16.門出
穏やかな風が草花を揺らし、青臭い香りが鼻に充満する。
飛び交う蝶々を見て「もう春か・・・。」・・と、新たな門出に少しだけ憂鬱な気持ちが湧き起こる。
憂鬱な気分を払拭したくて、暖かな日差しと雲一つない晴天の下、青々とした草原の上で、私は一人、大の字になって寝ころんだ。
私を受け止めた地面は柔らかくて、太陽にあてられ続けた草花たちは少しだけ熱を帯びていて・・・・私は、まるで胎児が母に抱擁されたときのような心地よさに包まれた。
ただ、少しして、現実とは思えない・・・とても不思議な感覚に陥った。
地面の上に寝ころんでいるはずなのに、心も体もふわふわとした浮遊感に包まれていて、少し動けばこのままどこまでも落ちていきそうで・・・・例えるなら、絶体絶命必死の作戦を奇跡的に生きて遂行できた時とか、エッチの時とかの・・要は快楽物質が大量に溢れて、昇った快感が頭から抜けて、スッと意識が飛びそうになる時みたいな感じかな。
・・・私はまだ経験ないけど・・・・。
とにかくそれが、静寂の中にある違和感でーーーーー。
子供たちがはしゃぎ回り、屈託のない笑顔を見せる。・・・みんなで、鬼ごっこをしているようだった。
暫くして疲れたのか、子供たちは動きを止めた。そして・・・。
止まった子供たちの視線が私に向けられる。・・・まるで、私が仲間であるかを見定めるかのように・・・・。
・・・どうしよ。・・・手でも振ってあげたらいいのかな・・・。
考え、だけど結局何もしなかった。ただひたすらに、あの子たちの瞳を眺め続けるだけだった。
ーーーー小さな女の子が、ニカッ・・っと笑う。
「褒めて欲しい!頭を撫でて欲しい!」・・・・そう言われた気がした。
「・・・・あっ・・・。」
スッ・・っと、地面をすり抜け落ちていく。・・・どこまでも暗い何処かへと、ただ落ちていく。
・・・息苦しくなってきた。・・・このままだと死ぬのかな・・・・。
地面に落ちてか、あるいは窒息してか・・・。どちらにしても、「助かりそうにない」・・と、悟ったーーーーー
「・・・・・・ッぁ?!・・かッぁ・・はぁッ・・・ふぅッ・・はぁッ・・・ぁ・・・・・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・・。」
窒息から戻ってきたかのように息を吹き戻し、苦しかった呼吸が少しづつ落ち着いていく。
痛いくらいに鼓動が鳴って、右手を胸に・・・心臓を掴んで押さえつけようとした。・・・ただ、右手は感覚として存在しただけで、腕も足も体も頭も、実際は横たわったまま動くことはなかったーーーーー
少しして、呼吸同様に鼓動が落ち着き始めた頃、ようやく自分が「病室にいる」と自覚できた。・・・そしたら記憶も一気に戻り始めて、つい、笑ってしまった。
「・・・・ハハ・・・・生きて・・る・・・・。」
体はだるくて動かない。それでも、気分はスッキリとしていた。・・・まるで頭の中に溜まっていたゴミが、綺麗に洗い流された時のよう。
「・・・・んあ、コトミちゃん?」
ベッドに頭を預けて、座りながら眠っていた昇子が顔を上げる。
「・・・コトミちゃん!」
寝たまま動けない言身に覆い被さり、抱き締めた。
「・・・コトミちゃん・・・・・・。」
嬉しそうに笑って涙をこぼした。
「・・・・ん・・・。」
申し訳ない気持ちでいっぱいになる。・・・「一緒に生きて一緒に死のう」と誓った筈なのに、私は私を犠牲に彼女を助けようとしたから。
「生きてたんだから結果オーライ。」・・・なんて誰かは言ってくれるかもしれないけど、そんな言葉に意味はない。
「結果よければ全て良し。」・・・なんて言葉は、私たちの生き方からしてみれば最も不必要な言葉だ。
私たちは、共に進む過程さえあれば、例え結果が最悪であろうと何一つ後悔しない。それなのに私は・・・・・。
「・・・・バカ・・・。・・・バカ!」
怒られちゃったな・・・・。
だけど・・「あんな事は二度としないで!」・・・とは言われなかった。
彼女としても、多分・・・同じ状況なら自分を犠牲にしていたと自覚していたから。
・・・誰だって、一番大切な人には死んでほしくないものだーーーーー。
「・・・うん・・・うん・・・・だいぶ良く”は”なったね。」
いろいろと検査を終えて・・・・。フィリデイの担当医から、驚愕と恐怖と好奇心混じりの声でそう言われた。そして・・・・。
