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第一章 第1節 出勤

全7章からなる長編小説です。全編完全一人称で語るオムニバススタイルとなっています。少しずつアップしてゆく予定をしています。お読みくださる皆様、どうぞよろしくお願いします。(ちなみに完全処女作です)


(2010年1月11日追記)

一つの章を約3万文字程度でまとめて行こうと計画しています。

また各章ごとのタイトルは存在してますが、基本的にサブタイトルは存在してません。ただ、このサイトに掲載するにあたり、一度に一章を掲載するより、節ごとにしたほうが読みやすいと思いましたので、小分けして掲載していくとともに各節の概要が分かるよう思いつき程度のタイトルをつけることにしてみました。

 ビリッ……

「2059年7月1日 火曜日。そっか、今日から7月か……」


 オレはこの日めくりカレンダーが好きだ。この時代にして最大の無駄ともいえる日めくりカレンダー。一枚一枚、日が変わるたびに破られていく。

 可愛そうに。1月1日は年が明けてわずか24時間で役目を終え捨てられる。そして12月31日は364日とたっぷりの待ち時間があり、そして一日だけ顔を出して破り捨てられる。

 そうなんだ。どの日も一日という時間しか役割を得る時間はなく、その役目がくる時が早いか遅いかの違いでしかない。

 しかしオレには待ち時間が長いのが良いのか、短いのが良いのかは分からない。ただ今のオレには長い待ち時間は憂鬱で仕方が無い。そしてオレは思う。自分は何月何日の役割として生まれてきたのだろうか? と……


 あいかわらず寝起きはパッとしないオレ。毎日設定した時間がやって来るとブラインド・ガラスが透過モードとなり、外からの光が八帖足らずのオレの部屋に差し込んでくる。それと同時に壁に貼られたフィルム・テレビが朝の番組を映し出し部屋中に音を響かせる。オレはそれらの光と音をおぼろげに認識すると、まだ夢の中にでもいる感覚のままベッドから抜け出て壁に掛けられた日めくりカレンダーを一枚破く。その様はプログラムされた工業用ロボットのように無駄なく的確に毎日繰り返される。そして今日という現実に気づき緩やかに目覚めへと到達する。


 テレビには爽やかさをめいいっぱい演出した女が元気ハツラツに天気予報を読み上げている。オレと同年代と思われるその女を「オレ好みじゃないんだな」と毎日繰り返しテレビに向かって言っているオレ。窓からはくすんだ曇天空が見える。オレ好みではないその女は、念のために折りたたみ傘を持って行けとオレに言ってくれている。


「ああ、そうですか……」


 どうでもいいお互い一方的な会話をろくに何も無いオレの部屋の中に響かせる。そして朝のプログラムは続く。湯を沸かし、インスタントコーヒーの準備をしつつシリアルをカサカサと皿へ盛る。


 こんな朝を迎えてもう4年になる。高学(現在の高等学校)を卒業し、進学が生きる道として誰もが不満や違和感を覚えることなく進む中、オレは就職することに決めていた。しかしまあ当然だが、この人口減少による人手不足で売り手市場などと謳われている時代にしても高卒という学歴者には就職先など無く、アルバイターとしてダラダラと過ごすなか、20歳の時に今の仕事の募集を嗅ぎつけ、なんとか落ち着いた。


 朝食を済ませ、歯を磨き、着替えるという一連のプログラムを全過程終了させると、オレは自転車で出勤する。


「うっ、暑っ……」


 玄関の扉を開けたとたん、生暖かい空気がオレの肌に絡みついてきた。誰しもが言う名古屋地方特有の蒸し暑さだ。と言ってもオレはこの地方で生まれ育ち、他を知らない。だから夏はこれが当たり前でもある。しかし毎年のことのくせに、この顔や体に絡みついてくる湿った空気には慣れやしない。


 オレは就職を機に名古屋市内の家を出て、今は名古屋の東側に位置する長久手市(ながくてし)に越してきた。正確にいうと『脱出してきた』である。あの家さえ出られればどこでもよかった。あそこにはオレの必要性はまったく感じられず、自分の居場所もよく分からなかった。そして親父やお袋と同じ空間で同じ空気を吸っているという感覚に嫌気が差し仕方なかった。それはきっと親父たちもそう思っていたに決まっている。オレは親父のように生きいていく気などさらさらないし、オレよりも賢い妹の将来の方が気がかりに違いない。たしかに妹は賢くて可愛い子だとオレも思う。こんなオレでも兄として認めてくれているし。


 低く街を包んだ灰色で主体性のない雲がオレ好みでない女が言っていた通り雨を降らせそうだ。そのせいであろうこの湿度の高さにはまったく参る。自転車で走っていると顔や腕を舐める様に湿った空気が触れていきオレをイライラさせる。オレの勤務先である悠久乃森(ゆうきゅうのもり)と名づけられたライフ・ケア・ステーションまでは家から自転車で10分とかからない。平日の朝ということもあり、通勤途中にある長久手古戦場駅周辺はサラリーマンや学生で賑わっている。いや、賑わっているなんていう軽快な印象ではなく、ただただ暑苦しい。見ていて暑苦しい。この蒸し暑さと相まってオレのイライラを増大させるだけの風景だ。オレはそんなイライラさせる者たちに勝手に嫌気をさし悠久乃森へと自転車を走らせた。



