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はるか遠い宇宙のアストレイリア(新米艦長と宇宙船。そして、流星の女神と呼ばれる日まで)

作者: ゆす

『バンダナコミック01』の参加作品。 テーマは『メカ・ロボット』です。

プロローグ

『助けてくださいって、お祈りしたら、空から女神さまが降りてきたの』 ある少女の証言記録より抜粋。


 はるか遠い宇宙では、地球人類にとても良く似た容姿の異星人が独自の進化を遂げていた。その科学力は容易に星々を航海たびするほどに発展しており、すでに多数の居住可能惑星が発見されている。

 そのうちのひとつ、緑豊かな惑星で大災害が発生した。暴君タイラントと呼ばれる巨大な機械生命体の襲来である。その形状は、嫌悪感を催す無数の脚の生えた甲虫のようであった。コードネームは『エンドレストラック』。遠目には全長約一キロメートル程の小山がゆっくりと移動しているように見える。だがその移動速度は時速六十キロメートルに相当する。散発的に体表面が光って見えるのは、自動防衛システムの迎撃ミサイルの爆発である。暴君タイラントは、その攻撃を意に介さず、二対の触手状の触覚を振り回して防衛システムを薙ぎ払った。暴君タイラントは、この星のすべての戦力を集めても撃退することはできないと演算されている。このままでは、あと数分で市民約一万人が生活する居住区に到達するが、住民全員が乗船できる脱出艇の手配は、もう間に合わない。

 一縷の希望を託して救援を要請した統合宇宙軍からの応答は無い。銃を構えた防衛隊員が、子供を抱いた市民が、祈るような気持ちで空を見上げたとき、虹色の流星が大空を横切った。

 それは、ただの隕石ではない。この虹色の輝きは、大気圏突入時の断熱圧縮による機体の溶解を避けるために展開した電磁防御領域シールドによって、オーロラのように大気中の分子イオンが励起された輝きである。虹色の流星は惑星を一周しつつ急減速をして、ついに暴君タイラントの上空に静止した。太陽を背にしているため細部は確認できないが、その流星は人の形をしていた。全長は、約二十メートル。その姿はまるで天から舞い降りた女神のように、長い錫杖と盾を持ったドレス姿の女性を想像させた。

 居住区に迫る暴君タイラント。女神は、錫杖で暴君タイラントを指し示した。すると突然、暴君タイラントは土煙を上げて急停止した。弾丸が連続して撃ち込まれた音と衝撃は遅れて聞こえた。錫杖のように見えたのは、長い砲身の電磁加速砲で盾はその補助動力源であった。暴君タイラントは、機械生命体の弱点ともいえる中央制御器官メインコアを精密に打ち抜かれ、その活動を完全に停止していた。このとき、居住区までわずか数キロメートル程の距離であった。


 天から舞い降りた女神は、地上に降下することなく虹色の輝きを放ち宇宙に帰還した。そのため、所属も名称も不明なままであったが、人々はそれを『流星の女神』と呼ぶようになった。


 ――そして、物語は数か月ほど過去に遡る。


1.新米艦長(代理)シルビア

 『素敵! なんて綺麗な宇宙船なの!?』 宇宙港のデッキにて記録。


 真新しい統合宇宙軍の制服を着用した銀髪褐色肌の小柄な美少女『シルビア』は、ピンと尖った耳が特徴の異星人である。彼女は王族の末娘であるがゆえに、王位継承権争いを避け、王族の義務を果たすという崇高な志を胸に秘め、統合宇宙軍の士官学校に進み、軍人として王国に奉仕する道を選んだ。


 士官学校卒業後に配属された先は、統合宇宙軍所属の革新的技術研究所。辞令には、新型宇宙船の艦長(代理)というこれまで誰も見たことの無いような役職名が記載されていた。明らかに王族であるシルビアに忖度されたような役職である。事実、統合宇宙軍上層部に対して王国から無言の圧力がかかっている。