「ただ、これ以上は難しいかな〜・・・。」
言身は顔を俯けながら笑った。
・・・なんとなく察していた。だってあの怪我だ。・・・むしろ生きているだけで万々歳。これは仕方のないこと・・・・。
「・・・・まあ、決まったわけじゃないよ。なにせ君はフィリデイだしね。」
担当医である彼の言葉から読み取れる心情は、「慰め」・・というよりも「期待感」だった。・・・「治ったら凄い。治ってくれた方が面白い。」・・・と。
「・・・フィリデイの再生は、トカゲの尻尾とはまた違う。・・・かといって鹿の角のように新しく生え変わっているわけでもない。・・・フィリデイの再生部位はちゃんと決められた形通りに再生している。そういう意味で一番近いのは、サンショウウオだね。今、ヒトが再生医療研究のモデルとして注目されてるやつね。・・・だけど君の場合は、傷ついた部位の治癒が終わってもなお、機能障害が残っている。その点から、サンショウウオと完全に同じというわけでもない。・・・だからまあ、要はわからないってこと。・・・フィリデイもフェアリエも未知だ。今後どうなるかなんて誰にも分からない。もしかしたらここからさらに再生するかもしれないし、このままかもしれない。だから君は、信じたいことを信じれば良い。・・・フィリデイってのはご都合主義みたいな存在だからね。祈れ続ければ、それが現実にだってなるかもしれないよ。」
・・・ご都合主義か。
確かに、『フィリデイ』は『神の子』と訳される。ならば神様みたいに全能の力を宿しているかもしれない・・・なんて信じれたらどれだけ愚かなことか・・・。
・・・バカバカしい。・・・別にもう、治らなくったってもいい。だって私には昇子ちゃんがいるから。
昇子ちゃんだってほら、私の介護に満更でもなさそうな表情をしてるよ。だから・・・。
「あまり期待はしないでおきます。・・・失望したくないので。」
「・・・そうだね。・・それがいいね。・・・変に期待するよりは、今を受け入れるほうが心を苛まずに済む。・・・だけど期待を捨てちゃいけないよ。希望を失っては、沈んでいくだけだからね。・・・一度淀んだ心は、なかなか元には戻らない。だから楽しむこと。毎日を。無理にでも外に出て、声を出して笑って、今日も楽しいと錯覚させ続けること。”君たちフィリデイは特に”・・ね?」
「・・・わかりました。」
「よろしい。それじゃあ・・17時にはここに戻ってくること。朝と夜とで検査を受けること。一人で動き回らないこと。何かあったら直ぐに連絡をいれること。・・・それらの決まりは守った上でなら外出していいから。・・・はい、それじゃあ今度こそ行っていいよ。」
「・・・はい。」
キリキリキリとなる車輪を回し、病室の外に出る。
これからは車椅子生活かぁ〜。晴れて私も障害者ってわけだぁ〜・・・・。
「・・・はぁ。」
生活大変そーだな〜。まあでも、障害者年金が入るのは嬉しいな。これで働かなくても・・・生きていける?・・・お金ってどれくらい貰えるっけ・・・?・・・っていうか私・・これからどうなるんだろ・・・。
「コトミちゃん!遅い!」
待合室で待っていた昇子が立ち上がる。
「いやいや・・・しょーがないでしょ。」
「・・・まあそっか。・・・で?どうだった?」
「奇跡が起きればなんとか。でもま、治りそうにはないかな。」
「・・・そっか。」
顔を上げて彼女を見つめるが、視界の多くが薄めの磨りガラス越しに見ているような感じだったせいで・・・・。
・・・ぼやけてる。・・・もう顔、見れないのかな・・・。
憂鬱な気分が心に浮かぶ。
「・・・ま、介護は任せて!私はいつだってそばにいるから!というかもう離れなくて済むね!ずっと一緒だ!」
「今までもそうだったじゃん。」
「今日からは私に頼らないとでしょ?・・・ね?」
「・・・うん、そうだね。・・・それじゃあ、末永くよろしくお願いします。」
「任せて!」
・・・彼女は、嬉しそうだった。・・・「これからは私のお世話してあげないと」「私がいなきゃ何もできない」・・・と、喜んでいるのが見て取れた。
・・・流石は昇子ちゃん。揺らがないなぁ・・・。
彼女の元気さと歪んだ愛に、少しだけ気分が盛り上がった。・・・おかげでさっきまであった憂鬱感が、少しだけ払拭されたーーーーーー。