「おはようございます……」


 オレが気だるく朝の挨拶をすると、「うーっす」と明らかに寝起きであろう顔つきで挨拶を返したのは、ここの立ち上げと同時に一緒に入った永沢さんだ。同期ということになるわけだけど、歳はオレより8歳上だ。


「今日は早出ですか?」

「おぅ。今日は病院からのお客さんが集中していてよぉ。午前中だけでも10件はあるらしいわ」

「ヘビーですね……」


 永沢さんが目の前に来たとたん、むさ苦しい臭いがオレの嗅覚を刺激した。


「永沢さん……また風呂入ってないですよね? 臭いますよ、マジで」


 オレは堪らず言った。せっかくイライラが落ち着き始めたところでこれだ。


「ちぇっ。相変わらずサラっと言ってくれるねぇユウキちゃん。どうせオレはアフターだから、別にちょっと臭ったって誰も気にしないよ」


 ちょっとじゃないだろ……オレはそう思ったもののそこまで口にすることなく黙ったまま通用口に向かうことにした。あまり永沢さんに言うのはかわいそうだと 思ったからだ。しかしそんなオレの気持ちなどお構いなしにどうでもいい言い訳を永沢さんは始めた。


「それより昨日は大変だったんだって。いつものヤツやってたんだけど、昨日は新顔のチームが参戦してきたんだわ。それが、こいつらでら強くてさぁ(名古屋弁『すごく強い』の意)。だもんでメンバーみんな熱くなっちゃって、結局朝までってわけ。風呂入る時間なんてあるわけねぇよ。あーあ、ゲームやったまんま身体洗ってくれる機械ねぇかなぁー、っつうか、風呂入らなくていい身体が欲しい」


 永沢さんはゲームおたくで、一度永沢さんの家に行った時はマジで驚いた。オレの部屋と同じくらいの広さの部屋には上下左右180度すべて映像モニターになっている最新の半天周型フィルムモニターが置かれ、そのモニターで覆うようにバケットタイプのリクライニング・シートが堂々と置かれている。そしてシートの左右肘掛部分にはパソコンのキーボードが配置され、その様はロボットアニメのコクピットのようだ。永沢さんはいつも、そこで戦争もののネットゲームをやりまくり、眠くなったらそのままそこで寝るという生活をしていると言う。とても30歳すぎた大人のやることとはオレには思えない……。


 永沢さんは大きなあくびをしながら通用口のセキュリティーチェッカーに手の平をかざし、入所していく。オレは永沢さんのポロシャツの上からでも分かる盛り上がった脇腹の肉に目をやりながらセキュリティーチェックを済ませ後について入った。


 永沢さんの後ろをついて歩いているとムワッと熱を帯びた独特のにおいが鼻をついてくる。こういうものは一度気になり出すと余計意識して臭覚が敏感になってくる。オレは永沢さんにもう一発言った。


「絶対、所長に会ったら言われますよ。永沢さん」

「何が?」

「いや、臭いですよ」

「まだ言うか」

「言います」


 すると永沢さんは立ち止まりオレを見るとただでさえ細い目を細めてニッとにやけて言った。


「ごめん、三日入ってない」


 オレはその言葉に身を仰け反らし、返す言葉を無くして口をつぐんだ。そんなオレの反応を気にすることもなく永沢さんはあっさり話題を切り返す。


「しかしユウキちゃんはよくこのクソ暑い中ケッタ(名古屋弁で自転車のこと)で来るなぁ。頭おかしくなるぞ?」

「歩いてきたらもっとキツいですよ」

「どうせならもうちょっと遠くに住んでリニモ(リニアモーターシステム車両による交通機関)か車で()やあいいのに」

「リニモなんか絶対嫌ですよ。ラッシュ時なんかに乗ったら死にますよ。それにオレ、車の免許は持ってないです」

「そういやあ、そうだったな。所長にでも言って免許取らせてもらえよ。ユウキちゃんはワーカーじゃないから免許無くてもいいんだろうけど、うまいこと言ってここの金で取らせてもらえるんじゃね?」

「面倒くさいからいいですよ」


 やはり一発二発言ったところで永沢さんには効果はない。まあ、永沢さんに指摘したところでこの臭いが消えるわけでもないし、オレはあきらめて臭いが気にならないよう完全口呼吸に切り替えてやり過ごすことにした。そしてそのままロッカールームに入ろうとしたところで、中から木下所長が現れた。オレは口呼吸を維持するために会釈だけすると所長が反応した。