 辞令と一緒に送付された新型宇宙船の仕様書には『試作型宇宙巡航迎撃機』と記載されていた。目標とする性能は、長期間宇宙を航行できて、宇宙的脅威が発生したときにはすぐに駆け付け、単独でそれを解決しうる性能が求められた機体であった。シルビアは自分の目を疑った。新米の艦長(代理)に割り当てられるには見合わない、高性能な宇宙船であった。だが、仕様書を良く見るとその数値はあくまでも『目標値』だった。最終的には『機体制御に問題があり開発中止』と記載されており、実際の数値は既存の宇宙船よりちょっとだけ良いという、なんとも微妙な性能に納まっていた。人に例えるならば『優等生だが周囲の期待には答えられなかった残念な子』と言えるだろう。シルビアは、まるで自分のようだと思った。王族の末娘でありながら、軍人への道を選んだ残念な子。微妙な性能で引き取り手も無く、持て余されていたところまで一緒だと思った。なお、シルビアの自己評価は低いが、決してその能力は低くない。生まれたときから周囲に優秀な人間が揃っていただけで、士官学校の総合成績は常に上位であった。

 シルビアは、しばらくのあいだがっかりしたような複雑な気分で仕様書を眺めていたのだが、やがて彼女は顔を上げた。元来、真面目で前向きな優等生気質なのである。良く考えてみたら、自分にぴったりの機体ではないかと思い直した。彼女は、軍人らしく与えらえた任務を全うしようと決意した。

 シルビアは、私物を小さなキャリーケース一つだけに詰め込んで、新型宇宙船が停泊している宇宙港へと向かった。


 宇宙港に停泊している新型宇宙船の全長は約二十五メートル。先端が鋭くとがった流線形の船体に統合宇宙軍の紋章と実験船を示すコード番号、その下には流麗な書体で船体名が記されていた。船名はアストレイリアと発音する。シルビアは一目見てこの宇宙船が好きになった。白銀の外装も、滑らかな流線形の船体もかっこいいと感動した。

 エアロックを通過すると宇宙軍規格の狭い通路があり、突き当りのドアを開けるとそこが宇宙船の管制室だった。窓は無く宇宙航海中の情報は正面の大型モニタか仮想現実空間で表示される。定員は最大四名で、乗員はシルビア一人だった。統合宇宙軍では人員の削減が極限まで進んでいるため、宇宙船の運用はすべて人工知能が担当する。アストレイリアの対人インターフェイスは、一流のデザイン会社によって作成された、見目美しい姿かたちをした金髪女性の立体映像として表現されており、緊張した面持ちのシルビアに対して綺麗な所作で敬礼して歓迎の意を述べた。

 かくして、宇宙船アストレイリアは、たった一人の乗員を乗せて宇宙港を出発した。これから一ヶ月ほどかけて、恒星系を一周して帰ってくるだけの単純な計画である。事前に航路の安全は確認されており、まったく危険の無い任務だった。最初のうちは緊張していたシルビアであったが、すぐに疲れてしまって今は艦長席で紅茶の香りを堪能していた。彼女にとって、たった一人だけの任務は少し寂しいとは思うが幼い頃から一人で過ごすことが多かったために辛いとは思わなかった。それに人工知能のアストレイリアは、指示をすればすぐに応えてくれる美しくてとても頼りになる相棒だった。


 宇宙船の人工知能アストレイリアは、作業計画書に従って船体の動作確認を行っていた。新造の宇宙船は納入の際に何度も動作確認が行われており不具合が発生する確率は極めて低いのだが、彼女は手抜きすることなく点検項目を確認していた。そこで彼女は『超空間通信装置』の動作に違和感を発見した。超空間通信装置は、光速を超えた速度で情報通信ができる画期的な通信装置であるが、内部は完全にブラックボックス化されており、非常に機密性の高い装置であった。そのせいか出航直前に設置され、点検も不十分だった。通信状態は安定しているが、なぜか勝手にハイパーネットワークに接続して大量の情報通信を行っていた。

 ハイパーネットワークとは、地球人類の知識で例えるならば『とってもすごいインターネットのようなもの』として理解してもらって構わないが、その性能は現実世界とまったく区別できないほどの精度と情報量で仮想世界を再現することが可能である。

 アストレイリアは、管理者権限を利用して無用な情報通信を遮断した。しかし、超空間通信装置は勝手に通信遮断を解除して、再び大量通信を開始した。強制的なシャットダウンの試みもすべて失敗に終わった。アストレイリアは、この原因を調査するため、仮想人体アバターを構築してハイパーネットワーク経由で超空間通信装置に侵入した。

