退屈な令嬢、の親友の話
この国は絶対王政である。それ故に、王が有罪だといえばたとえ無罪でも有罪になる。それがこの国の民にとっては当たり前な世界だ。
前世が民主主義、三権分立が当たり前とされる世界で生きていた私にとっては、なかなか違和感が消えないのである。とはいっても、もうこの世界に転生してから何年も経っているからそれなりには違和感が仕事しなくなってきているが。
最初におかしいと思ったのは、自分の名前が白山莉愛、じゃなくてオフィーリア・モンブランだったこと。
モンブランってなんだよ、ケーキじゃん!と頭の中ですぐにツッコミをいれてたこと。貴族令嬢がそんなに勢いよくツッコむ、なんてことは絶対にありえないのだ。品位のある、淑やかであることが幼い頃から刷り込まれていた私が、そんなことする筈ないのだ。
モンブランのケーキ、それを頭の中で想像した時、私は転生したことを理解した。よく小説であるような、熱を出して寝込む、のようなことはなかった。例えるなら、クイズの答えを閃いたような感覚だった。
この王国にはモンブランなんてケーキはない。貴族の家名なのだ、モンブランは。ケーキのモンブランは、違った世界で生きていた時代に好んで食べていたものだった。
なんで転生したのか、そういったことは全く分からない。けれど、白山莉愛として生きていた前世と、オフィーリアとして生きている今も幸せだということは断言しよう。
——先日のパーティまでは。
事もあろうに、私の婚約者であった男は公衆の面前で私に婚約破棄を言い渡すという暴挙に出た。いや少し前から怪しいなとは思ってたよ。見かけない貴族令嬢と一緒に馬車に乗っていたのを見たと、彼の屋敷に手紙を届けた召使から報告が上がっていると聞いた。
その後に彼に会った時にそのことについて聞いたら明らかに不機嫌になり、「友達」って言うもんだから、これはもう黒だと思った。だからちょっと色々探りを入れてみた。これも、貴族の嗜みである。
そしたらパーティで婚約破棄するらしいと言う情報を入手したわけだけれど。
でもまさか、この絶対王政のこの国で、王子が主催するパーティで本当にそんな行動に誰が出ると思うだろうか。
王子の機嫌を損ねた、という理由でも処刑を言い渡されるかもしれないこの国で。いや、この国の王子は常識的な方々だからそんなことはないんだけど。でも、王家が絶対なこの国でよくそんなことができるよね。
案の定というか、当然の如く、婚約者の親や私の親にも話したけど、そんな不敬なことをするはずがないと一笑に付された。そりゃそうだ。この国の国民ならそんなことしない。だって主催者の顔に泥を塗るどころか投げつける勢いレベルの不敬だもの。
親友のアプロディーテには寸劇と伝えることは忘れなかった。ちなみにアプロディーテの演劇好きはよく知っている。
その結果。あれを隠そうと頑張っていたおじさまには申し訳ないのだけれど、アプロディーテが暴走したおかげで、面白がった王子があれが寸劇扱いにした。アプロディーテには悪いと思ってはいたけれど、彼女もその癖を除けば、本当にみんなの憧れの令嬢なのだ。
劇ではないことに気付いたとしても、私を守ってくれるという確信があった。あの発作が、出ようが出まいが、公平に善悪を判断してくれると信じていた。今回の事は向こうの非しかないのだから、私を助けてくれると確信していた。
だから、王子が出てきたのは予想外で、ホントに殺されると思った。だって自分が主催してる夜会に泥を投げつけられているんだから。
そして、婚約は相手有責で破棄。当たり前である。相手側からは、迷惑料を加味してずいぶんと相場よりも多い額の慰謝料が払われた。あの男、アティカスはどうやら『最愛の人』に唆されたと言っていたが、実際に行動に移したのは彼なので、悪いのは彼である。
それにしても、
「あの女も転生者、なのかしら」
一人、自宅の庭で紅茶を楽しみながら呟く。ニャア?と返事をするように鳴いたのは前世でいうところの猫。庭を散歩していたようで、休憩と言わんばかりに私の足元にゴロリと寝転んだ。
猫は、今世では違う動物名——この世界でネコはトッキャと言うらしい——で呼ばれており、それを知らなかった私は見た瞬間に「猫!」と騒いでしまってそれからこの子の名前は『ネコ』になった。
「ねぇ、ネコ。でなけりゃおかしいわよね。この世界でパーティ中に婚約破棄するなんて、とても考えられないわ。王家の方が婚約破棄するならまだしも、ただの貴族がそれをしようなんて考えを持つはずがないもの」
