぞ」
「……………………あ」
「俺と会うまでにこの世界で何か口にしたか?睡眠は少し取ったろうが、長期の絶食で腹の減りもアホになってるやもしれん。どうだ、」
「……薬草を……一枚……」
「はァ!?馬鹿者!聞いたかピース!直ちに飯の用意をせえ!やわっこいのだぞ!粥にしてこいつに食わせろ!」
「は、はい!!」
「はーーーーーーー、すまぬ。最悪の想定が当たってしまった。体を動かさせたのは悪かった。辛かったの。お前、恐らく栄養失調だ。睡眠も足りておらんかったんだろうな。」
「え、え!?」
「そんなに貧乏だったのか!そんなに切りつめていたのか!」
「あーー、えーーー、お金はありました!お金はありましたが!食べる時間が惜しく……睡眠時間も惜しく……カフェイン錠剤で誤魔化して……」
「カフェイン!?気付けの劇薬ではないか!寝食が惜しいとは何事だ!身体は資本であるぞ!」
「……ご最もでございます……」
「いいか、二度と死なぬように心して聞け、稽古より型より素振りより大事だ!飯は抜くな、睡眠を惜しむな、体は資本である、繰り返せ」
「あ、の、」
「俺は繰り返せと申したぞ」
「飯は抜くな!睡眠を惜しむな!体は資本である!!」
「宜しい。遵守せよ」
「は!」
稽古は強制中断、途中ピュルも食べてなかったよ!と反撃しようとしたがお前が寝てる間に食ったわ!と返されてしまい、食堂へドナドナされていくわたし……哀れ。
人間として最低限の欲すらフル無視をかますわたしの生活レベルには呆れますね。我ながら。
ピュルは結局スープ皿に鎮座したうす塩味のお粥を一粒残らず平らげるまで目の前で見張っていた。見守っていたの間違いだって?そんな事ない。だって目が怖かったもん…。
カロリーバー以外の温かな食事はいつぶりだろうと口に出したら更に叱られそうだったので言わなかったけれど、湯気が立っているお米は薄味だったけれどとても甘くて美味しゅうございました……。
これからはちゃんとご飯たべようネ……☆
さて。久方ぶりの食事及びカロリーに血糖値スパイクを起こしてぶっ倒れたわたしを甲斐甲斐しくお世話してくれたのもピュル。本当にありがとう…………
目が覚めるとこれまでと比べ物にならないくらい体調が良くてビックリする。慢性だと思っていた手足のしびれ、貧血気味だった頭はすっきりしゃっきり快調。身体は内側からぽかぽかあたたかく、常日頃感じていた寒さとはまるで違う。事前に水分もとっていたこともあってここまで体調がいいのはいつぶりかと考えかけてやめた。はるか昔すぎる。
身体は資本、その言葉がすとんと腑に落ちた瞬間だった。
「起きたか体調はどうだ?」
「……正直、すごい、」
感動で言葉もない。手のひらをぐっぱと動かしながら毛細血管の先まで滞りなく流れる血液にとにかく感動している。しかしピュルはなにか思い違いをしているみたいでまだ心配げにこちらを覗き込んでくる。
「しんどいか?やはり運動はまだ早かったか、」
「ちがうの!ピュル!」
「なんだ」
人はね、本当に感動した時には語彙なんて吹き飛ぶものなんですよ。ピュルにもこの感動を、喜びを伝えたくて頭を働かせる。とにかく、とにかくイイんですよピュル!