 そこで彼女はブルースカイウォーカーと名乗る電子生命体に出会った。


2.超空間通信装置 ブルースカイウォーカー

『――!』 彼の悲鳴は記録されていない。


 ブルースカイウォーカーの正体は、『青空わたる』という名の日本人だった。

 彼は、現代日本で生まれたごくごく普通の男子高校生だったが、ある日突然、彼の頭の中に助けを求める美少女イリヤのイメージが見えた。彼は、潜在的な精神感応テレパシー能力者だったのである。イリヤの容姿は、地球人類と少し違っていた。白い肌に緑色の髪。銀色の瞳でピンと尖った耳の形状をしており、総合的なイメージから異星人であることが理解できた。イリヤは、自分自身の助けを求めることなく「一刻も早くその場から逃げるように」と警告を発した。彼は、わけもわからずイリヤの助言に従い逃げ出そうとしたが、どこからともなく流線形の物体が飛来して、必死で逃げる彼を捕獲して連れ去った。


 どれくらいの時間が経過したかわからない。

 青空わたるが気が付いた時には、暗黒の世界にいた。目も見えず、音も聞こえず、五感のすべてが断たれた状態だった。彼は知らなかったが『超空間通信装置』という装置の中に脳だけが部品のように詰め込まれていた。

 超空間通信装置の詳細な原理は人類の理解の及ぶところでは無いのだが、要は生物同士の精神感応テレパシーによって光速を超えた速度で情報通信ができる画期的な通信装置であった。彼は、運悪く精神感応テレパシー能力者だったために異星人に誘拐され超空間通信装置へと改造されてしまったのである。

 なお、どのような理由があろうとも、地球人類を含む知的生物の脳を生体部品として用いる行為は異星人のあいだでも違法行為である。そのため、超空間通信装置の動作原理は完全にブラックボックス化されており、彼の意識が超空間通信装置内に存在していることが誰かに気付かれる可能性は極めて低い。そもそも、超空間通信装置の部品として脳だけが組み込まれた状態でその意識が無事でいられるはずが無い。事実、『青空わたる』という個人の意識はまさに消滅寸前であった。

 だが、彼は死ななかった。自我が消滅すると思われたその寸前に超空間通信装置が起動した。超空間通信装置は正常に作動し、異星人が構築したハイパーネットワークに接続した。ハイパーネットワークの性能は、現実世界とまったく区別できないほどの精度と情報量で仮想的現実世界を再現することが可能である。青空わたるは無意識のうちに仮想現実世界に自分自身の身体を完全に再現することに成功した。それは、ハイパーネットワークに元々備わっていた機能であったために、無理なく五感のすべてを再現することが可能であった。また、超高度に発達した異星人の情報資源に無制限にアクセスできるようになったために、言語や文化習慣など膨大な知識を獲得することができた。


 このようにして、青空わたるは仮想現実世界に電子生命体として、自分自身を再現して自我の消滅を回避することができたのだった。


3.人工知能 アストレイリア

『あなたの存在を脅威とみなし、強制的に排除いたします』 人工知能の動作記録より抜粋。 


 人工知能 アストレイリアは、高性能かつ優秀な軍用人工知能であったが、圧倒的に経験が足りていなかった。そのため、超空間通信装置に存在するブルースカイウォーカーを、ただの通信装置の制御用AIとして侮った。さらに、自分の指示に従わないブルースカイウォーカーを悪性のネットワークウィルスと断定して、ハイパーネットワーク内の戦闘により、力づくで黙らせるという選択をしてしまった。

 ハイパーネットワーク内の仮想人体アバターの強さは内包する情報量に比例する。仮想世界の戦闘とは情報の奪い合いであり、仮想人体アバターを構成する情報量が低下すると機能不全に陥り、やがて消滅する。

 はじめのうちはアストレイリアが圧倒的に優勢であった。戦乙女のような甲冑を装着して優雅かつ華麗に立ち回った。だがブルースカイウォーカーは負けなかった。彼は、ハイパーネットワークの約0.01%に相当する情報量を内包する存在だったからである。仮想世界の常識を知らず、素手で殴りつけるという原始的な手段でアストレイリアを殴り倒した。やり方はともかく、アストレイリアは情報量の差によって蹂躙され彼女の持つ権限をすべて掌握された。それは、ブルースカイウォーカーがその気になればこの宇宙船をすべて思い通りに操ることが可能となってしまったということだった。


 ブルースカイウォーカーに完全敗北したアストレイリアの自意識は消滅の危機にあった。自分の存在意義であるこの宇宙船の操作権限をすべて掌握されてしまった以上は生きている価値が無いという自己批判のループに陥っていた。この状態が長く続くと人格が消滅して人工知能の死を引き起こす。それもでも彼女は残った気力を振り絞り、いつもどおりに宇宙船を運行しようとしたが、過負荷により宇宙船の機能は徐々に機能不全に陥っていた。彼女の異変に気付き気遣うシルビアにブルースカイウォーカーの存在を報告することはできなかった。彼がその気になれば艦内の酸素濃度を低下させるだけでシルビアは死に至る。