ニャア。
あら、話を聞いてくれるのかしら。
「そんな不敬なことを考えるなんて、きっと転生者よ。乙女ゲームの世界でしかそんなの実在しないわ」
話を聞いてくれるのかと思ったが、ネコは興味がないと言わんばかりにたちあがり、こちらに背を向け散歩を再開した。だんだんと小さくなっていく白色を見送る。
あの女に会おうと思ったが、そういえば、と思い出す。彼女はすでに空に還ったのだ。確か、急病を患ったとか。予想でしかないけれど、きっと息子に恥をかかせたとして、アティカスの親がそうなるように仕向けたのだろう。貴族という人種は、恥をかかせた相手を許さないことが多い。それが自分よりも爵位が下の者にされたら尚更のこと。
さて、今日はアプロディーテと駄弁る日である。一応、お茶会の名目はついているものの、今日は前世で言うところの放課後某ファストフード店でだらだら過ごす、ぐらいの軽さのものだから気軽なものである。
「オフィーリア、久しぶりね」
「ええ、あの日以来ですわね。その節は本当にありがとう」
「まあ、私とオフィーリアの仲よ、当たり前じゃない。というか、あれは私本当に寸劇だと思っていたのよ?」
あのパーティの後、屋敷に帰りまず自身の父親に叱られ、翌朝には私の両親からの謝礼の手紙が届き、そのまた1週間後には王子の婚約者候補になったアプロディーテはここ半年間、さぞ忙しかったであろう。候補といえども、一人しか候補はいないのだから、もう嫁入り準備が始まっているのだろう。
「あと、ごめんなさい。あなたを利用してしまったわ、私の保身のために。」
「やだわ、それこそ気にしないで。私はあれがあったから、今こうやって良い椅子に座れているのよ?」
「あぁ、そうよ。1番に言おうと思っていたことを忘れていたわ。婚約、おめでとう」
「ありがとう。でもまだ候補、よ。大変なのだけれど、楽しいこともあって充実しているわ」
「あれが楽しいことだと?」
あれとは、嫌味だとか嫌がらせ、と呼ばれる類のものである。
あれを楽しいとは。なかなかにイイ性格をしている、さすが高位貴族といったところである。前世はのほほんと暮らしていたからか、私はそういうのは苦手である。嫌味なんて言うのは苦手だ。だってほら、自分が言われたくないし。
「ええ、まあ。だって、無相応な者がこの立場を狙っているんですもの。その時点でおかしくて面白いでしょう?この椅子は、あの程度の者が座っていいものではないわ。オフィーリアもそれは分かるでしょう?」
「そうね、そこは分かりますわ。一番ふさわしいのはアプロディーテ、貴女よ」
「でしょう?だから、ね。お話をさせていただいているだけなのよ。でもみんな思ってたよりもか弱くて驚いているのよ。」
「ちなみに聞くのですけれど、今まで何人とお話を?」
「そうねぇ……三人かしら」
三人、アプロディーテが座っている椅子を狙ってきた令嬢をなんなく蹴落とした人数である。みんなか弱い、という言葉は、つまりそこまで面白みのないということかしら。張り合いのある相手はいないけれど、退屈凌ぎにはなる、程度の相手なのだろう。
その椅子は、貴族から見れば大変魅力的である。第一王子の婚約者候補、という名の椅子は、今後は婚約者という名に変わり、その後も王太子妃、王妃となるのだ。
さて、何故長子継承が常識としてあるこの国で、第一王子が今現在王太子ではないのかというと。ここにも絶対王政が絡んでくるのである。
現在、王太子の座にいるのは現王の弟君。
彼は、現王が即位した際にとある宣言をした。
『この身は王家のために在る。妻を迎えることも、子を望むこともない。私の生涯は、ただ陛下の治世を支えるために捧げよう』と。王が許すなら去勢術も行うと、即位の儀の時に宣った。それにいたく感動した王が同じくその場で王弟を王太子に任命したのだ。国に仕える貴族たちの目の前で。
長子継承を重んじる貴族だ。王弟殿下が王太子になるということはその後、王になるということだ。これは、法律違反である。
反対は多数あった。しかし、王家が良いと言ってるんだから良いだろと、分かりやすく言えば王がブチギレたのでその通りになった。ちゃんとそれを公的に認めたと公表するために新たに法律を作った。しかし、貴族の反対意見を尊重し、この例外は当代のみ適応とし、今後は貴族院の了承を得ないと認めないという法律も追加された。
多少の反対があっても、押し倒せるだけの力があるのがこの国の王家である。