「おっ、おはよ……おい、永沢っ! またオマエ風呂も入らずゲームばかりやってたのか? この暑い時期に勘弁してくないか。アフターだからって思ってたら大間違いだぞ。今日は病院からの受け入れがあるだろ! 時間やるから急いでシャワー浴びて来い!」


 木下所長は露骨に顔を歪めながら強く言うと、永沢さんは両手で頭をかかえ撫でるような動作をし、バツの悪そうな顔を見せロッカールームへそそくさと入っていった。所長のおかげでオレは口呼吸から解放された。


「しかし橘君もよく永沢と付き合ってるなぁ」

「いや、別に付き合ってって言うほど実際親しくないです。ただ、色々と良くはしてもらってますけど……」


 たしかにオレがこの職場で口を聞くといえば永沢さんくらいだからそう思われても仕方ないか。


「そうなのか? なんだかんだ言って二人の相性はいいように見えるぞ」


 木下所長は大きく口を開けて笑った。他人から見るとそういう感じに見られているのだろうか……今さらながらそれを知って永沢さんとの今後の付き合い方を考える必要がある?


「今日は病院からの入りが多くて特に午前中はバタバタするけれど、いつものようによろしく」


 木下所長はそう言うとオレの肩を軽くポンと叩きそのままセンタールームへと歩いていった。木下所長はいつもパリっとしたシャツを来ていて姿勢良く、その容姿や仕草は紳士的で格好が良いという形容がピッタリくる人だ。40歳くらいの時に決断をして転職したそうだ。知人の強力な誘いがあったと言ってたっけ。ここは稼動してから4年経ってようやく落ち着いてはきたけれども未だにバッシングは受けている。しかし、それに全く動じることなくプライドをもってやっている。いや、そうじゃなければやれないか。確かな目的意識をもってないとな……オレはどうだろう……?


 オレは所長と別れるとロッカールームに入った。ロッカールームでは他の社員数名が椅子に座って雑談をしていた。オレは義理で挨拶を軽く交わし、自分のロッカーへ財布とスマートフォンしか入ってないスカスカのウエストポーチを放り込んだ。そしてロッカーの中から自分用のイヤーセットマイクを取り出し耳にセットすると、そのままセンタールームへと向かった。


 センタールームは遮音型の透明板で各セクションに仕切られていて、中で人の動いている様子は確認できるが、音は全く聞こえない。個々の機密保持のためだ。オレはガイド用の部屋に入ると、A3サイズほどの天板がついた自分用のデスクチェアーに座り、天板モニターに電源を入れて今日の予定を呼び出した。今日は午前に5人、午後に7人。午前はほとんどが病院組だ。


「おはよう、今日はどう?」


 予定表を確認していたところで同じガイドを担当している竹田くんが来た。


「おはよう。今日の午前中は病院からの入りがあるって。午前はバタつくね」


 オレの言葉を聞いた竹田くん「そっか」と口にしながら自分の机に座りモニターをいじり出した。

 竹田くんは入って6ヶ月目の新人だ。ここの仕事は精神的にかなり厳しい仕事のため覚悟して入ってきても結局は半年くらいで辞めていくのがほとんどだ。変わり者であろうオレだけはダラダラと4年もここに居座っている。 竹田くんも変わり者のようで今のところ辞める気配はない。永沢さんがネットゲームで知り合って誘った人間だということだけあってのことかもしれない。


 始業5分前の合図がイヤーセットマイクを通して聞こえてきた。すると木下所長は各セクションが見渡せるセンタールーム中央に現れ、早番チームへの今日の案内が始まった。


『みなさん、おはようございます。今日はこのあと9時10分頃からですが、病院からのビジターが9名来ます。病院名とビジター名、そして個々の入りの時間は予定表の通りです。ガイドへはいつも通りに山本副所長から案内入れるので対応をよろしくお願いします。アフターは部屋の準備をお願いします。それでは今日も一日、適切で心ある対応をよろしくお願いします』


 所長からの話が終わると各スタッフ就業体勢と入った。ワーカーのメンバーはすぐ外出していき、オレ達ガイドとアフターはまだ雑談をしている中、電話とメールでの応対役であるコンダクターは9時になると一斉に口をパクパクさせながら手元のコンピューター端末をいじりだす。


 コンダクターはここへ電話やメールを入れてきた人間に対して、適切な案内窓口を紹介したり、相談に乗ったりすることをしているらしい。

 らしいというのは、4年もここに勤めているオレだが実は他の人間達が何をしているのか詳しく知らない。木下所長から入社当時に少し聞いた程度と、あとは食堂でこぼれてくる話を耳にしている程度。それにコンダクターからはガイドやアフターは疎ましく思われていて、あまり彼らはオレに接触したがらない。だから知らない。しかしオレにとってはどうでもいいことだ。オレ自身できるだけ人間に関わらないようにしてるから。つまらないことに心を動かされるのは疲れるだけだ。それに人間に無関心でいることが一番無駄のない生き方だと思っているから。きっと……


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