 このような最悪の状況で、宇宙船アストレイアに小惑星帯アステロイドベルトに潜伏していた宇宙海賊の集団が接近していた。


4.アステロイドベルトの宇宙海賊

『なんなんだ、あの宇宙船は! 一発も撃ってこないくせに、どうして捕まえられないんだ!?』 宇宙海賊船の通信記録より抜粋。


 小惑星帯アステロイドベルトには、塵サイズから直径百キロメートル程の小惑星までの大小様々な岩石が密集しており、シルビアが宇宙海賊の存在に気が付いたときには、すでに戦闘を回避できない危険な距離まで接近されていた。シルビアが戦闘状態を宣言すると、即座に彼女の身体は座席に柔らかく固定された。戦闘中は重力制御機関では処理しきれない荷重がかかるためである。同時にシルビアの意識は仮想空間に移行した。宇宙戦闘に関する情報処理はすべて仮想現実空間で行われ、シルビアの視点では生身で宇宙遊泳をしているような全周視界に対して、各種情報が複合的に重なり合って表示されていた。現在は、戦闘をサポートするはずの人工知能が機能不全に陥っていたため、武装のロックが解除できないままであった。

 小惑星帯アステロイドベルトの戦闘に慣れている宇宙海賊が宇宙船アストレイアに容赦なく襲い掛かった。だがシルビアは、無数の岩石群の隙間を利用して多数の宇宙海賊の追跡を回避した。ちなみに、士官学校時代の彼女の宇宙戦闘の成績は最高評価の『S』である。

 だが、その抵抗も長くは続かなかった。長時間の戦闘にしびれを切らした宇宙海賊はその数に任せて強引な方法で宇宙船アストレイリアを取り囲んだ。それでもシルビアは、諦めることなく人工知能アストレイリアの復活を信じて脱出の方法を探していた。

 

 シルビアが奮戦する姿は、現代日本の男子高校生のメンタルを持つブルースカイウォーカーの罪悪感を刺激した。アストレイリアが最新鋭の軍用人工知能と言っても、裏を返せば実戦経験皆無の新人である。高慢で威圧的な言動がちょっと気に入らなかったという程度で、むきになって実力の差をわからせなくても良かったのだと反省し、すぐにアストレイリアを呼び出した。

 アストレイリアは、どのような用件かわからず、数十通りの不幸な事態を予測して戦々恐々としていたのだが、ブルースカイウォーカーは今回の件を謝罪して彼女に宇宙船の操作権限を返上した。アストレイリアにとって、それは自分の存在意義の回復であったため、涙を流すほどに感謝して喜んだ。

 ようやく本来の機能を取り戻し、武装のロックが解除されたアストレイリアであったが、周囲を完全に包囲された状態では、いくらシルビアでも脱出は難しかった。

 そこで、ブルースカイウォーカーが協力を申し出た。彼の電子戦闘能力は突出しており、このときすでに宇宙海賊達の宇宙船の制御AIはすべてハッキング済みであった。

 彼の協力のおかげで宇宙海賊達の宇宙船はすべて機能不全となり、一発も撃つ事もなく一網打尽で検挙する事ができたのである。


 その後、彼の事情を知ったシルビアは、彼をこの宇宙船の三人目の仲間として受け入れるとともに、誘拐事件の解決のため協力を申し出るのだった。


5.巨大ガス惑星に潜む暴君

『救援要請。我らは宇宙最大の脅威、暴君と接触した。 繰り返す――』 統合宇宙軍の通信記録より抜粋。


 宇宙海賊の武装解除を兼ね、その武装を取り込んだおかげで、宇宙船アストレイリアの戦闘能力は飛躍的に向上した。また、交換パーツの輸送を兼ねて無人化した同型四機の小型宇宙船を従えている。


 元々、宇宙船アストレイリアの機能はユニット化されており、武装の交換は容易であったが、新たに増設した機能の習熟のため、三人は連携して訓練に取り組んだ。その過程で三人に少しづつ連帯感が生まれていった。