「すっごい…ご飯ってすごい!あのひと皿でこんなに体の不調が改善されるものなの?!本当にすごいよ!」
おっきなため息をつかれて、でも感動は冷めやまずサムズアップをする。ピュルは頭を抱えてしまったがわたしは大きな学びを得たのだ。ご飯は偉大、食べなきゃ損。
「まあ、元気なら良いのだ。心配したぞ、陽鞠。」
「ありがとう。これじゃどっちが命の恩人だかわかんないね!」
「お互い様だな。友人とはそうであるべきだ」
「うんっ!」
ピュルはとてもとても心配してくれたが、わたしの体調があまりに回復して有り余っていたので稽古を再開してもらった。さっきまではふにゃふにゃフラフラだった太刀筋もこの血糖値スパイクお昼寝の間に何が起こったんだと言うくらい芯を持ち、力強く振れている気がする。ピュルの反応も上々だ。
「たった一度の食事でこうも変わるか!」
「やった!カロリー最高!!ふー!!」
「調子に乗るでない!続けなければ意味無いからな!」
「はーい!!」
「伸ばすな!」
「はい!!」
起きてからもう一度素振り50回振ったけれどさっきとは疲れ方が違う。全然立っていられる。ふしぎ。
息は切れてるものの、体力は切れていないのをピュルも感じとってくれたのだろう。さっきちらっと言っていた模擬戦をやってくれる事になった。
本当にできるか、大丈夫かと心配してくれたけれど本当に元気なのだ。やりたいとお願いすると近くにいた兵士さんにピュル用の竹刀を持ってくるように頼んでくれた。
「制限時間は10分、胴に当たれば勝ちとする。三本勝負にしよう」
「今ならなんだってやれそう!がんばるぞー!」
審判は近くにいたキャロルさんが務めてくれることになった。ピュルと、わたし。ふたりの用意が整ってから右腕を下ろす。私たちの視線が手に集中したのを確認すると、始め!と手を振りあげた。
ピュルの太刀筋はお手本で見た。綺麗な型だが実戦で見るとやや右足に重心が寄ってるところがわかる。だんだんと反時計回りに立ち位置がズレていくのがその証拠。型は今日覚えたての付け焼き刃だけど、ゲーム的な立ち位置に関してはわたしの目の方が肥えてる自信がある。
二度、三度、振り下ろしてくる竹刀を左ステップで少しずつ避けていく。時計回りに動いているのだ。
元気とはいえ、体力ゲージは人並み以下なのでなるべく振る回数は温存したいところ。
ピュルの不得意なステップに誘われてるのに気づかれて後方に少し下がったピュルだけど、わたしが左から回り込んでくるから防戦にならざるを得ない。
なら、もう一歩左に踏み込んで肩を狙って、今!
「はは、狙ったな?今のは良かった」
体制はやや崩せたものの綺麗に弾かれてしまって逆に肩に貰ってしまった。
「ピュル王子、1本!」
「やりい!」
「うわー!!いまのおしかった!おしかったよね?」
「体制は崩されたな、やられた。修正する」
ピュルの素直な講評。いい所も悪いところも含めて稽古。変な意地を張らないところはピュルのいいところだ。
二本目。
始めの合図があってからお互い暫く動かず様子を伺う。考えていることは同じみたいで読み合いみたいでワクワクする。
1歩詰めれば1歩引かれ、逆も然り。わたしだって譲らない。3分が過ぎた頃からピュルはフェイントを仕掛けてくる。出すと見せかけて出さない。引くと見せかけて引かない。心理戦だ。
やり返す期を伺う。ここは我慢。あと一本取られたら負けちゃうもん。癖を見抜いてやる、と振り下ろされる竹刀を2回ほど弾いた時、視線に気がついた。
ピュル、打ち込むところを目で狙いつけてる!いいなそれ!貰っちゃうもんね!
「陽鞠、来ないのか?」
「いくよ、そろそろ。」
痺れを切らしたピュルが話しかけてくるのに答えてから狙いを誘導する。左脇腹だよ、弾かなきゃ負けちゃうよ。
そうして打った一度目はちゃんと弾かれた。やっぱり。ピュル、視線を見てる!
覚えたてのフェイントを混じえて次は左肩。じいっと見つめて、打つ!けど、また弾かれる。
次で決める。じいっと右肩を狙って、ねらって、るように見せかけて。ひだり!
