第一章 第10節 何?
暑さもさらに増してきた8月。オレは陽が照りつける中を今日も自転車で悠久乃森へと向かう。このクソ暑い中を自転車で悠久乃森へと通うのも4年目。何の目的もなく生き続けてきた。今でもそれに変わりがない。
しかし、いつからかカレンダーを一枚一枚破き、再び『何か』が起きてくれるんじゃないかという他力本願な気持を持つようになり、そして自分の厭らしいその『何か』を待つ気持ちを自分自身認めていることに気づいていた。そして、その他力本願な自分の卑しい考えがいつの間にか自分で何かが変えられるのかも知れないという欲深い気持ちとして生まれ始めていた。
そんな厭らしく卑しいオレは三枝さんのいるコンビニへ定期的に顔を出すようになっていた。そして三枝さんとレジでの短い会話もどきを交わすようになっていた。どうということのない店員と客の会話。それでも、その瞬間、瞬間に喜びみたいなものを感じていた。でも、これは一番オレが逃げてきた嫌な感情でもあった。この感情の行き着く先には一体何があるのだろう? そもそも、この感情は何?
「それはなあ、ユウキちゃん。ユウキちゃんは希恵ちゃんが好きなんだよ。恋しちゃったんだな」
オレはどうしてか、永沢さんとの会話の中でつまらない事をもらしてしまったようだ。そしてあっさり永沢さんに言われ、その言葉に返す言葉が無かった。いや、無かったとかじゃなくて、完全に頭の活動が停止した。否定も肯定もできない。オレの感情を『好き』と表現するのか? 仮にこれを『好き』として、それで何?
「世の中、男と女しかいないんだわ。そりぁ、そういう気持ちをもって惹かれたりするのは当然だって。理屈じゃないわなぁ。ユウキちゃんは男なんだから、女に惚れて当たり前。そして男と女のやることは一つ。所詮オスとメスの動物よ」
そう。所詮動物。ぐたぐだとつまらない考えを思い起こすインチキな知的動物。だから嫌なんだ。オレは親父やお袋みたいになりたくないんだ……
「ユウキちゃん、女に惚れたりしたことないのか? もしかして付き合ったりしたことないとか?」
中学、高学と何人かの女に「好きです、付き合ってください」なんてことを言われ、「ああ、いいよ」とオレは『好きです』と『付き合ってください』の意味が分からなかったが女の望むようにしてきた。
よくわからないが、オレに裸を見せたがるのもいた。そのケモノじみた態度にオレは気持ちが悪くなり、オレをケモノにしようとする女が理解できなかった。しかし三枝さんという女には今までとは違うものを感じ、彼女を知りたい、理解したいという気持ちが生まれているのは認めないといけないのかも知れない。
しかしオレにそんな気持ちを持たせる彼女の存在は否定したかった。そしてそんなことに踊らされている自分が堪らなく嫌だった。
そして結局オレ自身はやっぱりケモノだった。彼女を目にする事が増えるにつれ、彼女の眼、唇、髪、首筋、鎖骨、胸元、そして脚と彼女の肉体パーツにいつからか眼で追っていた。
永沢さんはオレに言う。
「そんなもん、当たって砕けろだて。いちいちビビってたってしゃあないよ」
ビビってる? 何に? 当たるって何? 分らないことだらけだったオレは永沢さんの話を同意し、納得したかのようなインチキな反応を見せやり過ごした――
「そうですね、当たって砕けろですよね」
(オレは、三枝さんにどうしたいんだ? 三枝さんとどうありたいって思ってんだ!)
オレはただ叫ぶことしかできなかった。