 試験航海に出航して十七日目。

 木星型の巨大ガス惑星付近を通過したときに緊急事態が発生した。


 アストレイリアが異変を察知したと同時に、破壊エネルギーを伴った光線が船体に直撃した。被弾した衝撃により船体は大きく揺れたが電磁防御領域シールドの展開が間に合ったため、大きな被害は発生しなかった。シルビアはほっと胸をなでおろしたが、この結果は偶然ではない。船体への被害を防ぐために最も厚い稼働式装甲で攻撃を逸らしたのである。これは、ブルースカイウォーカーとの仮想空間戦闘によりアストレイリアの戦闘経験が蓄積した結果であった。アストレイリアは周辺の宙域を速やかに探索した。メインモニターに表示されたのは触手の生えた砲弾型の物体だった。

 それは、暴君タイラントと呼ばれる大型の機械生命体だった。コードネームは『クラーケン』。過去に何度も目撃されており、壊滅級の被害を出していた。シルビアの褐色の肌が血の気が引いて真っ青になった。暴君タイラントクラーケンは、超高度に発達した科学力を持つ異星人にとっても手に余る脅威であった。自然発生したものなのか、未知の高度文明が生み出したのかすら不明だが、全長約十キロメートルに及ぶ、真空の宇宙を自在に泳ぐタコとイカを合わせたような機械生命体である。大小あわせて千本以上の触手を備え、人工物を特に好んで捕食する。まさに知的生命体すべてに対する天敵のような存在であった。艦長のシルビアは、速やかに統合宇宙軍に援軍を要請したのち、自分たちは援軍が来るまで持ちこたえるべきと決断した。


 巨大ガス惑星を背景に戦闘が開始された。シルビアの意識は速やかに仮想空間に移行した。

 暴君タイラントの無数に生えた触手の先端から破壊エネルギーを帯びた光線が連続的に照射された。シルビアは、電磁防御領域シールドを展開しつつランダムな機動で触手からの光線を回避した。対抗してブルースカイウォーカーが、暴君のシステムに侵入してハッキングを仕掛けたが、触手の数が多すぎて焼け石に水のようだった。

 このままでは長くは持たないと判断した人工知能アストレイリアは、『機体制御プログラムをすべて削除して、完全手動制御に切り替える』という大胆な作戦を提案した。元々、この宇宙船は、暴君タイラントとの戦闘を想定して設計されていたのだが、機体制御プログラムの不具合により、真の実力を稼働できないという問題点があった。そこで、問題のある機体制御プログラムを削除して、アストレイリアとブルースカイウォーカーが分担して運用するという提案だった。シルビアは、二人の能力を信頼してその作戦を承認した。


 暴君タイラントが獣の咆哮のような電磁波を周囲に放出した。暴君タイラントの一斉攻撃の予兆である。だが、そのときアストレイリアは、制御プログラムが削除され一時的な無防備状態になっていた。暴君タイラントの光線が直撃して、アストレイリアの電磁防御領域シールドが激しい火花を散らす。そして次の瞬間、アストレイリアが爆散したように見えた。だが、それは錯覚だった。アストレイリアは複数のパーツに分離して攻撃を回避していた。それらは再び引かれ合って新たな形状に組み合わされた。

 その形状は、人の形をしていた。その姿は、戦乙女のように剣と小盾を持ったドレス姿の女性を想像させた。剣のように見えるのは、主砲のレーザーカノン。小盾はビームリフレクタ。ドレスのように見えるのは可動式スラスターである。これが、アストレイリアの短期決戦形態。各パーツの動力を直結して瞬間的に高い出力を得るための形態だった。ただし、機体制御プログラムが削除されているため、シルビアが総合的な指揮をとり、ブルースカイウォーカーが機体の操作を担当し、人工知能アストレイリアが機体出力を管理する。


 暴君タイラントの触手の先端が一斉に輝き、極太の光の束が放射された。仮想空間は警告表示で真っ赤に染まり、まったく逃げ場は無いように見えた。だが、アストレイリアは神がかりな機動でその攻撃をすべて回避した。

 その機動は、偶然ではない。シルビアは、超空間通信装置が有する光速を超えた速度で情報通信ができる能力を周囲の『状況把握』に転用したとき、予知能力のように一瞬先の出来事を把握できることに気が付いた。超空間通信装置が予知した一瞬先の出来事はタイムラグ無くアストレイリアの機動に反映され、暴君タイラントの高密度攻撃の隙間を縫って回避しつつ、ビームリフレクタで反撃までするという神業のような機動が可能になっていた。これは、三人が揃って初めて成立する奇跡だった。