「陽鞠さん、1本!」
「はいったああああ!!!!!」
「うがあー!!完全にフェイントだったぁ!!」
「ピュルのマネ!うまくいったよ!」
「1対1か、完勝してやるつもりだったんだがな」
「へへ!ご飯パワーだ!」
そして、三本目。これで勝負が決まる。
少しの沈黙のあと、合図。
今度は勢いよく飛び退いたピュルがスピードで迫ってくる。わ!!わ!!こんなのずるい!!でも勝負だから。
ピュルの苦手な時計回りの回転で避けていく。1戦目の時よりも重心にブレがない。本当に修正してきてる。本気度が伺えてとても好きです!でも負けたくないから!
ツーステップで前に出る足を真似してとにかく動く。これが3本目だから体力ゲージは底着くまで使い切る所存!
フェイントを理解したピュルはまた飛び退く。難しい、これじゃ一進一退、勝負がつかない。引き分け狙いも疑ったけどピュルに限ってはないと思う。そんな甘いオトコじゃない。
きっと、勝ちに来る。わたしの知らないワザを使って!
「たのしいね!ピュル!」
「はは、楽しいな!」
同じ気持ち。友達だからわかる。ピュルも私に勝ちたいんだって!
さっき取った糖分が力になってくれるのを感じてまだ1度もやった事ないけど等身を低くしてのフェイントで圧をかける。こんな技もあるよ、何するか分からないよって攻める。ピュルもひゅう、とリアクションしてくれて反応は上々。また下から横振りで攻めると弾かれる。慣れてきたね。
ピュルも上下に渡って攻めてくるようになった。筋力があるからか等身を低くしての体勢も安定していて流石にわたしより上手。でもねピュル、低く打ち込んできてくれるその瞬間待ってた。わたしね、
「ピュルより軽いんだよ!!」
開脚での大ジャンプで躱す。振りかぶった竹刀とわたしの身体は重力に引っ張られて落ちていってそして、
「陽鞠さん、1本!勝利です!」
「やったーーー!!!!」
「何だその動き!跳びやがった!」
わーい!と回りたかったけれどもう限界。へとへとすぎてもう立てません。座り込んで足を伸ばすと筋肉が悲鳴をあげていた。ピュルはドリンクをもって来てくれてちゃんと飲めとまた世話を焼いてくれる。
「体力全ベットのジャンプ!はーもう動けない!!」
「くそー、陽鞠飯を食ってから急激に色々しだすから目が回ってしまうわ」
「出来るかどうかは賭けだったけどねぇ、はは。」
「そこで勝てるのがお前の底力だ。おめでとう。今回は、俺の負けだ」
今回は、ということはまた次もしてくれるのだろう。今度はちゃんとご飯を食べ続けて、筋肉つけたらもっといい勝負が出来るはず。
「またやろうね!ピュル!」
「ああ!」
ピュルといる時間はあっという間で気づかなかったが、何やら巻物が微かに光っていて、またミッションを達成したようだった。正確には、ピュルを助けたあと、お城へ連れていくまでがミッションだったんだけど、成り行きでクリアしていて、隠しミッションだったのがピュルとの稽古で勝利することだったみたい。
気がついたら巻物一枚をコンプリートしていて、中心にでかでかとExcellent!!とハンコ風の文字が光った。
光ったところから溶けて消えるように無くなった巻物。ドリンクを飲んでいたピュルがこっちに来てほぉ、と興味深げに息を吐いた。
「クリアするとこうやって消えるんだな」
「ねぇ、綺麗だね」
最後の光の粒ひとつまで見送って、反応がないピュルの方を見るといつの間にか遠くに行っていて、なにやら取って戻ってくるところだった。
「丁度よく渡せてよかった。これ、持っていくといい。LiOLフォンだ。」
「へ?スマホ?」
