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(破棄)火玉  作者: 椿 木春
人魔大戦、初期前夜
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【A】君の歌、君の笑顔

 砂漠の中心で目覚めてからの3日間。日を追うごとに・・・力が漲ってくる。これは強化剤とやらが馴染んできた証なのだろうか。・・・これなら、灰の化け物とも上手く戦えそうな気がする。というか戦ってみたい。

 ・・・何だろうかこれは。

 僕の闘争心が、もの凄く・・・もの凄く燃え盛っている・・・ような気がする。

 ・・・そうやって昂る心を・・・僕は理性で必死に抑え込む。

 どう考えてもおかしい。

 僕は戦闘狂なんかじゃなかったはず。

 こんなの、絶対になにか特異な原因が・・・って絶対に強化剤のせいでしょこれ。

 それ以外に考えられない。

 最悪。

 この強化剤とかいうやつ、本気で人を兵器化する為のものだ。

 それを説明もなくこんなにもたくさんの人たちに・・・。

 くそッ・・・。

 本当に人体実験じゃないか。

 ・・・・だとしたらじきに灰の化け物たちがやってくるのか・・・。

 僕らはそれと戦って・・・どこかで僕らを見ている奴らにデータを取られる。

 ・・・生き残る方法はあるのかな・・・。

 色々考えながら歩いていたら、突然止まったシャーディアの背中にぶつかった。

 「シャーディア?どうしたの?」

 僕らは1日に一度行う報告会の為に、ナビーラさんたちのテントへと向かっていた。その途中・・・坂を登りきり向こうのテントが見えたところで、シャーディアが指を差しながら聞いてくる。

 「あれ・・・何?」

 その言葉に、僕も視線を移動させた。そして驚愕する。

 透明な幕の至る所に、赤い液体が滴っている。

 あれは血だ。

 まさかもう?!

 そう思った。だけど・・・テントの中は静かだった。特にないかがいる気配もない。そして・・・かつて人であったのだろうと・・・そう、なんとなく判断できる肉塊を見ながら。僕はシャーディアに聞いた。

 「倒れてるの、ナビーラさん?」

 「じゃ・・ないかな。・・・でもあんな死体・・・見たことない・・・。流石にちょっと無理。気持ち悪い・・・。」

 そう言いながら、シャーディアは1人先に戻って行ってしまった。そのすぐ後。更に向こう側にある山の奥から、1人の人間が走ってくるのが見えた。恐らくハイサムさんなのだろう。それがわかって、何があったのかを聞こうと思った。けど・・・・どうも彼の様子がおかしいことを、遠目からみても感じ取れた。

 明らかに焦っている。何度も転けそうになりながら、それでも全力で走っている。そして声が聞こえてきた。

 「化け物だ!化け物共がやってきた!」

 そう言いながらテントの中に駆け込んでいく彼と、その軌跡を辿るようにして進んでくる奴らを尻目に・・・僕は急いで走り出した。

 ・・・ああ・・勘違いしてた。

 僕はてっきり、西の方角から化け物が来ると思ってた。広範囲を見渡せる西側から。

 だけど北って。

 つまりテントに置かれた餌に沿って、北から南へと降りてきたってことじゃないか。

 ・・・だとしたらどこで迎え撃つ?

 一番いいのはテントの西側かな?

 あそこが一番平らな場所だし。

 でもそこじゃ2人だけでやることになる。

 やっぱり4人揃って戦うほうがいい?

 いや、それよりも今は早く武器を手にしておかないと。

 奴らはすぐそこまで来てるんだ!

 「シャーディア!武器を!急いで武器を!すぐそこまで灰の化け物が来てる!」

 その叫びに、テントの近くにいたシャーディアが走り出し急いで武器を取り出す。

 肉の根がこびりついた、80センチメートルほどの直剣。重さはあるけど、今の僕らになら問題なく振れる。

 それを握り締めると・・伝わってくる。こいつも生きてるって。そしてゆっくりと馴染んでゆき、僕の体の一部と為ってゆく。

 気持ち悪いなんて関係ない。

 今はこれに頼るしかないんだ。

 「シャーディア。アユミちゃんとマユちゃんにも急いで伝えに行こう。」

 「うん!」

 ・・・2日前。身振り手振りに言葉を合わせることで知ることができた、彼女たちの名前と年齢。その後も歌を歌ったり指遊びをしたりと、色々楽しかった。

 だから・・こんなところで終わってたまるもんか。

 「みんなで・・ 必ず生き残ろうね。」

 「もちろん。」

 僕の願いに・・・シャーディアは当たり前と、笑顔で言葉を返してくれた。それだけでも勇気が湧いてくる。自分の意志を保てる。

 ありがとうシャーディア。

 やっぱり君は特別だ。

 