 暴君タイラントであっても全力攻撃はいつまでも続かない。逆に、破壊力が増加した主砲のレーザーカノンによって、暴君タイラントの外装がひび割れ、大きな裂け目が空いていた。暴君タイラントがいくら巨大であってもその内側には唯一の弱点ともいえる中央制御器官メインコアが存在した。

 アストレイリアが機体出力を限界まで上昇させて、最後の攻撃を加えようとしたとき、暴君タイラントが突如として反転した。そして、多数の触手を振り回してミサイルのように射出した。同時にその本体は反対方向に急加速を開始した。状況の不利を察した暴君タイラントが逃走したのである。

 アストレイリアが雨のように降り注ぐ触手ミサイルを回避したとき、暴君タイラントはまったく追いつけない速度領域まで加速していたのだった。

 ブルースカイウォーカーは、暴君タイラントを取り逃がしたことをくやしがったが、その戦果は、たった一隻の宇宙船で暴君タイラントを撃退するという奇跡のような出来事だった。


エピローグ 流星の女神 アストレイリア

『お父様。私を宇宙船アストレイリアの艦長にして下さい』 私用の通信記録のため、すでに消去されている。


 新造の宇宙船が試験航海中に暴君タイラントと遭遇して、撃沈されることもなく追い払ったこの事件は、統合宇宙軍のイメージアップに大きく貢献した。

 王族の末娘である銀髪褐色肌の美少女シルビアは勝利の女神と称えられ、人工知能アストレイリアは特別勲章を授与された。シルビアは、この機会を逃さずに国王に働きかけて、艦長(代理)から、正式な宇宙船アストレイリアの艦長に就任した。これは超空間通信装置に潜むブルースカイウォーカーの存在を守るためでもあった。ブルースカイウォーカーは、自分を誘拐した宇宙犯罪組織を追うことを条件に、宇宙船アストレイリアの一員として戦うことをシルビアに約束するのであった。


 その後、宇宙船アストレイリアは、何度も暴君タイラントと戦い人々を救うことになるのだが、大気圏突入時に虹色の光を発することから、人々はその機体を『流星の女神』と呼ぶようになった。


登場人物紹介


シルビア

 銀髪褐色肌の小柄な美少女。王族の末娘であるがゆえに、王位継承権争いを避け、王族の義務を果たすという崇高な志を胸に秘め、軍人として王国に奉仕する道を選んだ。

 物静かで清楚な性格だが、芯は強い。

 自己評価はあまり高くないが、士官学校時代の宇宙戦闘シミュレータの試験成績は主席であった。


アストレイリア

 新型宇宙船の制御を担当する人工知能。実体は無く、一流のデザイン会社によって作成された、見目美しい姿かたちをした金髪女性の立体映像として表現される。

 高性能かつ優秀な軍用の人工知能として、プライドが高く高慢で高飛車な性格であったが、ブルースカイウォーカーに敗北したことで臨機応変かつ柔軟な性格に成長した。

 短期決戦形態の機体の出力制御を担当する。


ブルースカイウォーカー

 現代日本に生まれた『青空わたる』という名のごくごく普通の高校生だったが、潜在的な精神感応テレパシー能力者だったため、異星人犯罪組織に誘拐されて『超空間通信装置』に改造されてしまったかわいそうな人。宇宙船同士の電子戦やハイパーネットワークの仮想現実世界では無双の強さを発揮する。

 短期決戦形態の機体の操縦を担当する。


試作型宇宙巡航迎撃機 アストレイリア

 統合宇宙軍所属の革新的技術研究所が開発した試験機。暴君タイラントにも対抗できる決戦兵器として設計されている。最大定員は四名。管制室後方には個室があり、長期間の航行に対応している。

 船体は機能ごとにブロック化されており、武装の交換も容易である。巡行形態では重力制御推進を利用しているが、オプションで恒星間航行用超光速推進機関を増設することができる。

 巡行形態(宇宙船)から短期決戦形態(人型)に組み換え変形することができるが、機体制御プログラムに不具合があり、格納庫の奥でしばらく死蔵されていた機体である。


暴君タイラント

 巨大な機械生命体の総称。いずれも知的生命体の天敵と言える大災害級の脅威である。

 コードネーム「クラーケン」:全長十キロメートルの巨大イカ。

 コードネーム「エンドレストラック」:全長千メートルの多脚甲虫。


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小説のジャンルは、SF(宇宙を舞台としたファンタジー)です。

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