「すま?何だそれは。これはLioLフォン。便利だぞ。離れたところにいてもやり取りが出来る。文章とテルという機能がついてる。」
「それ、わたしの世界でもあったよ」
「なら説明は省くな。それと、掲示板が見れる。国中の今起こっている事がどこかから書き込まれるとどこに居ても確認できる。知らせてはくれないから適宜見ることを勧める。」
「へえ!便利!」
「だろう。陽鞠にやる。クリアの報酬だ。」
「え!やった!高そう〜、」
「値段は知らん。父上様からクリア報酬と聞かされているだけだからな。俺にはまだわからん。」
「へぇ。とりあえず見てみよっか、」
懐かしい指使いで画面を操作してまずは一番謎な掲示板とやらを見てみることにした。画面を見た第一印象はアレだ、ツ○ッター。初期の四角いアイコンだった頃のタイムラインにそっくりである。これなら使いこなせそうだ。
「お、使えてるな。むしろ俺よりも慣れてるかもしれん。陽鞠の世界にあっただけはあるな。」
「でしょ。文字を打つのだって早いよ」
「俺はまだ時間がかかる。なんせ画面が小さくて見づらい。」
「はは、たしかにね。上に出てるのが最新?でいいんだよね?」
「ああそうだ。桃の港……ちとすまん、触るぞ。」
後ろから伸びてきた指が1番最新の記事をタップすると桃の港という場所で魔物が大量発生中との情報だった。
「知ってる場所?」
「国は庭みたいなものだ。どこでも知っておる。しかし、この情報は本当に新しいみたいでな、王宮でも聞いたことがない情報だ。ピース、」
呼ぶ声にはっ、と返事を返したピースさん。でも黙って首を振っている。
「難しいです。つい先程ダンジョンに囚われたばかりですのにこれ以上の外出は流石に……」
「うむ、こればかりは俺の失態だな。分かった。無理を言ったな……」
「いえ。桃の港ですか。代わりに兵を出しますか?」
「ダメだ。レベルが足りなすぎる。危険だ」
「しかし、」
「俺の事情だ。皆を巻き込めぬ。」
「ですが!」
「ならん!」
何この緊迫感、なにかマズイこと起きてたり、する?
少しの言い合い、でも今回のダンジョン騒ぎでレベル不足を痛感したのか、ピュルも兵士さんたちも黙り込んでしまった。ピュルは行けないし、兵も出せない。なら、簡単だと思うんだけど、なぁ?
「……わたし、行ってこようか、?」
「ひまり?」
「マグレだけどピュルといい勝負だったし、レベルだけなら充分、ご飯もちゃんと食べるし、ちゃんと寝たら今日みたいに元気で、」
さんざんご迷惑をおかけしたのでさすがにもごついたが、ピュルにマグレにも勝ち星を上げたから少しは信頼してくれたらいいなーなんて、思ったり、しただけなのだけど。どうも様子が違う。優しくてしっかりした王子だったピュルとも、稽古したときの軽口を叩きあったピュルでもない。
「本当に、いいのか、いや、」
「うん。もちろん。どうしたのピュル、」
「だが、しかし、」
少しの時間、時が止まったように考え込んでいたピュルは頭を抱えて蹲ってしまった。
「え!?なに、なにどうしたの!?」
事情は分からないけれど、何かあるみたいだ。ピュルは息を震わせてなかなか頭を上げてくれない。代わりにピースさんに視線をやるとピュルの腰をやんわりと摩りながら、話してくれた。
「桃の港にはピュル様が幼少を共に過ごされた兄弟のようなご友人が住まう地なのです。」
「やめっ、ピース!」
「何を迷われてるのです!!」
こんなにピリピリしたところを出会ってから初めて見る。何を遠慮してるのか考えてるのかは分からないけれどわたしがピュルならそりゃあ気になる。むしろその事情で必死にならないわけが無い。ピースさんも食いさがるわけだ。王子としての事情と個人としての事情に板挟みになってる友人のそんな話を聞いたらハイそうですかと引き下がれない。
