【A】僕の愛、僕の怒り
微かに聞こえたエンジン音に目を覚ます。だけど起き上がるのはとても困難だった。まだ何もかもがまったく回復しきっていないからだ。
・・・怪我した部位がとにかく痛くて、体全体がだるくて重い。それにとても眠い。フラフラする。
・・・まだ外が暗いから、数時間も寝れてない。そこにここ数日の不安定な睡眠も相まって・・・・とにかくしんどい。
・・・そんな時に誰?
エンジン音ってことは人間なんだろうけど・・・。
まぁ一番あり得るのは僕らをこんな目に合わせた奴らか。
そう結論付け・・・。
「ははッ・・・・まさか向こうさんから。・・・もしかして僕ら全員死んだとでも思ったのかな?それとも反撃されないとでも?・・・はッ・・そんなわけ無いだろ。・・・ちゃんと殺してやるよ。惨たらしく・・・惨めったらしく。だから無様に死に晒せや。そしたらはらわた掻っ捌いてクソ虫共の餌にしてやるよ。」
武器を手に取り、昂ぶる感情で言葉を連ねる。続く言葉に高揚してきて、握り締めていた手が更にめり込んでゆく。
もう誰も・・僕を止められない。
だから・・・。
「・・・シャーディア・・・・・それにアユミちゃんとマユちゃんと。ちょっと待っててね。あいつら殺したらお墓、作ってあげるから。」
彼女たちを尻目に、僕は移動し身を隠す。
上り坂てっぺんの少し下。時間の許す限り砂の中へと入り込む。これなら相当に近づかれるまで見つからないだろう。
・・・奴らは北から南へと降りてきている。化け物共と同じ・・テントに沿って降りてきている。狙うならば先頭車両が僕の位置から少し過ぎたあたり。少し離れている後続車両の視界から消える瞬間。
一度隠れながら目視した限り・・・。先頭に1台とその後ろに3台。車種はどれも同じだった。人数は4人乗りか6人乗りかで変わってくるけど、多くても30人くらい。それを超えることはないはずだ。まぁ超えたら超えたで死体の山が増えるだけだけど。
灰の化け物共と戦ってよくわかったんだ。近づかれた瞬間、人の身じゃ奴らに手も足も出ない。そんな奴らと僕は戦い続けたんだ。何人いようが関係ない。そして地形は僕の有利に働いている。後は僕の覚悟のみ。だけど・・・そんなもの今の僕に存在しない。必要ない。
・・・来た。
迫るエンジン音に、心が躍る。より些細な変化も感じ取れるようになった聴覚が、あらゆる振動を感じ取る。
・・・少し鉄臭いか?
そのことが、少しだけ気になった。
だけどそれがどれ程のものなのかがわからない。ずっと血まみれのままだったから・・・今の嗅覚はそれに慣れてしまっているから。
・・・気にするだけ無駄か。
そうやって自然の一部になっていたら・・・空を飛んだ車が、目の前を通り過ぎた。思ったよりスピードが出ていたらしい。
ドンッ・・・と着地すると同時に急いで飛び出し、運転席側のタイヤを両断した。・・・傾く車体。窓へともたれかかる運転手を続く刃で刺殺し、そのまま残りも切り裂いてやった。
次・・・残りの奴らを討つ為に、死んだそいつらから銃を拝借した。
「・・・突っ込むか。」
それは手応えのなさに呆れ、面倒になったから。
・・・窓ガラスは防弾仕様か・・・まあいい。
坂を飛び越え銃を乱射する。それに驚いたのか、それとも対処のためか・・・3台ともその場に停止した。
「よし。このまま反撃してくれることを願おう。・・・だけどその前に。」
・・・全身に力を込め、持ってきた3本の直剣を3人の運転手めがけて投げつける。ガラスに当たるだけでも御の字。その程度の攻撃。だから結局・・・ガラスを突き抜けて命中したのは、左側のやつだけだった。
「やっぱ難しいなぁ。」