 ・・・ーーー戦い始めてからどれくらい経ったのだろうか。まだてっぺんまで昇っていなかったはずの太陽が、完全に沈みきってしまった・・・・。

 とても寒い。

 だけど熱い。

 水が欲しい。

 頭が揺れる。

 痛みがわからない。

 全部が狂ってる・・・。

 ・・・限界なんてずっと前に通り越して、死んでもおかしくないはずの状況・・・。なのにまだ生きてる。人間辞めてまだ生きてる。僕は一体何者なんだ・・・。

 「・・・これが・・・人間兵器か・・・。最高で最悪じゃん・・・。」

 微かに映る視界の中・・・灰の化け物たちが何処かへ去っていくのを、僕は眺め続けていた。

 ・・・何故彼らは・・・今になって退いてしまったのだろうか。

 あともう少しで・・きっと僕も食い殺されていたのに・・・。

 「・・・はは。・・・化け物にも・・休む時間は必要ってか・・・・・・。クソホワイト企業め・・・。いや・・グレーか・・・。」

 ・・・僕は一度テントに戻り、水とランタンを持ってきた。

 「シャーディア・・・水・・飲む?」

 息があるかわからない彼女に、僕は尋ねた。すると不思議・・・微かな息遣いが聞こえてきた。それはシャーディアが息を吹き返した証なのか・・・それとも僕が正常に戻った証なのか・・・。まぁこの際、そんなのはどっちでも良いことだ。

 「いら・・ない・・・・かな・・・。」

 ・・・潰れた瞳を隠す、形のない瞼。それを開きながら、シャーディアはゆっくりと右手を動かそうとして・・・・だけどその手が持ち上がることはなかった。

 「すご・・いね・・・・。私・・・。体・・・全部・・・・・グチャグチャなのに・・・・・・・。生きてるよ・・・。」

 見ないふりして・・・・。見えないようにして・・・・。映像として受け入れなかったそれを、シャーディアは笑って話す。だから僕も・・・。

 「僕も・・・似たようなものだよ。・・・・お腹裂かれたあと・・・片手だけじゃ塞げなかったから。どっかにいろいろ・・落としちゃった。」

 改めて・・・自分の死を受け入れることにした。

 とてもとても怖いけど・・・そんなのが気にならないくらいに・・・・・僕らは狂ってしまったのかな・・・。

 「不思議・・だね〜・・・・・。」

 「うん。・・・・・まったくだよ。」

 時間が経つに連れ・・・少しづつ痛みが増していく。悪寒が増していく。開いた傷口が熱を失い・・・動き続けた体が冷め始め・・・。

 こんな状態になってもまだ死ねない。

 ・・・ああ・・苦しみながら死ぬのは嫌だなぁ・・・。

 そう思いはするけど・・・こんな体じゃそんなことも望めない。

 「ごめんね・・・アーマール。・・・・私・・・もう・・・・長くない・・かも・・・。」

 ナメクジが這うように・・・彼女の皮膚が溶け始めていた。・・・ミミズがのたうち回るように・・・肉がウネウネと蠢いていた。・・・普通の人間では起こり得ないその現象は・・・一生懸命に元の形へと戻ろうとしている、その証だと・・・僕は理解していた。