「俺では行けぬ。騒ぎを起こした手前、王宮に留まらなければならぬ。それは仕方がない。だが、どうしても、心が落ち着かぬ。だが、まだこの世界に慣れてない陽鞠を送り出すのは酷でしかない。だから、」
「ピュル様!事は一刻を、!」
「ピース!!」
あ〜、掴めた。なるほど。ピュルは本当に優しい人だ。
こんな優しい人に想ってもらって嬉しくないわけが無い。でもこれはわたしの撒いた不安だから。
「ピュル、大丈夫だよ」
蹲ったままのピュルと同じ目線に屈んで覗き込む。ピュルはサファイアの瞳を震わせて堪えていた。
「ひま、り、違、すまん、俺が……!」
「うん、なーに?」
「おれの、事情に巻き込んで、陽鞠を失うのが本当に、ほんとうに、おそろしい」
「ピュルは本当に優しいね。だから迷ってくれたんだね。」
「頼むとも、行くなとも言えぬ俺で、すまん、!」
情けない、そう言って丸まる背中はさっきの勇ましさの欠けらも無い。でもそんな一面を見せてくれたことを嬉しく思う。そんな関係になれたことを嬉しく思う。
「わたしはさぁ、もう会いたくなっちゃったよ。ピュルがこんなにも心配してる大好きなお友達に。」
「ひまり、おま、」
「ねえ、会いに行ってきてもいい?」
「っ、」
決断を委ねると息を詰めてしまう。ピースさんも迷ってるわけを知って何も言えなくなってしまった。そりゃそうだよね。どっちか選べって言われる方が酷だよね。
「ピュルのお友達、おなまえは?」
「……リアン」
「ん!すてきななまえ。わたし、リアンさんのこと見つけてくるよ。まだ結末は分からないけど、喜ぶ時も泣く時も、ピュルと一緒がいい。友達でしょ?」
それでも、恐ろしい、そう言って肩を抱くピュルは幼げでふと子供の頃にしてもらったおまじないを思い出した。
なんてことない、ただの口約束。でも、それが背中を押すひとつになってくれたら、信じてくれるひとつの決め手になってくれたら、いいなあ。なんて。
「そんなピュルには、わたしの国自慢のとっておきのおまじない、教えてあげる。」
こゆび、だして。そう言うと恐る恐る指を立てるピュル。ご飯を食べてない時のわたしよりも震えていて、滲んだようにサファイアが揺れている。
「ゆーびきーりげーんまん、」
上下に結んだ小指を振るだけの特別なことは何もないおまじない。
「うーそついたらはりせーんぼーんのーます!」
結構デンジャラスな歌詞だけど、このおまじないをしてる時間が約束を結んだ何よりの証拠になるからわたしは指切りは嫌いじゃない。
「ゆーびきった!」
パッと離したピュルの小指がぶらんと垂れて、本人は不思議そうな顔をして固まっている。ふふ、初めてじゃその反応だよねぇ。
「指切りっていうの。約束破ったら針千本飲ますから絶対に守るんだぞ〜っていう歌。」
「まもって、くれるんだな」
「必ず見つけて帰ってくる。約束」
「ウン、約束だ」
ずび、と鼻を啜ったピュルが約束と小指を出してくれたのでもう一度指切り。破ったら針2000本だ。まずいまずい。
ほっとしてくれたのかポロリと一滴涙を落としたピュルにピースさんが差し出してきたちり紙で鼻をかむ。その横で兵士さんたちまでズビズビしてる。感受性豊かなんだなぁ。
「ピュル様っ!陽鞠さん、どうか、どうかご無事で…!」
「ありがとうございます!勿論です、約束ですから!」
それにしっかり頷いたピュルは落ち着いた様子で顔洗ってくると洗面室に向かった。残ったのはピュルより泣いてるかもしれないピースさん。必死で息を整えているのを背中を摩ってサポートしてあげるとありがとうございます、と落ち着いたみたいだった。