感覚的には上手くいってた気がしたんだけど・・・気がしただけだったみたいだ。
「ま、1人には当たったからよしとするか。」
そうやっていると、車の中から人が出てこようとしてくる・・・ことはなかった。そして残った2台ともが動き始め、残りの1台も運転手を入れ替えているようだった。
「やっぱし逃げられるかぁ・・・。」
・・・だけどそんなことはさせない、と。不安定な足場を、それでも強く踏み込める。砂が舞い上がり姿を隠し、だけどそれすら知覚できないスピードで僕は突き抜ける。
踏み込みが甘かったのか・・・それとも大地そのものが弱かったのか・・・。思ったより出なかったスピードに捻りを合わせて・・・真ん中の車体、その右側面を切り裂いた。
「全員上手く切れたかな?」
それを確認しようにも、後部座席の中は隠され見えない。それでも・・・感触的にはいけた気がする。
・・・・・化け物みたいな力を手に入れてから。感覚的にできそうなことが、より明細に浮かび上がってくるようになった。全部の感覚がよりリアルに、より詳細に感じ取れるようにようになった。・・・さっきだってそう。本来であれば直剣で車を切り裂くなんて相当難しい。でも、できるって・・・車を豆腐みたいに切り裂けるって・・・。そのイメージが、簡単に浮かび上がった。そして切り裂き、その剣先が肉をも断ち切るのを感じ取ったんだ。
・・・これも全部強化剤のおかげか。
・・・真ん中の車からは残った人間たちがでてきて、両側の車は再びエンジンを回し動き始めた。
「逃げないでよ。」
・・・加速前の車なんてカタツムリと同じ。簡単に追いつける。・・・追いついて、殻を破ってエンジンを壊す。
「これでもう動けないでしょ?だから出ておいで。立派に育った寄生虫たち。」
そうやって囁きかけて・・・みんなが出てくるまで、僕は待ってあげた。最初に出てきてた人たちに銃を撃たれたけど、反撃することなく待ってあげた。
だって僕・・まだまだもの足りないから。
「・・・・・・ほら・・・はやく・・・。」
出てきたのは合わせて11人。ちょっと少ないのか、それとも多いのか。・・・それは全員が持ってるライフル・・・その性能次第になるだろう・・・。
しかし一体どうしたのか・・・・・・彼らは全然撃ってこない。
怯えてしまったのか?
それとも何か作戦か?
・・・まあどちらにしろ・・・殺されそうになれば反撃してくるでしょ。
僕は落ちていたライフルを拾い、彼らの頭上を掠めるようにして撃ち尽くした。だけど・・・彼らはただ立ち尽くすだけで、一切の抵抗をしようとしない。だから近づきつつ・・・。
「君ら何?このまま抵抗してくれないなら殺すよ?あ、抵抗しても殺すけどね。」
ちゃんと理解できるように話してあげた。
・・・・・返答なし、か。
「もういいよ。君ら殺して・・・・あ、もしかして言葉通じてない?僕の話理解してない?どうなの?」
スッ・・と。先頭にいた人間の顔を下から覗き込んで聞いてみた。なのにそれにも返答しようとしない。
・・・本当にわかってないっぽい?
「・・・はぁ。」
ちゃんと聞こえるようにため息をつきながら・・・。
「なんか萎えちゃったし、もういいや君ら。」
数歩下がって剣先を彼らに向けて合図した。「今からお前らを殺す。」と。
・・・突き出した剣筋を照準に見立て、3人くらい突き刺せそうな位置に合わせた。
これが決まればつくねの完成だ。
タレはトマトソ〜ス〜・・つってね。
「待ってくれ!待ってくれ!待ってくれぇ!」
いい感じに決まりそうだったのを遮られ、車内から3人のおじいちゃんがでできた。
・・・気付かなかった。
なんだあいつら・・・・・・医者?
