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第一章 第2節 ガイドの仕事

 オレの横では竹田くんが自分の携帯パソコンを夢中でいじっている。彼はネットの中で遊ぶのが楽しいらしく、色々なところへ潜り込み情報を探ってるようだ。いわゆるハッキングだ。別に情報が欲しくてやっているわけではなく、ただ興味本位で他人ひとの世界を覗くのが好きだという。全くオレには悪趣味で面倒なこととしか思えない。


 しばらくオレは今日最初のビジターが来るまで電子雑誌を意味なく眺めて待機していると、一人目がやってきたとオレに呼び出しがかかった。オレは所長の所へ足を運び、ビジターのパーソナルデータが記録されたフィルム式デジタルノート(通称フィルムノート)を受け取った。表紙にはビジターの顔写真と名前だけがデジタル表示されている。このフィルムノートはIDロックが掛かっていて、そのビジター本人の照合が得られないと中には何も表示されない。オレはフィルムノートを抱え受付へと向かった。


 個室トイレのような小部屋に入ると、正面のモニターにはあからさまに疲れきった表情の痩せこけた中年男が映し出されていた。

 オレは椅子に座りIDチェッカーへ手をかざす。これでこの中年男の行動やオレとのやり取りの記録が開始される。だから間違ったことは口にできないし、手を抜いた仕事はまったくできない。と言ってもオレの仕事は単なる決まり文句を言うだけのもの。後は相手が黙って従ってくれればまったく問題は無い。

 オレはモニターに映る中年男と手にしたフィルムノートに表示されている写真とを見比べ、本人であろう中年男にイヤーセットマイクを通して話しかけた。


「溝口さんですね?」

「あ、はい」


 中年男はオレが全く見えないことに少し戸惑っているのかうつむき加減のまま目だけであちらこちらを見ている。向こうにもモニターがあるがそこには説明とリンクした内容の説明画像が表示されるだけだ。


「まずは了承願いたいことなんですが、現時点からの会話、これ以降の溝口さん自身の行動は監視状態となりすべての映像と音声が記録されます。記録された音声や映像、申請時のデータ等は法定期間である30年間は厚生労働省管轄で管理、保管されます。よろしいですね?」


 中年男は手の甲をぼんやりと眺めたまま頷いた。


「すみません。声での了承をいただけますでしょうか?」


 中年男は小さく上ずった声で「はい」と答えた。


「すみません。何分すべてが記録されているので、こちらが勝手にやったというような問題に今後ならないために必ず本人の意思を明確に残す必要がありまして……それでは、まず本人確認のためID照合します」


 オレはモニターの下にあるジャックとフィルムノートをケーブルでつなぎID照合できる状態にした。


「それでは溝口さん、目の前にあるIDチェッカーへ手をかざしてください」


 男はゆったりとした動作で手のひらをチェッカーにかざした。するとフィルムノートの表紙の名前が点滅し本人であると認識された。そしてノートの表紙をめくるとビジターに関する様々なデータが表示された。


「では溝口さん、確認事項がいくつかありますので、もし内容に間違いなどがあったら言ってください。まず遺品の処理ですが、廃棄、もしくは販売等こちらの判断ですべて処理するということでいいですか?」


「はい……どうせ誰も引き取らんでしょう……」


 中年男はか細い声で答えるとヒヒヒと品のない笑いを漏らした。


「溝口さんの残す現金と本人名義の預金はこちらで手数料を差し引いた残りすべてをライフ・ケア・ステーションへ寄付して頂けるということでいいですか?」

「はい。アイツに渡すくらいならここに役立てたほうが幸せだよ……どうせほとんど残りゃあしないし……」

「ありがとうございます。通帳は部屋にある遺品箱に入れおいてください。」


 オレは中年男をチラっと見るだけで声の調子を変えることなく淡々と続ける。


「遺体はこちらで火葬、遺骨は悠久乃森納骨堂に納めさせて頂くことでいいですか?」

「はい。そうしてください」


 オレは強弱のまったくない単調な口調でフィルムノートに表示されている内容をひとつひとつ中年男に聞いて確認していく。あらかじめここに来る前の永眠申請時に書かれたものだ。