 「おか・・しいね・・・・。ずっと・・・・痛くて・・苦しくて・・怖かったのに・・・・・・。今・・私・・・凄く・・・・・私・・心地いいよ。」

 「・・・・僕も・・・・・・すぐに行くから。待ってて。」

 ・・・死なないで・・・なんて言えなくて・・・・言うつもりもなくて・・・・その言葉しか、思いつかなかった。

 ・・・その言葉に安心したのか、それとも別の何かを伝えようとしたのか・・・。シャーディアはその口で小さな歌を奏でながら、ゆっくりと息を引き取った。

 ・・・彼女は歌うのが好きだったんだ。

 僕はそれを毎日のように聴いてきた。

 どんな日でも・・どんな場所にいても。

 彼女が歌いたい時に歌って、それに耳を傾けて。

 みんな魅了された。

 いつまでも変わらない普通の歌声と・・・。

 ただただ真っ直ぐで元気な・・その可愛らしい少女の姿に。

 君は特別だ。

 僕らが持つ当たり前を、君は特別にしてみせた。

 僕に宣言した通りに。

 人は何者にでも成れるんだからやりたいことやればいいじゃん・・・って。

 「・・・・ははは・・バカらし。やりたいことなんて才能ありきが前提なのにさ・・・才能ないやつがやりたいことやっても無駄なだけなのにさ・・・。」

 『それでもやりたきゃやりゃいいじゃん。』

 そんな声が・・聞こえた気がした。

 「はは・・・・まったくもってその通りか・・・。」


 ・・・目の前にある1つの命と・・・少し離れたところにある2つの命。その3つを・・・鎖から解き放たれた3人の遺体を、テントの中へと運び込んだ。

 シャーディアはまだ最低限、人としての形を保てている。だけど・・・アユミちゃんとマユちゃんはそれすらもわからないほどに食い散らかされてた。

 ・・・それでも気付く・・・2人の想い。

 「絶対に・・・離れたくなかったんだね。」

 2つの肉が1つの塊として繋がっているその部分が、かつては人の手だったのだと・・・・僕の頭が理解している。

 ・・・それだけで伝わってくる・・情景。

 苦痛に・・恐怖に・・絶望に・・・・。辛い暗闇の中で、それでも見つけ出した互いの温もり。

 「最後は一緒に逝けたんだね。」

 そのことが・・少し・・・羨ましい。

 だって・・・。

 「ねえみんな・・・。最悪なことにさ・・・・・・僕・・・死ねないみたいなんだ。・・・生き延びたみたいなんだ・・・。」

 それは薄々と気づき始めた事実。

 重要器官を損傷し、大量の血を失い・・・・。体の一部を落とされ、何度も死にかけて・・・・。それでも尚・・僕の肉は再生の為に蠢いている。そうやって伸びた続ける肉を、溶け広がった皮膚の膜が覆い隠す。そして包まれた肉の中で・・・各器官がそれぞれに治されていく。

 ・・・わかる・・・・わかってしまう。

 「僕は・・・君たちと一緒に死ねないのか・・・。ああ・・・シャーディア・・シャーディア・・・。僕の最後は・・・君の歌を聞きながらがよかったよ。」

 ・・・嘆き・・悲しみ・・願い・・・・感情が大渦と生り何もかもを呑み込んでゆく中で・・・駆り立てられた復讐心が溢れ出してくる。

 ・・・みんなを殺した化け物どもを殺し続けろと。・・・僕らを使い捨てた害獣共を食い殺せと。

 胸に盛る火玉が群れを成し・・・僕の心を悪魔へと創り変える。

 ・・・理性がまるで効かない。

 2つの意識が分離したみたいだ。

 このままじゃ僕が・・化け物となってしまう・・・。

 なのにそれを止める手立てがない。

 これは強化剤が原因なのか・・・それとも高揚した意識の中・・補給代わりに飲み食いしてしまった奴らの血肉が原因なのか・・・。

 どのみち過去の行いは変えられない。

 こうなってしまった以上・・・どうにかして本能を抑えないと・・・・・・。

 『やりたいことやりゃいいじゃん。』

 ふと・・・その言葉が思い浮かんだ・・・。

 ・・・確かに。

 これは僕の本能だろう?

 なんでそれを抑える必要があるのか?

 ・・・あるに決まってる。

 だって・・だって・・・・。

 「そんな姿・・・君は喜ばないと思っていたから。だけどもう・・・君は・・・・いない。・・いなくなってしまった・・・・。」

 ・・・何故だろうか・・・。

 何かに気づき・・・君を抱き上げ・・・僕は涙を流していた。

 ・・・そうか。

 君は死んでしまったんだ。

 大好きだった君が、死んでしまったんだ。

 ずっと一緒に居たかった君が、死んでしまったんだ。

 もう・・・君とは話せないんだ・・・。

 「・・・・シャーディア・・・・シャーディア・・・・シャーディア・・・・・・・シャーディア・・・・・・。僕ね・・・君のことが好きだったんだ。・・・君の歌う姿に惹かれて・・・君の歩く姿に惹かれて・・・君の心に惹かれて・・・。僕の手を引く君の笑顔に胸を射抜かれて・・・君との会話がただただ嬉しくて・・・君が近づいてくれるだけで胸が躍って・・・君が側にいてくれるだけで満たされてた。・・・始めてのこと・・・君がたくさん教えてくれた。君がたくさん与えてくれた。・・・それがもう・・終わってしまうんだね。・・・この想いを・・・・・。君にはもう伝えられないんだね。」

 伝えられなかったたくさんのことが・・・・・まだまだ溢れてくるたくさんの好きが・・・君にはもう届かないと知って。

 「シャーディア・・・愛してる。」

 その言葉を最後に・・・僕は倒れてしまった。

 ・・・お墓・・・明日までに作っておかないと・・・・。

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