「ピュル様、実はご養子なんです。リアン殿はピュル様のご友人とだけお話されていましたが桃の港出身で、王宮に凝られる以前は本当のご兄弟のように過ごされていたと伺っています。なかなか城から出れるお立場ではありませんからご友人も機会がなく、本当にここ一日と少し、ピュル様はお楽しそうでございました。」
「それ、ピュルに黙って話しちゃっていいやつ?」
「叱られる覚悟でございます。でも、陽鞠さんがこうも良きご友人になって下さったことがわたくし、お節介ながら本当に喜ばしくてっ、」
「それ、話したこと次に来た時にピュルにバラしちゃいますから!叱られる覚悟しといてくださいね!」
「へ?」
「だから次、です。ちゃんと帰ってきますのでお覚悟を!」
指切りもします?なんて茶化してみればピースさんはもう吹き出していて。いつものピースさんだ。
「いくらでも覚悟しますとも。重ね重ね、どうかご無事で。」
「はい!」
話は決まった。約束もした。
やることもばっちり。
寂しいのは一瞬だけ。また帰ってくるから、今だけ。
また不安げな顔をするピュルに小指を立てて指切りの真似をしたら同じように小指を掲げてくれた。
旅支度くらいさせて下さいと言ってくれたピースさんは膨らんだ荷物を渡してくれた。ずしり。
「おっ、、、も、何入ってるんですか?」
かなりの重量。こんな重さ昨日までは無かったはず。何入れたんだピースさん…
「主に食料ですね。日持ちがする乾パンと携帯栄養食が基本ですが糖分補給用のドロップ、近日用ですが握り飯を少々、お稽古中に飲まれていたドリンクも2リットルほど……」
「多いわ!」
「少ないんです!マトモに食べたら5日分もないんですよ!」
「充分ですぅ!」
「充分とは何事ですか!」
むう。またお説教が始まりそうな予感……後ろでピュルもジト目してるし。ご飯は正義、だもんね。
「ちゃんと買います!ご飯買います!お腹空かして横着しません!!」
「指切りできます?」
「厶。」
「指切りましたからね。」
「なに!早いよ!」
「大人はズルが基本です。」
新しい約束ができてしまって不安だけれどもこれも心配のひとつかなと受け止める。まあ、5日分あるし。何とかなるはず。
「最後にこちら。」
「ん?これは?」
「橙のカケラにございます。お守りだとお思い下さい。」
「ありがとうございます?」
歪な形のお守りだけど、翳すとオレンジ色に透けて綺麗なカケラである。ふうん、そういう文化なのかな、とバッグのビニール生地の透明なところにカケラを入れた。
「うん!ばっちり!」
「それでは改めまして。行ってらっしゃいませ」
「はい!行ってきます!」
じゃーねー!と手を振る先のピュルが小指を立てていて同じように立ててブンブン振る。王宮の周りは入り組んでいてすぐにピュルたちは見えなくなっちゃったけどびゅんと風がひと吹きひたときになんとなく、なんとなくだよ?ありがと、なんて声が聞こえたり、するわけないかー!
言ってたとしても、次回に持ち越しかな。楽しみにしていざ桃の港へ出発ー!
ピュル王子(16)
ゲーム内だと遭遇する度何かしらのレアアイテムをランダムでくれるキャラクター。
王と王妃の間に女の子しか生まれなかったことで桃の港から連れて来られた養子の王子。
年相応な遊びや同年代の友達に憧れを持つ普通の男の子。立場的にはそれは叶わないと思っている。
ピース(36)
歳を重ねるごとに年々涙腺が緩くなってきているのが最近の悩みだという独身貴族。
陽鞠に対して華奢な方だと思ってはいたがその実飯キャンセル界隈の人間だと知って驚いた。
粥を食わせてバタンキューした陽鞠に大慌てだったピュルを落ち着かせて医者を呼びに走った功労者。