白衣着てるじゃん。
・・・・あ、こいつらが研究者か。
はは・・絶対殺す。
「これをこれをこれをぉぉ!追加の強化剤、だ!」
そう言いながら、1人のおじいちゃん近づいてくる。右手に注射器、左手にでか携帯を持って。
僕は、強化剤・・・その単語に惹かれてしまい、そのおじいちゃんを殺すことを一旦取り止めた。
「ワシのことは殺してくれても構わんが!せめてこれを!これを打ち込んでからにしてくれぇ!」
懇願しすぎでしょ。
砂に埋もれるほどに、彼は頭を下げていた。
「いいよ。」
何故僕はそう言ってしまったのだろう。これはどう考えても疑うべき事案・・・なのに、まるで中毒者が薬物を求めるみたいに何も考えず、固執して・・・僕は・・・。
「どこに打てばいいの?」
受け取った注射器を手に、彼に聞いた。
「おお!!首じゃ!首が一番良い!」
年寄りだと言うのに、子どもさながらの笑顔を見せやがって・・・。
大っ嫌いだこのジジイ。
「バイバイ。」
「へ?」
首チョンパ。期待に胸を躍らせているジジイの首を、一刀両断。チョンパしてやった。
だって別に今打つ必要ないし。
こいつら全員殺した後で、じっくりと試せば良いわけだし。
というわけで・・・。
「みんなもバイバイ。」
・・・ーーーさてと。
・・・残された車を漁り。計5本の強化剤を手に入れたから、早速テントへと戻り。とりあえず1本、使ってみる。僕じゃなくてシャーディアに。
すると・・・。
何も起こらなかった。
夜の砂漠。その気温に救われシャーディアの肉はまだ腐り始めていない。そして・・・この強化剤は、僕らを更に強化してくれる物だ。だから、もしかしたら。これを打てば、シャーディアの体が再び・・少しづつ再生してくれるんじゃないかって・・・。そう思った。
「・・・一度死んだ人間は生き返らない・・・か。」
項垂れ・・哀しみ。虚ろな心でシャーディアを抱きしめる。
「・・・サヨナラ。」
・・・ーーー3人を埋め終わり。
・・・何もかもを忘れるために、僕自身にも強化剤を打ち込んだ。すると次第に・・・。
恍恍惚惚。気分爽快。世界共鳴。
・・・これは飛ぶ。
ああ・・今なら大空の彼方まではばたけそうだ。
空そのものに触れられそうだ。
風に乗れそうだ。
大地を泳げそうだ。
感じる・・・感じる・・・・・感じるよ。
君たちも怒っているんだね。
吐き捨てられた生命に・・・・・奪われた生命に・・・・・利用された生命に・・・・・。
わかる・・・わかるよ。
とってもよくわかる。
だって僕も同じだから。
ああ・・・そうさ。
僕は僕だ・・・・僕らは僕だ・・・・僕の僕らで・・・僕・・は、僕・・・で?
・・・僕は誰で僕らは誰?
僕は僕の僕を知ってて僕は僕らの僕を知らない?
「・・・・かッはぁ・・はぁ・・はぁ・・はぁ・・はぁ・・・・はぁぁ・・・・・はぁ。」
気がついたら・・目から涙が溢れていた。膝をつき・・天を見上げて息が止まっていた。体全体が震え続けていた。
痛い・・痛い・・痛い・・・「あ゛がッ?!・・アッ・・いあぁッ・・。」
あんなにボロボロになっても耐えられた痛みが・・耐えられない。耐えられるわけがない。人間だった頃の痛みなんて比べ物にならない程の激痛に、気絶の許されない脳みそ。情報処理が追いつかなくて体が動かせないくせに・・・脳みそは常に全てを受け入れ、常に全てを吐き出している。
体の内側・・その更に奥。どこかもわからない全部。そこを少しづつゆっくりとじっくりと外側へ内側へと食い破られて、汗もヨダレもオシッコも・・・あらゆる体液が垂れ流しになりそれを感じ取りながら、それらが全く気にならない程の激痛に永遠と染められ続けた。
やがてようやく情報量が限界を超えたのか。電子機器がクラッシュするようにして脳がショートを起こし、体は無意識下の反応でしか動かなくなった。