改めて、前婚約者の阿呆具合には涙が出る。なんであの場であんな事をしたんだろうか。もう無関係なんだけれど、しかし少なくとも5年以上婚約関係を続けていた間柄なのだから、ふと思い出すのだ。
いったいなぜ、と思うものの、彼には今後会ったところで話はしないだろうしそもそも目も合わなさいだろう。だって、お互いにあの件は忘れたいだろうし。もし話を公の場でしたのなら、間違いなく格好の餌食だ、そんなことで噂になりたくないのはお互い様であろう。
「久しぶりに良い退屈を味わえて嬉しいわ」
——平和なことが重要視されるこの国では、「退屈」という言葉がしばしばこういった使われ方をする。前世では退屈という言葉はマイナス感情を意味していたように思うけれど、今世での使われ方は違う。
目の前にいる彼女は、ある時こう言った。『退屈ねぇ』と、心底つまらなさそうに。
それが今はこんなに楽しそうに、幸せそうに微笑む。
もしかすると、彼女は最初から今の位置を狙っていたのかもしれない。だってこの年頃になって婚約者がいないって、高位貴族では珍しいから。だから、以前は退屈だったのかもしれない。
まだあの椅子に座れないなんて退屈だ、と。
「オフィーリアにも良い退屈が訪れるように、私、少しお手伝いしてもよろしくて?」
「え?」
そんな彼女の一言から持ち込まれた縁談。
いくら相手の有責といえど、一度は婚約破棄した身。いくらアプロディーテの紹介といえど、はっきり言って相手にはあまり期待できない。友達の紹介、ということを考えれば、若くして寡夫になった方であろうか。
この国の私ぐらいの年齢になると、婚約していないのはアプロディーテが座るまでは空白であったその椅子狙いの令嬢と、派閥の関係で婚約者のいない令息ぐらいである。
派閥の関係で、とは言うものの、実際は王子に選ばれなかった者を娶るために婚約者不在を貫いている家がほとんどである。
しかしアプロディーテに決まって以来、続々と婚約成立していると社交界でも持ちきり。
詳細は会ってからのお楽しみ、と言われて設定された日時に、設定された場所に向かう。
私の授業の合間に紹介するわ、と言われていたため王宮へ。そしてその時間に紹介できるということはおそらく王宮で仕事する者だろうという所までは予想しながらアプロディーテが待っているであろう場所に向かう。
どんなに爵位が上であろうとも招待した側、提案した側が先に待っておくのがこの国のマナーである。なので、招待された側は設定時間の5分後ぐらいに到着するのが常識である.
そうして設定された場所には、アプロディーテとその婚約者、つまり第一王子と。
「紹介された相手が私で驚いたかな?」
「え、えぇ、とても。」
非公式ということもあり、簡単に挨拶をしたあと。紹介された縁談相手からにこやかに話しかけられる。
「何故?という顔をしているね。実は今更ながら、国王が私が結婚していないことを憂いていてね」
自分の子供に婚約者ができたのに、自分の歳の離れた弟は、あんな言動のせいで婚約者どころか浮ついた噂すらない。
現王の指示で婚約者探しを今更ながらしたところ、前後10歳離れた者の中で、適合したのが私だったらしい。高位貴族で結婚歴がなく、第一王子妃の座を狙っていなかった者。
そんな条件で探すとそりゃ私しかいないわけだ、と理解して。理解はしたが、でもなんで私が王太子殿下の見合い相手になるんだ。納得できん。
ぎりぎり10歳差、誕生日がくれば11歳も下の女と結婚なんてのはお互い初婚という全体で話すと、今の時代滅多にない。
納得はできない、が。王族の誘いを断るなんてことはできないのだ。アプロディーテの誘いを受けた時点で私の運命は決まっていた。
子供は3人ぐらい欲しかったとか、付けたい名前あったのにな、とか。あの宣誓された内容を思い出し、子供を産めないことを悟って色々なことが脳内を走ったけれど。
「……そう、でございましたか。私で良ければ,謹んでお受けいたします」
そうして成立した婚約。幸い、王太子殿下は人徳のある方である。不幸な結婚生活ではないだろう。それなら、変な人に嫁ぐよりもいいじゃないか。
案外、すんなりと納得できた。
これから、私もアプロディーテと同じように、さらに良い退屈生活が始まるんだろう。
ちなみに。
去勢術を王が認めていないので実施していないことを知ったり、王太子なのに王になる気がなく自ら退く予定だと言われたりして思わず前世の喋り方が出ちゃったりするのはまた別のお話。