「遺書についてはまだ決めてないようですがどうされますか? 一応、デジタルとアナログ両方が準備されています」

「まだ決めてないよ」

「わかりました。もし、書かれた場合は誰に渡るようにするのか指示を残しておいてください。それは安眠室にあるコンピューターに表示されているので、そこでお願いします」

「はい」

「それと棺に一緒に納めるものがあるようでしたら部屋にある遺品箱へ入れておいてください」


 オレの言葉に中年男は反応し、胸のポケットから紙切れを取り出しオレの方に見せて言った。


「子供たちだ。可愛かったよなあ、この頃は……」


 頼みもしないのにオレに見せた紙切れには中年男と小学校低学年くらいの女2人が一緒に写っている画像を印刷したものだった。そこに写る中年男は明らかに今よりも若かった。


「それでは安眠室の説明に入ります。安眠室はプライバシー保護のため、音声記録はされません。ただし映像はサーモグラフィに切り替わり記録されます」


 中年男の目線はいつの間にかオレの方に向けられていた。その目はしっかり見開かれているもの

の、視点が定まっている感じではなく不安な様がありありと出ていた。


「部屋に入りますと、ベッドと机があり、机はコンピューター内臓タイプです。このコンピューターはスタンドアローンです。ですから、ネットを介してのハッキング等での個人情報の漏洩はないので安心してお使いください」


「安眠室の滞在可能時間ですが最大3時間です。もし、2時間30分経過しても生体反応が認められた場合、こちらから安眠室へ電話を入れます。そしてそのまま退室してもらい、私達の支援は終わります。万一、電話に出られなかった場合、入室3時間後にこちらからお伺いします」


 淡々と続くオレの説明に中年男はうなずく事なく沈黙した状態でいた。まばたきすらしてないように見え、まるで蝋人形のようだ。


「その他、部屋の備品は自由に使ってもらって構いません。溝口さん、ここまでの話で不明な点などはありませんでしたか?」


「……はい」


「それでは、永眠なさるための手順を説明いたします」


 そうオレが口にしたとたん中年男はいきなり立ち上がりオレと男を隔てている壁に両手をつき、顔をめいいっぱい近づけてオレのイヤホンに割れた音声で聞こえるほどの声で言った。


「ほ、ほ、ホントに苦しまずに死ねるんですか!」

「はい、大丈夫です。そのための手順を今から説明しますので落ち着いてよく聞いていてください溝口さん」


 オレも慣れたものだ。相手がどんな反応しようと平気で淡々と話していける。


「あらかじめ申請時に説明を読んだかと思いますが、ナノマシンを使った永眠方法です」

 中年男は見えるはずも無いオレを凝視しているようにみえる。さすがのオレもその様を見て話はできず、手元にあるタブレットパソコンに表示されている手順書に目を向けた。


「枕の横に永眠装置が置いてあります。使用方法は装置を首筋に嵌めてそのまま横になってもらえばいいです。そして永眠機から伸びているコードの先にあるボタンを押すとナノマシンが永眠機より体内へ注入され、そのまま睡眠状態となり10分程すると心肺停止します」


 オレはそう言いながらタブレットをペンで操作して永眠機の操作方法を中年男に伝える。相手側にはその映像が映し出されている。


「ほ、本当に痛みや苦しみは無いんですね?」


 中年男はよほど怖いのか、しつこくオレに聞いてきた。やはり人間という生き物は痛みと苦しみに脅えを感じるようだ。オレ自身まっぴらゴメンだ。


「はい。ナノマシンにより意識喪失、全脳神経の麻痺、そして心臓停止が進められますが、脳神経が完全に遮断されるので痛みを知ることなく永眠できます……」


 オレには間違いなく人事で無責任な言葉だと思いながらも口にしている。本当に痛みを感じないか試したわけじゃない。しかし、こんな他人からの大丈夫というひと声が死ぬ勇気を与えているに違いない。こんなオレは死神と言われて当然だろう。


 一通りオレからの説明が終わり、オレは中年男に部屋の場所を指示すると中年男は大人しく安眠室へと向かった。それから先の動向はオレには全くわからない。ガイドの仕事はここまでだ。中年男が自滅を果たしたのか、それとも諦めてそのまま生きることにしたのかはアフターと所長クラスの人間にしかわからない。永沢さんから聞いたところによると入室して半分くらいは自滅を断念するらしい。ここに永眠希望を出してここに来るまでに1ヶ月以上はかかる。そして、部屋に入ってから決意するまでに2時間半の猶予がある。その間に色々と気持ちや考えが揺らぎ変化するのだろう。でも死にたいという気持ちを表面的に沈静化させたって、くすぶり続けるものがあるかぎり問題は解決されない。遅かれ早かれ滅亡はやってくるんだ。

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