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第一章 第3節 終末ビジターへのガイド

 ガイド・セクションに戻ってくると竹田くんは既にひと仕事終えてネットに潜り込んでいた。ネットってなんだろう? 色々な情報を手に入れられ、色々な人間との繋がりを持つことができるネットの世界。でもこれって現実の人と人の関係の延長でしかないよな。結局その手に入る情報やら人の話なんてどこまで真実か分からない。結局受け取る側が真実かどうかを決めるんだよ。つまり自分の都合で虚実を判断する。何を根拠にそれを実とする? オレはどれもこれも嘘だらけのインチキづけとしか思えない。それでも人は繋がりを求める。そんな繋がりが必要なのか?


 そう言っているオレも人の群れに紛れ繋がり生きている。嘘臭い世の中に浸って生活している。孤独が怖い……?


 そんなくだらないことを思いながら無意味に電子雑誌を眺めて無駄に時間を過ごしていたら副所長からの呼び出しが入った。次のビジターが来たのだ。オレは副所長からフィルムノートを受け取るとビジターがいる別受付へと向かった。


 今度のビジターは寝たきりの終末患者であるため病院から直接搬送され通常とは別の専用受付へとやってくる。こういったビジターにはガイドが受付から安眠室へ直接案内し、安眠室で説明することとなる。これがガイドの一番嫌な仕事だ。


 受付のドアを軽くノックすると中から女性の声で「はい」と聞こえた。オレはドアを静かに開けた。するとその先には自分の親よりはるか年上である女がこちらを見ていた。その目はただ入ってきた人間を認識したいがための気のない目つきで、なにやらマネキンにでも見つめられているような感覚を味わった。オレはそう思うと同時に大人しい会釈をしていた。その老女も合わせて会釈をするとこう言い放った。


「これはずいぶんと若い……」


 オレ自身の存在が老女の(しゃく)に障ったようだ。そのマネキンの目が気のせいか子供を叱りつける大人の目に見えた。思わずオレは「すみません」と口に出た。


「いえいえ、こちらこそごめんなさい。まさか私たちの孫ほどの……と言っても私たちには孫はもちろん、子供がいないのだけれど、それほどの歳の人が現れるなんて思ってもみなかったからついつまらないことを言っちゃったわ。私自身ここに来てかなり緊張してるみたい」


 老女はそう口にしながらゆっくりと椅子から立ち上がりオレを部屋に招き入れるジェスチャーをした。その老女の合図にオレは扉を閉め老女の近くへと歩み寄った。


「あなた、お迎えが来たわよ」


 老女はベッドに横たわる夫であろうビジターに語りかけた。毎度のことではあるがガイドは死神扱いだ。別にオレが手を下すわけではないのだが。


「私はここでガイドを担当しています橘です」


「中村です」


 老女は言葉少なく答えると再びビジターの顔を眺めた。そのビジターの顔には全く血色がなく、そのまま眠っていたら生きているかどうか疑うくらいだ。かろうじてビジターは目を開けこちらを凝視しているのが確認できるためまだ大丈夫のようだ。

 オレは老女に「どうぞ」と腰掛けるよう促した後は死神らしくガイドの仕事に取り掛かった。


「それでは本人確認をしますのでIDチェックさせていただきます」

 オレはフィルムノートにIDチェッカーのケーブルをつなぎ黙ったままビジターの手を取った。その手は折れそうなほど痩せこけ、男のそれとは思えないものだった。


「中村雅之さん、ですね?」


 俺はフィルムノートの名前が光るのを確認するとビジターである老人へ問いかけた。そしてオレの問いかけにビジターは「はい」と少し息苦しさを持った声で答えてくれた。


「もし話しづらいようでしたら、タッチパネルか、脳波でコントロールできるセンサーを用意しますが……」


「……大丈夫だ。口で答えた方が面倒くさくなくていい……」


 老人は皺くちゃな顔をオレに向け痛々しくもめいいっぱいの笑みみたいなものを作って見せている。オレはその行動に敬意を表し「わかりました」とそのまま会話でいくことにした。


「それでは今から安眠室へと案内します。ベッドごと移動しますのでよろしくお願いします」


 そう言ってオレはベッドの移動用グリップに手をやり安眠室へと老人の横たわるベッドを運ぶ。老女は一言も発することなく老人の手を取り共に歩く。ベッドを押すオレの視界に入りこむ二人の姿。気にならないことはないが、つまらない感情を出すことが疲れを引き出すため、オレは視点を進行方向へしっかりと固定し、目的地である安眠室へと静かに運ぶことに集中した。安眠室までの時間、誰ひとり口を開くことはなかった。


「あら、随分と綺麗で落ち着いた感じの部屋だこと。あなた、ほら。フレグランスキャンドルまであるわ。病院なんかよりずっといいわね」


 老婆は安眠室に入ったとたん率直と思える感想を独り言のように口にした。


「はい。あとで説明しますが、ここにある備品は自由に使って構わないです」


 オレは老人が納まるベッドを静かに指定場所へと落ち着かせると、簡易パイプ椅子を二つ出し、

「どうぞ」と老女に座るよう促した。部屋を品定めでもしているかのように見回していた老女はオレの声に振り向き、オレの用意したパイプ椅子に一度目をやり、その目をそのままオレに向けにこやかな表情を浮かべると「よいしょ……」と小さな声を出して座った。そして老女はオレがしたようにオレへと座るよう促した。なんだか馴れ馴れしい表情と行動に一瞬思えたが、老女の持つ気取りのない柔らかな雰囲気と年老いた姿からは反した凛とした若々しい声の響きに訳もなく納得し黙って腰かけた。


「最後にですが、ボタンは必ずご本人で押してください。IDチェックがあるので本人でなければ作動しませんが、間違って奥様がボタンに触れただけでも同意殺人の疑いでただちに警察がまいります。先ほどに述べましたようにこの部屋に入室した時点から映像、音声ともに記録されています。ですからくれぐれも注意してください」


 オレのこの説明に二人はにこやかな表情を作った。オレはおかしな事を言ったのだろうか?


「あら、そう。なるほどね。この歳では刑務所暮らしの方がよっぽど安定してて良いわよね。ねえ、あなた?」


 老女はそうあっさり言うと、「まったくだな。美鈴、そうしてもらえるか?」と老人のほうもあっさり答えた。


「変な冗談はお願いですから止めてください」


 先が見えてくると怖いものは無いということなのだろうか? そんな二人の危険な会話にオレは動揺した。そしてオレは二人にもう一度念を押して部屋を後にした。

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